(3)クノールの沐浴
文字数 1,769文字
公都郊外
秘されし岩窟の根城――
薄暗がりの中、男は肌に感じる多様な舌の感触 を心ゆくまで味わっていた。
ちろちろとくすぐり、丁寧に這わせ、あるいは触れては離れるを繰り返す、その者の人柄までが表れる様に性交と同義の興奮を覚えるからだ。
世に女の舌先ほど繊細なものはない。
くすぐりに悪戯心を、舐 りに情欲や嫉妬を、躊躇いに羞恥と怯えなど、これほど女の心を水面のように映し出すものは他にあるまい。
それは表情や仕草と異なり、普段は赤い唇の奥に身を潜める秘部だからであろうか。女の深部に近いからこそ、感情が舌先に洩れ出でてしまうものなのか?
実際、女は会話や態度で惑わし乱し、その本心を悟らせぬ。
男も過去にしてやられた 経験があり、乱りに胸襟を開けぬ相手と心得ていた。
だがこの昏き岩窟の住人となり、禁を破らぬ程度に手出しできぬかとはじめた戯れによって、男は気付いたのだ。
会話の替わりに舌先で語らせれば、ぽつりぽつりとではあったが、次第に秘めしその心情を覗かせてゆくものだと。
会話は無用であった。いやこれこそが男女の会話なのだ。
ああ、この舌先が震える感触は先日入荷されたばかりの戦士だろう。
屈辱がその身を焦がし、それでも生き長らえるためと己を懸命に欺かんとする彼女の必死さが、その葛藤が、震えとなって舌先の動きに表れるっ。
その生々しいまでの感情が。
「嫌ならやめればいい――」
そうできぬと知りながら。
視線も合わせぬ男の言葉に、纏わり付く女達の中で女戦士だけがただひとり反応し、舌先がびくりと硬直する。たまらない反応だ。その沈黙にどれほどの心情がひしめきあい、呑み込み呑み込まれているのか。
「強くやれ」
男は待ちきれなくて他の女達へ命じる。戦士に対してではない。そこが肝要だ。なぜなら――
再開は 屈服のはじまり。
命じたわけでもないのに、全員が 強く舌を這わせはじめて、男は思わず目を閉じ、その顎を上向かせた。
(ああ、そうだ。そう――……)
男は決して声に洩らさず、胸の内で存分に愉悦の呻きを絞り出す。
いいぞ――。
ちろ、ちろと。
殺意や恨みでもいい。いかなる感情を込めても舌先さえ動かせば、それははじまりの合図。
従属せず、あるいは内向きに閉じこもっていた女の感情が、つぼみがゆるまり花咲くように開放されてゆく――その瞬間。この感触。まるで己が掌に甘みの詰まった果実が堕ちるように。
手に入れた実感に 、わなわなと男はひとり身を打ち震わせる。
――それがどれほど独りよがり であろうとも。
鉄格子の先――地べたに置かれた蝋燭の灯火が、岩牢の中で行われる奇怪で淫靡な儀式を、おぼろに照らし出していた。
それは毎晩のように行われる男の奇態な沐浴 にすぎない。
ただ必要なのは水や布でなく、数人の女達。その赤い舌先が自由に踊れるように互いの身をひたりと寄り添わせて。
岩牢の中心で、全裸の男に薄衣一枚きりの女体が四方から纏わり付く様は木の根のごとく、まるで一本の大樹を思わせた。
その周りには横たわるか蹲 る幾人もの女達。
誰もが何かを喪失したように項垂れているのは、男に“舌女”として扱われたから、ばかりではない。少しづつ虜囚となる顔ぶれが切り替わっていく異変を知るためだ。
岩牢より一度 出された者が誰一人戻らぬとあっては、その理由を聞くまでもなく自ずと察せられようもの。その上、男ばかりの巣穴に囚われの身となってより――“舌女”の件を除けば――性の吐け口にされることがないという異様な事実が、一層女達を不安にさせるのだ。
一体何が目的なのか。
何のために自分達は囚われたのか。
そして――消えた女達はどうなったのか。
今や牢から出されるまで の毎日を、震えて過ごすだけとなった人生に、眩暈すら覚え正気を保つのも困難になってくる。
ふふ、ふふふ……
また だ。
場違いな笑い声が不気味に響いても女達の中で誰一人目を向ける者はいない。胸中に抱くのは安堵だけ。次はあの娘になる と心の底から胸を撫で下ろすのみ。
公都やその他の街より連れ去られてきた彼女たちが、ここにいることは誰も知らず、当然、捜し出せるものでもない。
迎えが来るのは死ぬときだけ。
あるいはそれ以上の仕打ちをすべく招かれる時だけ。
この岩牢にあるのは、ただ絶望や諦観――それだけであった。
秘されし岩窟の根城――
薄暗がりの中、男は肌に感じる多様な
ちろちろとくすぐり、丁寧に這わせ、あるいは触れては離れるを繰り返す、その者の人柄までが表れる様に性交と同義の興奮を覚えるからだ。
世に女の舌先ほど繊細なものはない。
くすぐりに悪戯心を、
それは表情や仕草と異なり、普段は赤い唇の奥に身を潜める秘部だからであろうか。女の深部に近いからこそ、感情が舌先に洩れ出でてしまうものなのか?
