(1)一角獣の僧侶1

文字数 8,181文字

ヨーヴァル商会騒動より後日
公都『キルグスタン』

           ――『南街区』場末の酒場




「大事なお仕事だってことは分かってるの。私だって子供達の面倒をみなきゃいけないし、お互い様よねって――」

 乾した葡萄酒でほんのりと耳まで赤みを増し、目元のホクロがより艶っぽく見える頃合いで。
 卓に肘つき掌へしなだれるように頭を乗せた女が、切なげに熱い吐息を洩らす。

「だけど、久しぶりに二人きりで外食してる時に、他の女に目がいく(・・・・・・・・)っておかしくない?」
「確かに」

 そう相づちを打った男はそこで苦笑を浮かべ「でも」と少し困り顔で異を唱える。

「“男”とはどうしようもない生き物でね。目の前にどれほど素敵な女性がいても、別の魅力的な女性が目に映ってしまうと、本能的に――そう無意識のうちに――ちょいと(・・・・)心が動かされてしまうものなんだ」
少しだけ(・・・・)? テーブル傍をすれ違った女の胸元をガン見(・・・)してたのに? 目線どころか首まで一緒に(・・・・・・)動いてりゃ誰だって気付くわよ。当然相手の女もね――忘れないわよ、あの横顔――自分の旦那が軽蔑の目を向けられている女房の気持ち、分かるかしら?」
「……」
「あれじゃ、私のじゃ物足りない(・・・・・・・・・)って言われたようなものよ!」

 それは嘲笑った女か節操のない旦那にか、果たして誰に対しての怒りであったのか。
 手持ち無沙汰にしていた片方の手で卓上に軽く爪を立て、色っぽい柳眉を吊り上げ睨み付けてくる女に、男は瞳に深い憐憫を湛えて、包み込むように受け止める。

 傷ついたんだね、と。

 目移り(・・・)した旦那の無神経さよりも、気付いてくれ(・・・・・・)ない(・・)鈍感さに。
 いつもより濃いめの紅を引き、少しだけ胸元の広い服を着る貴女の気も知らないで。
 女の心情を慈しみを以て読み解くようにひとつひとつをさりげなく目で追う男に、気付いた女の胸の内でどのような変化が起こったのかは分からない。
 ふと肩の力を抜き、一時の興奮と酒気でほんのりと頬を染めた貌を俯かせ、それでもそっと上目遣いに、自分の変化(・・・・・)を察してくれる男を見つめてくる。

私の(・・)って――そんなに魅力ない?」

 少し前屈みになりながら。ただでさえ広い胸元がさらに開き、卓上に乗せられた胸が重量感豊かに()わんで(・・・)、生唾モノの迫力だ。
 自然と鼻息も荒くなってしまう。
 生娘にはない人妻の熟れた色香にほだされて、男も表情だけは辛うじてクールを装い「とっても魅力的ですっ」と語気強めに太鼓判を押す以外の返事はない。

「そうかしら……?」

 女が身をよじるに合わせて、まるで恥ずかしむように豊かな胸が形を変える。その悶絶的な仕草に「そうだともっ」と男はもはや興奮を隠しきれず思いの丈を口走らせる。

「オレだったら、しっかり掴んで(・・・・・・・)放さないっ(・・・・・)
「――あら」
「フフ――」

 照れながらも妖しく目元をゆるませる女に、小鼻がぷっくり膨らんでいるものの、あくまでクールを取り繕い涼やかに唇の端を上げてみせる男。
 冷静に考えれば失笑ものの台詞でも、容易く燃え上がることもある。
 なぜなら、ここは場末の酒場であり、一時の享楽を得ようとする大人達が集う場所だから。
 当然男と女が出逢えば、求め合い、その先へ進むこともあるだろう。例えば夫婦生活に倦んだ人妻と女性への好奇心を(こじ)らせた男僧の出遭いともなれば。
 互いに人肌の温もりを欲していると察すれば、もはや胸奥に溜まった情熱(リビドー)を抑え付けられるはずもない。
 “会話”は二人の呼吸を合わせるための舌を湿らせる程度の“食前酒”。
 故に心の機が熟せば、酒の肴も慎ましやかな卓上を二人の手がどちらからともなく延びてゆき、出逢い、妖しく絡まりあう寸前で――

「よいしょ」
「――あン」

 横合いから誰かが尻振り割り込んできて、女を強引に脇へと押しやった。悩ましげな声は押し潰された胸が上げた不平苦情であったのか。だが、戸惑うのは突然横入りされた胸――もとい、女ばかりではない。

