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文字数 1,301文字

 裕海が頷いたのを見て、奏はフッと微笑した。その直後に立ち上がって「俺、水取ってくるけど裕海はいる?」と訊いた。咄嗟に「あ、じゃあ欲しい」と裕海が返すと、奏は返事をしながら給水器の所へと向かっていった。ふと時間を見ると、次の授業まではまだ時間があった。
 この時間が休講になった分授業が前倒しになってくれれば、暁人の所にも早く行けるのになぁ。
 現実になるはずのない願いが、見上げた先の空に吸い込まれていく。
「はい」
「お、ありがと」
 そのタイミングで奏がコップを二つ持って戻ってきた。その一つを受け取り、そのまま口をつけて一口飲む。ひやりとした感覚が体の中心に向かってまっすぐ走ってゆく。
「あ、そういやさ」
 持ってきたコップを指先でなぞりながら、奏が思い出したように言う。
「なんかさぁ……俺とお前がデキてるって噂あんの知ってる?」
 突然とんでもないことを言われたせいで、危うく手元のコップから水が溢れそうになった。
「え、何それどういうこと」
「なんかいつもずっと俺たち二人で一緒にいて、それ以外の人といるのを見たことがないかららしい。特に裕海は俺以外の人と本当に話さないし」
「えー、ほんとに何だそれ……俺生まれてからずっと異性愛者なはずなんだけどなぁ」
「はは、俺だってそうだよ。あーよかった、そこは同じで」
「なんだよ、その俺が同性愛者だったらビビったみたいな言い方は」
「ごめんって、別に悪気はないから。断じて差別的な意味ではないし」
 そう言う奏の言葉にも雰囲気にも、やはり嫌味っぽさなんていうものは微塵もなかった。裕海はいつも奏の持つこの雰囲気に感心してしまう。自分には絶対に持ち合わせていないものだ。
「……あー、さっさと授業終わんねぇかな」
「ほんとだよな……って、そういや今日火曜日だもんな。今日も行くのか? お見舞い」
「うん。会えるうちに会いたいなって思ってるから」
「え、それどういう意味?」
「ほら、あれだよ。期末試験。流石に近くなると最低限は勉強しなきゃだし。暁人に何かあったわけじゃないよ、安心して」
「あー、よかった。びっくりしたわ。てか期末……今から考えたくもねぇ……」
 呻くように呟いて、奏は机に突っ伏した。そして大きく溜息をついて言った。
「裕海がテストとか言うからまた頭痛くなったわ。折角そんなこと忘れてたのに」
「えっ、ごめん」
「ほら、またそうやって謝る」
「え? ……あっ」
「まったく、冗談だってのに。ってかさ、よく真面目だって言われる俺だってテストは普通に嫌だっつーの……」
「あー、また色んな人にノート見せろって言われるかもね」
「はー、もう。雨もテストも嫌いだわ」
「あはは……」
 頭痛のせいもあってか普段は滅多に言わない愚痴を珍しく言ってるなぁと思いつつ、裕海はかける言葉が見つからなくて苦笑した。そして、雨が降り続いている窓の外を見た。
 暁人、あれから少しは元気になったかな、とそんな何気ないことをふと思いながら。

「あきくん! あきくん!!
「暁人くん!! しっかりして!!
星野(ほしの)さん! 土井(どい)先生呼んできて!! 早く!!
 その時に病院でそんなことが起こっていたとは、全く夢にも思わずに。
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