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文字数 1,806文字

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 裕海がヒップホップダンスに出会ったのは、小学三年生の時だった。家の近くで開催されていたお祭りで、地元を拠点に活動しているキッズダンスの団体、light budが、チームごとにダンスを披露していたのを見たのがきっかけだった。
 そのチームは学年ごとで分かれており、一番下から幼稚園児クラス、小学校低学年クラス、高学年クラス、中高生クラスと大きく四つに分かれていた。裕海はお兄さんお姉さんのレベルが高いダンスにも感激していたが、逆に自分と同い歳くらいの低学年クラスと、歳下の幼稚園児クラスのダンスを見て、特に驚いていた。
 自分と同じか歳下の人たちでもこんなことが出来るのか、と。
 引っ込み思案な裕海だったがこの衝撃に背中を押されたのか、パフォーマンスを見終わるなり母親に「俺、ダンスやってみたい」と、気がついたら言っていた。裕海の両親はこれを快諾し、裕海はダンスを始めることになった。
 この時から既に体を動かすのが好きだったこともあってか、裕海は自分の才能をみるみるうちに開花させた。それは裕海が入るよりずっと前から習っていた子さえあっという間に抜いてしまい、ダンスを始めてから半年で一列目のセンターに抜擢されたほどだった。
 これで他の人たちに妬まれていたら、裕海はいくらダンスに夢中になれても、恐らく行くのを早々にやめてしまっていただろう。しかしチームメイトは優しい人ばかりで、裕海の驚異の進歩を素直に受け止め、また尊敬していた。そのお陰で裕海は自信が持て、以前よりもずっと堂々とするようになっていた。
 また小学生以上のクラスには、クラスの中でも特に上手い人をそれぞれから十人前後集めた、所謂“選抜チーム”というものがあった。そこに選ばれるためにはかなりの実力を伴っていないといけない。裕海は四年生に上がってその選抜メンバーに見事選ばれ、そこから三年間ずっと選抜メンバーに入り続けていた。そのくらいにはダンスに夢中になり、日々努力を重ねていた。
 そんな裕海に対してある話が持ちかけられたのは、小学校を卒業しようとしていた三月のことだった。裕海はインストラクターの先生の中でも、その先生全体を統括している一番上の先生に呼ばれた。
『何ですか?』
『ユウミ。Star Transistor、分かるよな?』
『えっ、スタートランジスタって、芸能事務所直属のダンススクールですよね? そういやこの前の発表会でゲストに来てくれたBlue Jasmineも、確かそこの――』
『そうだ。Star Transistorは俺のチームメイトだったヤツが運営しているところなんだがな。で、そいつがこの前の発表会でユウミを見て話を持ちかけてきたんだ』
 その先生は、裕海をまっすぐ見て言った。
『ユウミ、四月からそっちでダンスやってみないか? ここはどちらかというと小学生クラスが中心になっている団体だけど、あっちは中高生クラスに特に力を入れている。そしてレベルも、既に知ってると思うがチームがいくつも全国大会に出て優勝しているようなところだからかなり高い』
『え、だってそれって……』
 話自体は嬉しいことだったのだが、裕海は戸惑っていた。自分のダンスの実力を評価されたのはありがたかったが、この話を受けるイコール、light budをやめるということになってしまうからだ。レベルの高いレッスンは受けてみたいが、三年半の間ずっと一緒にやってきた仲間と離れてしまうのは寂しい。それに。
『俺がそっち行ったらまるで引き抜きみたいじゃないですか。先生はそれでもいいんですか』
 そのまま頷いてしまったら、先生や皆を裏切るような気がして嫌だったのだ。しかし、先生はフッと笑ってこう返してきた。
『アホか、そんなん小学生が気にすることじゃねぇよ。先生ってもんは生徒の成長を見れるのが一番嬉しいことなんだぞ。正直普段教えてるハヤテも、俺を含めた他の人たちもそうだが、ユウミがここで留まっているのは勿体ないと思ってたんだ。絶対に大会に出られるくらいの実力はあるし、これからもっと伸びるはずだ。そんな時にこの話が来たんだ。
 俺は、これはかなりのチャンスだと思う。だけど場所や時間、レッスン代のこともあるから、気になるんだったらこの詳細持って帰って親御さんとよく話し合ってみな。俺はお前がどうしようと必ず背中を押すつもりだからな。
 お前は絶対将来有能だよ。俺が保証する』
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