実際、女は会話や態度で惑わし乱し、その本心を悟らせぬ。
男も過去に
だがこの昏き岩窟の住人となり、禁を破らぬ程度に手出しできぬかとはじめた戯れによって、男は気付いたのだ。
会話の替わりに舌先で語らせれば、ぽつりぽつりとではあったが、次第に秘めしその心情を覗かせてゆくものだと。
会話は無用であった。いやこれこそが男女の会話なのだ。
ああ、この舌先が震える感触は先日入荷されたばかりの戦士だろう。
屈辱がその身を焦がし、それでも生き長らえるためと己を懸命に欺かんとする彼女の必死さが、その葛藤が、震えとなって舌先の動きに表れるっ。
その生々しいまでの感情が。
「嫌ならやめればいい――」
そうできぬと知りながら。
視線も合わせぬ男の言葉に、纏わり付く女達の中で女戦士だけがただひとり反応し、舌先がびくりと硬直する。たまらない反応だ。その沈黙にどれほどの心情がひしめきあい、呑み込み呑み込まれているのか。
「強くやれ」
男は待ちきれなくて他の女達へ命じる。戦士に対してではない。そこが肝要だ。なぜなら――
命じたわけでもないのに、
(ああ、そうだ。そう――……)
男は決して声に洩らさず、胸の内で存分に愉悦の呻きを絞り出す。
いいぞ――。
ちろ、ちろと。
殺意や恨みでもいい。いかなる感情を込めても舌先さえ動かせば、それははじまりの合図。
従属せず、あるいは内向きに閉じこもっていた女の感情が、つぼみがゆるまり花咲くように開放されてゆく――その瞬間。この感触。まるで己が掌に甘みの詰まった果実が堕ちるように。
――それがどれほど
鉄格子の先――地べたに置かれた蝋燭の灯火が、岩牢の中で行われる奇怪で淫靡な儀式を、おぼろに照らし出していた。
それは毎晩のように行われる男の
ただ必要なのは水や布でなく、数人の女達。その赤い舌先が自由に踊れるように互いの身をひたりと寄り添わせて。
岩牢の中心で、全裸の男に薄衣一枚きりの女体が四方から纏わり付く様は木の根のごとく、まるで一本の大樹を思わせた。
その周りには横たわるか
誰もが何かを喪失したように項垂れているのは、男に“舌女”として扱われたから、ばかりではない。少しづつ虜囚となる顔ぶれが切り替わっていく異変を知るためだ。
岩牢より
一体何が目的なのか。
何のために自分達は囚われたのか。
そして――消えた女達はどうなったのか。
今や
ふふ、ふふふ……
場違いな笑い声が不気味に響いても女達の中で誰一人目を向ける者はいない。胸中に抱くのは安堵だけ。
公都やその他の街より連れ去られてきた彼女たちが、ここにいることは誰も知らず、当然、捜し出せるものでもない。
迎えが来るのは死ぬときだけ。
あるいはそれ以上の仕打ちをすべく招かれる時だけ。
この岩牢にあるのは、ただ絶望や諦観――それだけであった。