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文字数 1,164文字

「……ごめんな、暁人」
「俺怒ってないよ? だってゆうちゃん、きっと大学忙しかったんでしょ? 毎週会いに来てくれる方が凄いんだなって、そこで初めて思ったんだ。ほんとにいつもありがとね、ゆうちゃん!」
 暁人の素直な言葉を聞いて、裕海は胸が痛くなった。
 あぁ、お前が言った通りだったよ奏。この子は俺のこと好きなままで待っててくれてたよ。何で疑うような真似してたんだろう。思わず顔が歪みそうになるのをなんとか堪え、自分の鞄の中を探った。
「暁人、これ」
 ファイルの中から、まずは葉書大の紙を取り出して暁人に渡す。前回の時に渡しそびれていたものだった。暁人はやはり毎度の如く笑顔で喜んだ。そしてお礼を言いながらベッド脇の引き出しに手をかけ、リングにコレクションを一つ追加する。
「頼んでたこともすっかり忘れてたや、覚えててくれてありがと!」
「いえいえ、ちょっとくしゃくしゃになっちゃったんだけどごめんな。実はあともう一つあるんだ。これも受け取ってくれるか?」
 裕海はもう一度、手元のファイルを開く。そして奏と話した日から描き始めた、あの絵を取り出した。
 紙に描かれていたのは、一面に広がる淡い色の空と、その中を飛ぶ小さなヒーロー。そのヒーローは暁人に少し似ていて、マントも彼の好きな赤色を身に着けていた。空は黄色やピンク、水色が重なり合い、暖かい夕暮れのイメージだ。
 以前、たまたま透明水彩絵具を使った絵を暁人にあげた時に「何これ、すっごい綺麗! この感じ一番好きかも!」とかなり喜んでくれたのを覚えていたため、今回もそれを使って描いたのだった。
「わぁ……! ねぇお母さん、見てよこれ! 凄い!」
「本当にねぇ。裕海くん、いつも暁人に絵を描いてくれてありがとう。今までにくれた絵、喜んで何度も見返してるのよこの子」
「あ、いやそんな、本当に大したものは」
 思わず途切れ途切れになってしまった言葉を降らせるのと同時に、目の前で小さく手を振った。暁人は嬉しそうにしながら、貰った絵を壁のどの辺りに貼ろうか考えていた。そんな様子を見て、裕海はフッと小さく笑ってしまった。
「……暁人」
「ん?」
「暁人さ、前に話した時に『ヒーローになりたい』って言ってたよな」
「うん、言ったよ」
「それは今でも変わらない?」
「うん! だから俺、今日も運動頑張ってきたんだよ」
 そうやってどこか誇らしげに伝えてくる暁人が、どうしようもなく愛しいと思った。そしてそれと同時に、やっぱりきちんと彼に言わなければならないと思った。
 暁人。お前は今でも十分に強いよ、誰よりも。決して弱くなんかない。
 あの日の、泣き出しそうに訊いてきた暁人の顔を思い出した。もうそんな顔は絶対にさせたくなかった。一度ゆっくり瞬きをし、吸い込んだ息を吐き出す。
「――今から少し、俺の昔話を聞いてほしいんだ」
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