「む?」

 迫力の双丘がふたつに増えて(・・・)、大いに目移りした男がどちらを相手にすべきか真剣に迷いを見せる。
 熟れた果実の豊潤さか、はたまた瑞々しい果実の甘酸っぱさか。
 偶然、旅先で出会った一期一会の料理(メニュー)に悩む若き美食家のごとく。男の目は二つの料理(むね)の間を行ったり来たりする。
 むう、これは無理だ。
 どちらも一長一短、秀でた良さがあり魅力を持っている。選ぶにはもう少し薫りを確かめ、できればひとくち(・・・・)――

「おい、ロンデル。さっきから誰を(・・)相手にしてるんだよ?」

 新手の双丘から刺々しい声が紛れもない僧服に身を包む男――ロンデルに投げつけられた。その知っ(・・)た声(・・)を耳にした途端、ロンデルが色惚けでゆるんだ口をへの字に結び、雪解け水を引っかけられたようにすっかり冷めた顔になる。そうなれば、気取った女たらしにしか見えなかった相貌が、実に聖職者らしく深沈たる面差しに変わるのだから不思議なものだ。
 ああ、なんということか。
 あれほど胡散臭く見えた服装やいかがわしい(・・・・・・)大人の遊びに使われるとしか思えなかった手持ちの品さえも、今や立派な聖具の品格を放ち始めているではないか。
 傍らに立て掛けた、馬と思しき鉄首を頭頂部に戴く特殊な聖鎚(メイス)は、知る人ぞ知るとある寺院の僧侶である証。
 それと類似する角の生えた馬頭が僧服の背にも刺繍され、首に提げた聖印(セイント・メダル)も“捻れ角”を中軸に神意文字を刻んだ円縁で囲いし尊い細工物。
 これで世の理に触れるを許された“神韻を発する言霊”でも口にすれば、誰もが彼に崇敬の眼差しを向けるだろう。――その残念な性癖・嗜好を知ることがなければ。
 あるいは一時だけでも忘れてくれていれば。

「……」
「……」

 すっかり僧侶の趣を取り戻したロンデルを彼以上に冷ややかな顔で睨めつける新手の女は、頭の後ろに手を回し、椅子にふんぞり返りながら茶番の解散を宣する。

「悪いけど、こいつが興味あンのはおっぱい(・・・・)だけだ。欲しいなら、別の男を見つけるンだね」
「でも――」
「それにね」

 人妻の抗議を遮り、声の調子をがらりと変えて。

「無理に浮気したって、傷つくのは旦那じゃない(・・・・・・)
「……」
 
 場末の酒場で独りうろつくご婦人は決して珍しい存在ではない。まして新手の女の母親も似た境遇の女であったとなればなおさらのこと。
 未練がましい人妻へ、やけに優しさのこもる声で応じたのには彼女の色んな想いが込められていたのだが、古い付き合いの仲間でない限り、他人が気づけるはずもない。

 とはいえ、女を知るのは女だけ――。

 互いに知らぬ仲であったとしても、女同士で気づけること、通じるものがあるだろう。
 短い沈黙の後、女は媚態をその身より打ち消し、真顔になって「ほぅ」と嘆息した。
 少し困ったような顔を見せ、「そうね」と非難と謝意の混じり合った何とも言えぬ目線を返してそのまま立ち去ってしまう。先ほどの親密さが嘘だったかのようにロンデルの方を一度として振り返ることはなく。
 「ここ、いいかしら?」そうとっとと別の男へ声を掛け、ちゃっかり隣に座り込んでいる。
 当然、面白くないのは“一夜の恋”を目の前にして、きれいにぶち壊されたロンデルだ。クールを気取った胸内でどれほどの欲望と興奮を懸命に抑え込んでいたか余人には分かるまい。だからこそ、この世の終わりみたいな悲愴な声で。

「……貴重な情報源だぞ?」
何の(・・)情報だ? オマエおっぱいしか見てなかっただろうが」

 抗議の声を店外まで蹴り飛ばし、そこで挑発するように笑みを新手の女が浮かべる。ほぅれほれ(・・・・・)と。卓上に右腕を乗せ、右肩越しに睨み付ける姿勢で幼馴染みのたわわな胸が窮屈そうに歪むのを、しかし、ロンデルは一瞥もくれずにそっぽを向いた。

「……ミンシアはオレを誤解してる」
「ならこっちを見な」
「女性の胸なら何でもいいと思ってるだろ」
「つまり“おっぱいが目当て”なのは確かなわけだ」
「……こほん」

