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文字数 1,261文字

「うん、あるよ」
 どこか気弱で、だけどきちんと芯のある声で暁人は言った。
「俺、ヒーローになりたい」
 その言葉はふわりと裕海の耳に着地してから、静かに白い空間へと姿を消してゆく。
「ヒーロー?」
「うん、ヒーロー。テレビで見て、ずっとこんな人になりたいなって思ってて」
 裕海はすぐにピンと来た。暁人がいつも見ている戦隊物のことを言っているのだということを。そして以前渡したそのイラストを思い出した。そういや俺も小さい頃に、そういうのに一回は憧れたこともあったかなぁ、とぼんやり思い返す。
「暁人は悪者を成敗したいの?」
「んー……そうじゃない」
「あ、そうじゃないのか」
「ちょっと前まではそうだったけど。でも今は、困ってる人を助けたい」
 暁人はそれまで裕海のことを真っ直ぐに見ていたが、そう言い終えると目線を下げてしまった。そして、そのまま小さく呟いた。
「……ゆうちゃん」
「ん?」
「俺、なれるかな。こんな体だけど、誰かのこと助けられるかな」
 泣きこそしなかったが、暁人の声の端に青い色が滲んでいたのがはっきりと分かった。
 幼いなりに暁人も闘っているのだ。自分の体と、そして心と。普段は気丈に振る舞う少年にだって、不安や恐怖は必ずどこかで宿るものだ。裕海はそのことを忘れかけていた。場違いに、自分までもが傷ついたような思いを抱いた。
「……大丈夫」
 暁人が横になっているので抱きしめてやりたいのを抑えて、その代わりに裕海は布団から出ていた暁人の手を自分の両手でぎゅっと包み込んだ。その握りしめた手が温かいことに、裕海は少し安心した。
「大丈夫だよ。暁人のその思いがあれば、絶対に助けられる」
「ほんとに……?」
「うん。俺がそう信じてやる。暁人がそう思えない時も」
 その相手にしか分かり得ない思いの前ではどんな言葉も所詮は無力でエゴなのだということは分かっていた。それでも暁人の分までそう信じてやりたいと思っていた。この言葉を、彼が信じるにしても信じないにしても。
 暁人の涙の影が声だけでなく瞳にも現れ始めたのを見て、裕海はニッと笑って少年の手から放した片手を再び暁人の頭にやった。
「だから、今よりもっと強くなろうぜ暁人。強くなったらきっと、たくさんの人を助けられるようになるよ」
 裕海は暁人が笑って頷いてくれることを予想していたのだが、それに反して暁人はその言葉で決壊したように一気に泣き出してしまった。おまけにバッと体の向きを変えてうつ伏せになり、枕に顔を埋めてしまう始末だ。びっくりした裕海は思わず慌ててしまった。
「えっ、ちょっ、暁人?」
「ゆうちゃんのバカ! そんなこと言われたら泣くに決まってんじゃんー!」
「わ、分かった、ごめんって」
「ほんとバカ、ゆうちゃんのバカぁ……ありがとう」
 白い大きい枕から、本当に小さな声でそんな言葉が聞こえてきて、裕海はふっと笑った。
「ほんと素直じゃねぇなぁ。暁人」
 そしてわざとそんなことを言ってみると、「うるさい!」と半ば笑ったような涙声がすぐに耳に届いた。
 雨は先程より少し、弱まってきたようだった。
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