03

文字数 1,547文字

「こら暁人、あんまり悪ふざけしないの。裕海くんに迷惑かけちゃダメよ。いつも忙しい中こうして来てくれてるんだから」
「えー、遊んでるだけなのにー」
 加奈絵に注意されて今度こそ本気で拗ねた暁人を見て、裕海は慌てたように口を開く。
「大丈夫ですよ、暁人が少しでも楽しんでくれているのなら。しかもあれくらいなら大したことないですし、本当に子ども二人の単なるおふざけだと思って下さい」
「ほらね! ゆうちゃん困ってないって!」
「おい、だからって本気で殴っていいとは言ってないよな? ん? ちょっとは反省したまえまったく!」
 横で調子に乗り始めた暁人の両頬を、両手の親指と人差し指で摘まんだ。するとそのせいで上手く言えていない「何すんだー!」が、裕海の目の前で小さく響いた。すぐにパッと放して「折角のカッコいい顔が台無しになっちゃうところだったなー」と笑うと、暁人は「ゆうちゃんのバーカ!」と言いながら自分の病室の奥へ走り去っていった。遅れて裕海と加奈絵が彼のベッドへ向かうと、彼は既に布団の間に丸く潜り込んでいた。
「暁人ー、そんな拗ねんなって。からかっただけだよ、ごめんってば」
「ゆうちゃんなんてもうしらなーい!」
「頼まれてた絵、今回もちゃんと描いてきたからさ。これで許せって」
 盛り上がった布団にそう言葉をかけると、甲羅から亀の頭がひょこっと出てくるみたいに暁人は白い塊の中から顔を出してきた。その表情はやはりムッとしていたが、すぐにいたずらっ子みたいな笑顔になって「しょうがないなぁ!」と少し偉そうに返事をしてきた。その態度が実は嬉しさの裏返しだということを、裕海はこの二、三か月の間ですっかり学んでいた。
 裕海は絵を描くのが好きだ。そして、それを知っている暁人が「この絵を描いてほしい」と毎週のお見舞いの度にリクエストをするのがこの二人の決まった日常だった。リクエストの内容によってデフォルメっぽく描いてみたり模写してみたりと色々と変えているのだが、暁人はどれを受け取っても毎回同じ満点の笑顔で喜んでくれるのだった。
「暁人ってさ、ほんとに俺の絵好きでいてくれるね。ありがと」
「だってゆうちゃんの絵、ほんとに上手いんだもん! 俺ほんとに好き」
「ははは、そうそこまで褒められると照れるわ。はい、どうぞ」
 裕海は鞄の中にあるファイルから、ハガキほどの大きさの画用紙を一枚取り出した。そこには毎週決まった曜日にテレビで放映されている、戦隊ヒーローの主人公が描かれていた。暁人はいつもその戦隊物をプレイルームにあるテレビで見ているらしく、前回訪れた際に、それを描いてほしいとお願いされていたのだった。
「わ、かっけぇ! やっぱりゆうちゃん凄いなぁ」
「あはは、毎回そうやって喜んでくれるから本当に俺としても描き甲斐があるよ」
 喜びながら暁人はベッドの横に備え付けられている引き出しを引っ張り、画用紙がリングで纏められているものを取り出した。その画用紙は、裕海が今までに彼にあげた絵の数々だった。毎週一枚ずつ増えていくと引き出しの中で滅茶苦茶になってしまうと思ったから、少し前にそうやって纏めさせたのだ。だから裕海も予め、紙の上側の角に一つだけ穴を開けてきている。
 暁人はリングを軽く左右に引っ張って開き、今回の絵が一番前になるように入れて綴じた。そしてもう一度絵を見て、ふふっと笑った。毎週見ているほど好きなだけあって、どうやら相当嬉しいようだ。
「次は何描いてもらおうかなー」
「余程変なものじゃなければ大体は描けるからな。好きなものどうぞ」
「変なものって何さ?」
「さぁ、何だろなぁ」
「んー、じゃあ次に頼むの考えてるからさ、何か最近面白いことあったら話してよ!」
「面白いこと? んー……。あ、そういやこの前大学でさ……」
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