 「こりゃいかん」とロンデルが仕切り直しに咳払いをする。あくまでそっぽを向いたままで。その視線の先には、隣席に座る隻眼のごつい親父が、骨付き肉にかぶりつきながら、睨み殺す勢いでガンを飛ばしてきていた。たまたま視線が絡み合ってしまい、退くに退けなくなった格好だ。
 「どうしてこうなった」と眉をひそめるロンデルに、「生意気な」と勘違いした隻眼の親父が眼光に力を込めるから、状況は悪化の一途を辿っている。

「……とにかく、気になる情報を掴んだ。彼女たちの井戸端会議に最近姿を見せないご婦人がいるらしい」
「そんなのたまたまだろ。病気という線もある」
「ご婦人が姿を見せなくなってからすでに数日――もちろん、家人も行方を捜してる」
「!」
「どうだ? 少しは聞く気になったか」
「……わかったよ」

 折れたのには無論理由がある。彼らは孫娘を捜して欲しいという老婆からの依頼(クエスト)を受注していた探索者の(パーティ)であり、だからこそ、類似の事件には関連性が疑われるために反応せざるを得なかった。
 経験上、誘拐した荷物(・・)を裁くのは三日以内――被害者の縁故がいない別の大都市に連れて行かれるのが常套手段だ。他の事案だとしてもあまり時間的猶予がないのだけは共通するところ。
 だから女は不満を飲み込み折れるしかない。自分の他愛のない感情より同性の身が案じられるために。なのに、そんな女の気も知らないで、ぴしりときつく(たしな)める者がいた。

「ミンシアは軽い女」
「あ?」

 ぼそりと陰気な少女の声が、無意味な戦いを繰り広げている隻眼親父とは反対側のテーブルから掛けられた。
 そこにひとりちょこん(・・・・)と座っているのは、弓筒を背負う軽装の探索者らしき者。その足下に大型犬を(はべ)らせて、酒ではなかろうコップを小さな両手で包んで顔を寄せている。
 まるでミルクを舐める子犬のように。
 その顔は深草模様の頭巾を目深にかぶって見ることは叶わないが、姿形からして声の主であることは間違いあるまい。事実、ミンシアと戦いから脱したロンデルが注視する中、言葉を続けたのだから絶体だ。

「ミンシアは、幼馴染み(ロンデル)が相手だと、すぐに妥協する」
「ちょ、何言ってんだよリンデル!」
「リン」
「え?」
「私の名。リンデルだと変態の兄を持ってると思われる」

 陰鬱に、いやいやする弓士少女にミンシアは呆れた声を上げる。

「だってほんとの(・・・・)兄妹だろ」
「ちがう」
「ちがうって……」
「変態は兄じゃないし、兄は変態じゃない」

 だから兄じゃないと頑なに「変態」を繰り返す少女にロンデルが淡々と抗議する。「オレがいることわかってるよな?」

「分かってるからリンデルがグレてるんだろ?」
「だからリン。私に“デル”はない」

 「“デル”は変態」などと世の“デル付き姓名”を持つ者を敵にしかねない偏見に満ちた暴言を吐き、それを聞いた実兄(ロンデル)が「馬鹿な。同じタネで同じお腹で育ったんだぞ」などと切実に訴え、喧々囂々、愚にも付かない不毛な口論を続けることしばし。
 このままでは埒があかないと思ったらしいロンデルが「それで? そっちはどんな収穫があったんだよ」と会話の流れを豪腕過ぎる力強さで有無を言わさず修正する。

「そうだね。あんたら兄妹の問題に、あたしが口出すことでもないか」
「おい」
「ああ、悪ィ。幼女も少女もご婦人も、女が攫われるのは今に始まったことじゃないからね。『裏街』じゃちょくちょく起きてるようだよ。ただ……」

 言いよどむミンシアが猫のような黒目がちな瞳を左右に彷徨わせて。

「売りに出すか情婦にするか、その手の店か組織の者によって某かの噂が流れるものだけど……本当に何にもないんだよ」

 まるで消えたように(・・・・・・)
 『陰者(シャドウ・フット)』の職に就き、『陰技(シャドウスキル)』の遣い手としてレベルの高いミンシアが情報を掴み損ねるとも思えない。ならば本当に痕跡を残さぬ事件(・・・・・・・・)が起きていると捉えるべきだ。
 問題は、むしろそうした件数がそれなりにあり、しかも最近だけでなく以前から起きているらしいということだ。

