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文字数 1,023文字

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 前日の疲れがまだ明確に残っている体を引き摺って教室へ入ると、後方の席は既に大半のクラスメートによって埋まっていた。裕海は人のまばらな前方へ向かい、いつもと同じ席に荷物を置いて座った。語学などの少人数制の必修科目でもない限り席はほぼ自由であるのが大学の授業のはずなのだが、どの授業においても皆、座る席はある種の癖となっているかのようにほぼ固定されている。
 耳元で流れていた音楽を止めてイヤフォンを外す。するとその空いた空間をすぐさま埋めるように、室内に満ちていた賑やかな話し声が耳になだれ込んできた。先週欠席した分のノートを見せてくれだとか、今回のスタバの新作がどうだとか、次の授業が面倒だからサボりたいだとか。大抵日常なんていうものは、そんな感じの他愛もない内容で構成されている。
 ウォークマンを仕舞い、入れ替えに鞄から授業の道具を一通り取り出す。次の授業ではほぼ毎回、大学のはずなのに何故か中高生の時のようにやたら宿題が出される。そういや前回が終わってから教科書を開いた覚えがないので、そもそも宿題あったんだっけな、とぼんやりした頭の片隅で考える。意識せずとも勝手に脳内で認識されていた周りの言葉が段々と輪郭を失いながらぼやけてゆく。ざわざわ、がやがや。擬音になる。
「裕海。はよ」
 そんな明るい雑音を切り裂くように、きちんと輪郭を伴った言葉が裕海の元に届いた。その声の主の方を仰ぎ見る。目の前には、長すぎず短すぎずといった丁度いい長さの茶髪にすっきりした目鼻立ちを持つ、比較的背が高いクラスメート。彼は裕海の左側にまわり「あー、月曜日だるいわ」と小さく吐きながら隣に腰かけた。
「あぁ、おはよ。(そう)
「……ん? なぁ、そういや先週って宿題あったっけ?」
「俺もさっきふとそう思ったけど、先週は珍しくなかったんだった。ラッキー」
「あーそっか、ならよかったわー」
 奏は気怠そうに欠伸をしながら答える。
「そういや昨日って、ロングシフトの日だったっけ」
「あー、そうそう。そういや愚痴ってたっけか。よく覚えてたな?」
「だっていつもよりめっちゃ眠そうだし」
「いやー、もう本っ当に疲れた。二度とやらねぇ」
「とか言って、そんなこと言ったのも忘れてまた長時間のシフト入れる奏の姿が今から浮かぶよ。奏は優しいからまた店長の押しに負けるね」
「おい裕海……今から実際にそうなりそうな予感しかしねぇからやめてくれ」
 げんなりした奏の顔が面白くて、裕海は声を上げて笑った。
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