(6)奇妙なクエスト(前編)

文字数 10,425文字


公都キルグスタン
 北街区――


 それは奇妙な依頼(クエスト)であった。
 『協会(ギルド)』総括支部のある南街区より公都を南北に分断する“清浄水路”を越え、鬼灯たちが北街区にあるという目的地へ辿り着いた時から、ある種のケチ(・・)がついていた(・・・・・・)と云えなくもない。

「……どうみても商いをやってるようには見えないね」
「ですが、教えられた“絵柄(しるし)”とは合っています」

 依頼の請負手続きをする際、受付中年から任務地までの簡単な地図、そして目印となる“紋商”――この世界では店を商人の名で呼ぶせいか、代わりに家紋のような“店専用の紋章”を考え、領主を通して国に登録することになっている――を二人は教えられている。
 その“紋商”が描かれた布きれを手にした鬼灯が、目の前に小さく掲げられた看板の絵柄と何度も見比べ確信したのだから、やはり間違いないのだろう。
 ただ、商人が依頼主ということで、てっきり店舗へ出向くものと思って来てみれば、そこには“住居”としか思えぬ木造石組みの建物が佇んでいるだけであり、二人が戸惑いを見せるのも無理はない。
 その上、街路に沿って住居が林立する街並みでは、肝心の“倉”を建てられる敷地なぞあるはずもなく――それが一層二人の困惑を深めさせていた。
 それでも二人が意を決して訪ねてみれば、どう前向きに捉えても客商売で成功するとは思えない、いやに視線の鋭い老婦人に出迎えられる。
 本能的に警戒心を抱かせる眼――それは彼女自身がこちらを疑り、敵か否かを値踏みしているからだ――そして纏う空気がカタギ(・・・)ではないと(さと)らせ、二人は即座に己の直感に従った。

「うん。これは違う紋商(・・・・)を教えられたね」
「では戻るとしますか」

 扇間が引き返す切っ掛けをつくり、すかさず鬼灯が合いの手を入れるも、老婦人がそんな勝手を許さぬとばかり「待ちな」と呼び止め、有無を言わさぬ圧力で所定の手続き(・・・・・・)を断行する。
 もちろん、『協会(ギルド)』規定に則った、互いが依頼者と請負者であることを確認し合う、“割り符の照合”をだ。

「間違いないね――ついておいで」

 妙な緊張感のある照合を無事に済ませても、老婦人の不景気な顔や無愛想な態度が和らぐこともなく、一言の挨拶さえないまま、さっさと家の奥へと歩き出す。

「……」
「……」

 二人が顔を見合わせたのは、この取っつきにくい(・・・・・・・)老婦人が依頼主なのか、という疑念もさることながら、何より「このまま流れに任せてよいのか?」との懸念を抱いたがため。
 特命を帯びて都へきた以上、面倒ごとに巻き込まれ、本来の役目が滞ることは避けたいところ。それ故、二人は必然的にこの先の展開を案じてしまうのだ。即ち――

(主人自らが真っ先に客を出迎えるだろうか?)

(でなければ、これから“引き合わせる”ということになる)

(ただ引っかかるのは、事前に知らせた訪問でないにも関わらず、昼日中に商人たる者がすでに帰宅している不思議――依頼主は隠居の身なのだろうか? あるいは代理の者が応対するとも考えられようか)

 ――そんな風に互いの考えを目顔だけで読み取り合えたのは、同程度の考察力と洞察力を持っていると承知しているからであり、何よりも『抜刀隊』として共に戦場を生き抜いた深い部分での繋がりあってのこと。
 最後を含めて多少の齟齬があったにしても、“何だかしっくりこない状況だ”という認識は共通のものであり、しかしながら、依頼を断るほどの明確な材料を見出すまでには至らなかった。
 一度は『協会(ギルド)』で受付までしたものを大した理由もなく取りやめにしたのでは、色々と良くない影響も出てきそうでもある。
 結局二人はもう少し様子を見守ることになる。

