27

文字数 1,602文字

 結局裕海はその後、Star Transistorに移ることにした。しかしただでさえ中学に入ってから今までより勉強が大変になったのに、それに加えてダンスのレベルもずっと上がり、移ってから最初の月は楽しさよりも大変さの方が勝っていた。
 レッスンの休憩中、裕海は水を飲みながら溜め息をついていた。学校でも習い事でも一気に環境が変わってしまったせいで、そこに馴染むのに時間がかかっていて疲れていた。
『どうした? 疲れた?』
 そんな時にそう声をかけてくれたのが、後に大会出場チームのメンバーとなる卓哉だった。さっきまで仲良しらしい数人で固まってわいわい話していたはずなのに、不意にこちらに声をかけてきたので裕海は多分に驚いてしまった。
『あ、えっと……ごめん、まだ全然名前覚えられてなくて』
『あはは、入ったばっかだし人数も多いからそりゃ仕方ねーよ。俺はタクヤ。ユウミと同じ中一』
 Star Transistorにも小学生クラスがあり、今ここにいる大方の人は、そこからそのまま中高生クラスに上がってきている。だから新しい人の名前と顔はすぐに一致するのだろうな、と思った。
『タクヤ、か。頑張って覚える。改めて宜しくな』
『おう。ユウミってlight budの十月の発表会の時、小学生クラスのセンターで踊ってたんだろ? あの時俺、観客として見に行ってたんだよ。お兄ちゃんがゲストアクトで出てたからさ。小学生クラスに一際上手いヤツがいるなぁって思ってたら、まさか春から一緒にダンス出来るなんて思ってもなかった』
『褒めてもらえるのは嬉しいけど、一気にレベル上がってここの皆に追いつくのが精いっぱいだよ……中々上手く出来なくて、今ちょっとへこんでる』
 苦笑しながらそう言うと、卓哉は笑った。
『大丈夫だよ! だって今そこでちょっと話してたんだけど、ユウミ本当に上手いよ。フリ覚えるのかなり早いし。しかも今の発言聞いて、あーこの人ダンスに本当に本気なんだなって思った。俺も負けてらんねーな』
 卓哉は自分の両頬を挟むように軽く一叩きし、すくっと立ち上がった。
『よし、レッスン再開するまで練習すっか! ユウミも一緒にやろうぜ、ついでに他の人の名前も教えるよ』
 これが、裕海と卓哉の出会いだった。

 その後、卓哉の計らいのお陰で話せる仲間も増え、それぞれの環境の変化にも慣れた。裕海はますます実力をつけて中学生後半の頃にはもう、裕海と卓哉、そして優希と晴夏という女子二人を含めたチーム“Sync”としていくつも大会に挑むほどになっていた。中三の時には初めて全国大会で優勝し、全員高校受験を一度挟んだものの、無事に終えてからその後は数々の大きな大会で賞を取るほどにまでなっていた。出場した大会がワイドショーで取り上げられたこともあり、Syncとそのメンバーの名前はそこからかなり多くの人に広まることとなった。
 そうしていくうちにメンバー四人はすっかり何でも話せる大切な仲間となっていった。大会に向けての振り付けや曲の選択について話し合うだけではなく、お互いの悩みや女子は特に恋バナなど、そういった個人的なこともかなり共有するようになった。時には意見がぶつかって喧嘩をすることもしばしばあったものの、最後には必ず仲直りして元に戻っていた。裕海にとっては学校の人よりも遥かに頼れる最高の仲間だった。
 そして高三の初めの頃には、数々の成果を残してきたこともあってスクールの直属の事務所から「全員大学に進学希望なのは知っているが、大学生になったら通学と並行してボーカル&ダンスユニットとして活動してみないか」という声までかかってきた。四人はこれに迷うことなくすぐ頷いた。全員、それほどまでにダンスが大好きだったのだ。
 俺にはダンスがあれば、この先も生きていける。大丈夫だ。
 裕海が自分の未来をそう確信していたその時に、あの悪夢で見た悲劇が起きたのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み