「へえ、そいつは興味深い話しだね」
「それならリンも掴んだ」

 興味深げな実兄に反応したのか、変わらず陰気な声で少女弓士も自分の成果を主張する。

「『西街区』でも、女給(メイド)が退職願いを出さずに突然いなくなったり、下級貴族の五女が置き手紙もなく姿をくらましたとか」

 取るに足らない存在であり、また、事件自体を恥と捉える者も多くて表沙汰になってないものがあると少女弓士は告げる。

「……あんたよくそんな富裕層のネタを仕入れてこれたね」
「そう? 大したことはしてない」

 生育途上の胸を反らし、満更でもない自負を声に感じさせる。その得意げな心情が表に出ちゃってる妹に、だが、兄は別の不安を感じたようだ。

「“大したこと”でないって……何をしたんだ?」
仲良くした(・・・・・)だけ」
「「え?」」

 ミンシアまでも大きな目をさらに大きく見開いて、椅子をガタつかせながら慌てたように少女弓士の下へ駆け寄ってゆく。

「おいおい、仲良くって――」
「か、隠れん坊か? まさか鬼ごっこ――?!」

 鼻息荒く(?)興奮気味に並べ立てるロンデルを「黙れ童貞」とミンシアが遮って、少女弓士にその豊かな胸を押しつけんばかりにぐいぐいと詰め寄る。

「いいか、リンデル。誰と、どんな仲良くとやらをしたのか、お姉さんに、ゆっくりでいいから聞かせるんだ、な?」
「“デル”いらない。リン」

 「それにお姉さんでもない」モゴモガと巨乳に溺れかかる少女弓士を「この、可愛くない妹め」「可愛いけど妹じゃない」「あーもう、わかったから、さっさと教えな」と焦れたミンシアが細い肩を揺さぶる。
 ようやくマシュマロ地獄から解放された少女弓士は「巨乳許すまじ」と呪詛を込めながらも目線を左上に向け、記憶を手繰る。

「聞き込みしていた店主が服をプレゼントすると云ってくれて」
「服?」
「そう。いらないから弓をくれと云ったら武具屋に連れて行かれて。そのあと馬車での帰り道、手を見たいと云われ、その次は足を――」
「はあ?」
「ま、まさか舐められたのか(・・・・・・・)?!」

 わけわからんと困惑するミンシアとは対照的に、瞬時に状況を理解したらしい上擦った声はロンデルのもの。その肩にごつい手を置き、隻眼親父まで鼻の穴を膨らませて耳を澄ませているのは仲直りでもできたのだろうか。そのどうでもいい疑念は置いといて。

見られた(・・・・)だけ」
「見る?」
「白い手袋をして、宝石を扱うように、それ以上に恭しく私の足を持ち上げて、とても丁寧に見ていただけ。ちょっと気持ち悪かったけど」

 一体どんな状況だ?
 そこに一滴のエロスも感じさせないが、嗜好の深奥はかぎりなく深く昏く――そして果てなく広い。
 どう反応すべきか戸惑うばかりのミンシアとは異なり、やはり適切な(?)反応を示すのは変態を自認する男達だけだ。

「――そ、そうか」

 一瞬呼吸するのも忘れていたのか、たっぷりと息を吐き出すロンデルが大きく胸を撫で下ろす。そこになぜか幾ばくかの“がっかり感”があるのに気付いて、ミンシアが雪原を思わす冷貌で変態の幼馴染みを冷視する。

 ごごんっ

 とりあえず、一発ぶん殴っておくのは紛れもない“正義”だ。二発分響いたのは隣の隻眼親父も含まれるためだ。

「「……ぐおおっ」」

 頭を押さえて(うずくま)る男達を「猛省しとけ」と放っておき、ミンシアが少女弓士の細い肩を掴んだ手に力を込める。

「いいか、リン。世の中には色んなタイプの変態がいる」
「分かってる」

 「たんこぶができた」と頭頂部を押さえる実の兄を少女弓士はしっかと見やる。そのどこかスレた感じに、窘めたり抑え付けようとしても反発されるだけだと容易に察せられる。
 ならばミンシアはどう声をかけるのか?

