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文字数 1,186文字

「タクヤ、あいつ、そんなことを……」
「俺はそれを引き受けたよ。でもそれは卓哉の必死な頼みだから承諾したんじゃない。裕海と話してみて最終的に、俺も裕海を支えたいと思ったからそうしたんだ」
 過去の話をしていたからか奏の目線はどこか遠くを見ていたようだった。しかしそこまで言い終えると一度瞬きをして、今度は裕海のことを強く捉えた。
「なぁ、少しは分かってくれたか。卓哉も俺もお前のこときちんと好きだし分かってるんだよ。俺は卓哉には全く及ばないにしても。……そしてきっと、暁人くんも同じだ」
「暁人も?」
「だって、再会したのは裕海が退院して暫く経ってからだろ? それでも出会った頃と同じように兄みたいに慕ってくれているんだろ? そんなん、裕海のこと本当に好きじゃなきゃ出来ないよ。だから信じてあげろよ、大事な弟のこと。それと」
 一息置いて、奏は言った。
「裕海が暁人くんの所に行くのは、本当は自分も暁人くんの力になりたいからだろ。あの時にあの子に救われたから、今度は自分がって思ってるんだろ。それを自分で『会いたいだけだから』って理由にして打ち消す必要なんかない」
「ッ!」
「それくらいは我儘でいいじゃないか、何でそれまで自分で否定しようとするんだよ。バカで不器用だなぁ、本当に」
 自分の中で必死に見ないふりをし続けていたことを目の前であっさりと言われてしまって、思わず戸惑ってしまった。
「な、何でそれを……」
 そしてまたも手放してしまいそうになった言葉の中から、その一言だけをなんとか掴み取って投げかける。すると奏は、フッと笑ってこう言った。
「今さっき言っただろ、お前のことは分かってるって。……ほら、今日は飲もうぜ。裕海」
 ここでようやく、先程運ばれてきたグラスを奏は手に取って裕海の方に向けた。それを受けて裕海も慌てて自分のグラスを手に取る。テーブルの真ん中で、グラス同士が軽くぶつかる音が小さく響いた。

 *

 裕海は家に帰るなり、スケッチブックを手元に引っ張り出す。そのスケッチブックは普段暁人に渡している葉書大の大きさのものではなく、ノートと同じサイズのものだった。パラパラと捲って一枚を切り離し、ペン立てに無造作に刺さっている鉛筆の一本を手に取る。そして大まかに何かを紙に描き始めた。
 流石に今夜のうちに絵具を塗るところまでは辿り着かないけど、今夜のうちに下描きくらいはせめて完成させたい。思い立ったうちに、描きたい。
 裕海の帰宅に気づいた母親が「あらお帰り……って裕海、こんな時間なんだから早く寝なさいよ?」と、部屋の入口から声をかけてきた。それに対して「ん、」と曖昧に返事をすると、すぐには寝ないのだろうと察した彼女は、呆れたように寝室へと去っていった。
 暁人、ごめん。裕海は心の中でそう謝っていた。
 これ描いたら、すぐ会いに行く。そして、言いたいこと、ちゃんと伝えるから。
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