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文字数 1,531文字

「何に関しても大体分かっちゃうんだ。勉強だったらこれを覚えればいいんだって、聞いたことを聞いた通りにそのまま疑いもせずに覚えてしまう。人間関係だったらこの人はこういうことを言ってほしいんだなって、大抵はその人の希望に出来るだけ合わせたことしか言わない。良く言うなら、全て効率よく物事を進めてきたというか」
 それは裕海には一切ないもので、やはり奏と自分は真逆なタイプなのだなと改めて自覚する。しかし呑気にそう思ってもいられなかったのは、そう言う奏がどこか悲しそうだったからだ。
「何かを得ればそれを使うなり取っとくなりするし、逆に何かを失えば、あぁそうなんだってあっさり割り切ってしまう。自分が自発的に大切にしたいって思うもの以外には、執着しないし出来ないんだ。交友関係が広く見えるのだって、大体の会話の中身は授業のことを話す程度だよ。それ以上は何もない。多分裕海が思うよりも俺は中身が空っぽだ。
 裕海は確かに不器用だけど、それが悪いことだとは一度も思ったことないよ。そうやってぶつかって悩んで、迷ってもがいてやっと答えに辿り着く様子を見てきて、あぁ、この人はきちんと何かに執着出来るんだなって、人間らしいなって思えて羨ましかった。確かに要領がよければ何事も大抵は上手くいくのかもしれない。でも、それで結局最後に残るのは空虚だけなんだ」
 それを聞いて、あぁ、と思った。きっと奏は何かがあっても嫌でも自分で解決出来てしまう人だし、それを言うくらいなら他人の話を聞いて悩みを共有させる方を選ぶだろう。そんなに好きじゃない自分の話をわざわざ時間を割いてする必要はない。自己嫌悪に陥った時、裕海も度々思うことだった。
 だが奏の場合は、それをいつも抱えて虚しさも隠して、その上でいつもあんな風にしていたというのか。
 グラスの中で溶けてゆきつつある氷が、カランと音を立てる。
「裕海や卓哉は、そんな俺の数少ない大切にしたいって思える存在だった。だからこうして裕海と離れることになるの、結構寂しい」
「…………よ、」
「えっ?」
「バカみたいじゃねぇかよ。奏はずっと俺とは違っているんだって思ってた自分がバカみたいだよ。本当は奏だって俺と同じだったのに」
 本当はもっと色々と言ってやりたかった。奏の気持ちを少しでも楽にさせられるような命令の一つくらいでもしてやりたかった。だけど、そんな自分の感情を表すための言葉が足りなかった。奏はそれに対して、今さっきまで存在していた寂しさを打ち消してフッと笑う。
「裕海、休みの間に少し変わったのな。前までそんなこと言わなかったのに」
「今は俺のこと関係な――」
「俺も弱いから、上手く向き合えないから、こうやってはぐらかしてしまうんだよ。だけどこうしてやっと裕海に本当のことを言えただけ、今はそれで許してくれないか」
「……奏、」
「裕海もそうやって強くなろうとしているのなら、俺も自分のことに目を伏せてばっかりじゃいられないよな」
 一度目を閉じた後の奏の微笑は、すっかりいつものものに戻っていた。
「後に裕海と会えなくなってから、その次に会う時。その時に『会いたかった』って、ちゃんと言えるようになるからさ。裕海が頑張るのと同じように、俺も俺で努力してみようと思う。お互い何かを成長させて再会しようぜ」
「……うん、分かった。ただ一応二年の間は在学しているつもりだから、あともう少しは今まで通り宜しくな」
「じゃあさよなら言うのは、ちょっと延期ってことだな」
 そうだな、と笑う裕海の顔もいつの間にか普段通りに戻っていた。この先秋が来て、冬が来る。きちんとした別れを告げるのは、その時だ。
 それまでは普通にいつもみたいに笑って一緒にいようと、裕海は決めたのだった。
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