「その変態共も、あんたに無害な者もいればそうでない者もいる。そしてそれは必ず暴力を使って害を為そうとするわけじゃあない」
「“搦め手”がある」
「そうだ。あんたを信用させ、不快にさせない手練手管を駆使して、己の欲望を心ゆくまで満たす――一見無害で問題ないように思えるが、決してそういうわけじゃない」

 そここそが肝腎だと、ミンシアはゆっくり首を振る。二度三度と印象づけるように。あるいは何かをはっきりと拒絶・否定するように。

「変態共のそれ(・・)は厭らしい猛毒だ。気付かぬうちにあたし達の身を侵す。いつの間にか、男の子と触れあえなくなる。歪んだ関係をそれが正常だと勘違いさせられてしまう。あんたが気付かないところで、確実に身や心、魂までが穢されてしまうこともあるってのを知っていてほしい」
「……」
「まあ、口で言っても、わかるもんじゃないがね」

 自嘲気味に艶やかな唇を歪めるミンシアを少女弓士はどう思っているのか。
 頭巾の暗がりでその表情は読みにくいが、ミンシアの年齢以上に艶のある女の匂いに、何かを感じとっても不思議ではない年齢であり知性も世慣れた経験も少女にはある。
 答えは短い返事にこめられていた。

「――ありがと」
「ああ」

 それ以上は口説かない。
 後はそばで力になってやるだけだ。それが姉であり――リンデルには否定されたが――仲間なのだから。
 ミンシアが落ち着いた足取りで自席に戻ると、すでにこちらも落ち着きを取り戻したロンデルと隻眼親父の変態コンビが、なぜか二人で酒を酌み交わしていた。
 杯を傾けながら神妙な顔でロンデルが独白する。

「考えてみれば、デル(・・)にはマリーがいる。邪なことをしようとすれば彼女が噛み殺してくれるだろう」
「あんたわざと間違えてない?」

 自爆したロンデルが少女弓士とミンシアに睨まれている中、足下ではもそり(・・・)と動いた大型犬が「わぁふ」と欠伸のような自己主張を発する。
 「任せておけ」かそれとも「忘れてなくてよかった」と云いたいのだろうか。

「……さっきからお前らの話しを聞いてると、この(まち)で――通常のと違った形で――女を攫う事件が起きてるってことになるな」
「君もそう思うか?」
「ああ。こりゃ『協会(ギルド)』に報告しておく必要があるんじゃねえか? 警備兵じゃ本気にしないだろうからな」

 さりげなく会話の仲間に入っている隻眼親父をミンシアも諦めたのかいつものことなのか、取り立てて追い出そうとすることはなく、通りがかりの給仕にエールなぞを注文している。

「だが折角の依頼(クエスト)が台無しになる可能性もある」

 ロンデルが渋るのは、はじめの依頼が難易度変更と共に取り消され、請け負う者も含めて再設定(リスタート)される場合があるからだ。
 こういうケースでは、旨味が大きく損なわれる場合が多々あるというのは誰もが知っている。

「仕方ないんじゃない? 身の丈を越えた依頼だったらかえって危険だよ。誰かの力を借りるなり、相応しいレベルの連中に任せるのはむしろ推奨されるべきだね」

 第一、と最後までしゃべる前に少女弓士が口にする。

「適正難易度を明らかにした功績として、最低報酬は確保できる」

 昔の『協会(ギルド)』にそこまでの余力は無かったらしいが、近年では、事案の審査不手際として『協会(ギルド)』で最低保障をしてくれるのだ。算定基準は厳しいもののある程度の損失を埋められるだけでも痛みは大いに和らぐ。

「そうだな。今回ならマイナスは考えられないから、無理をしないのが得策か」
「なら決まりね」
「異議無し」
「オレも文句はねえ」

 隻眼親父が骨付き肉を卓上に叩きつけ、面白くなってきたとロンデルを睨む。

「どうせ、再設定した依頼に乗っかるつもりなんだろ?」
「当然だ。俺たち『一角獣(ユニコーン)』がか弱き女性の窮地を見過ごすことはない」
「“か弱き男性”もね」

 ミンシアが馴れた感じでツッコめば、ロンデルは眉間にしわ寄せ「それではユニコーンじゃない」といつもの不満を垂れる。

「だったら“処女”に限定しないとおかしい」
「それじゃ差別だろう!」
「あんたの女性(おっぱい)限定もね」
「がっはっは、馬鹿なパーティだな」

 「お前部外者だろ、どっか行けや」という女性陣による非難の目に動じもせず、隻眼親父は腹の底から笑い飛ばす。
 「まあ俺は“尻”が好みだが」と聞かれもしない嗜好を何気にぶちまけ、ロンデルの僧侶とは思えぬ鍛え抜かれた背をばしりと叩いた。

「俺が入って二対二(・・・)――悪かねえだろ」
「――なるほど」
「「いや、入れないから!!」」

 勝手にパーティへもぐりこまんとする隻眼親父に
全力阻止で団結する女性陣。「胸がないのがな」と独自の視点で残念がるロンデルが名前を聞いてなかったと隻眼親父に問えば。

「あ? 俺か? ガルフだ(・・・・)、よろしくな大将」
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