「ところで、貴女のお名前を窺っても……?」
「聞いてどうする」
「いえ、これから七日間、お世話になるわけですし」
「無意味だね。余計なことは考えず、任務を遂行することにだけ集中しな」

 取り付く島もない、とはこの事か。
 はっきりと壁をつくる老婦人の物言いに、さすがの鬼灯もそれ以上は黙り込む。ただ、「無意味」とまで断じる老婦人の言動には引っ掛かりを覚えもするが。
 些細といえば、途中で他の家人を見かけることもなく、やけに薄暗い廊下を進んだところで、二人は少し広めの部屋へと導かれた。
 格子窓のせいか昼間だというのに薄暗い部屋の中央には、見たこともない立派な机と椅子が並べられ、一度に十人くらいで談義ができる広さが十分にとれそうだ。
 ちなみにこの世界では履き物を脱ぐ習慣がないらしく、屋内であっても土間に等しく歩き回れるため、だからこそ、人が座るものや机にも脚が付けられ、土足のままでも支障のない、こうした生活様式が確立されたようだ。
 すでに経験しているらしい鬼灯とは違い、扇間は異国の文化になかなか馴染めずにいて、今でも屋内に足を踏み入れるその時だけは、ちょっとした躊躇いが動きに出てしまう。

「……」
「……その二人で最後か?」

 どうやら先客がいたらしい。
 予想に反して依頼人らしき商人はおらず、代わりにひと目で同業者あるいは似た業種の者と知れる男女が待っていた。
 窓際の壁に背を預け、槍を立て掛けた女戦士にまるで我が家のごとく椅子にどっかりと腰を落ち着け、待ちくたびれたような声を上げたのが戦斧を傍らに置く男の戦士だ。

「俺は――」
「馴れ合いはよしな」

 戦斧の戦士が片手を上げ挨拶しようとしたところで老婦人がぴしゃりと断ち切った。

「あんたらは金がほしい。こっちは“倉”の見張りをしてもらいたい。互いにすべきことをして、もらう物をもらえば、それでいいじゃないか」
「もちろんだ。ただ、背を預けるとなりゃ――」
「ならないよ」

 再び老婦人がばっさりと遮る。

「あんたらには、個別に(・・・)対応してもらうからね」
「あん? 順繰り(・・・)にか? ……まさか“倉”ってのがいくつも(・・・・)あるんじゃなかろーな」
「聞いてどうする」

 先ほども耳にしたばかりのその言葉――老婦人の目が鋭く細められる。そこに込められているのは荒事に馴れた者とは違う、命令することに馴れた者の鋭敏さ。その圧力に相応の腕を持つと思われる戦士が気後れしたのか押し黙る。

「勘違いしてないか? こっちがほしいのは“人手”であって“頭”じゃない。あんたらが警備のことを考える必要はないんだよ」
「そうかい。けどな――」
「納得できないなら、依頼を受けなければいい」

 そう冷たく言い放ったのは、老婦人に非ず、これまで静かに目を閉じ黙していた槍の女戦士。キッと睨み付ける戦斧の戦士に彼女は目を開け、真っ向から受け止める。

「これはヨーヴァル商会(・・・・・・・)の依頼だぞ? ならば受けるか否かのどちらかだ。そしてここに来た時点で、“受ける”という選択肢しかない」
「――っ」

 二人の間ではそれで通じ合えたらしい。
 思わず息を呑む戦士に覚悟を決めろと女戦士がその視線で訴える。それを不愉快だと(たしな)めるのは老婦人だ。

「おかしな言いがかり(・・・・・)はやめな。こっちはむしろ、あんたらの負担と責任(・・)を軽減させてやってるんだよ」

 そうして懐から取り出した革袋より金貨を掴みだし、机の上に積んでから三組に別ける。自然と皆の――特に戦士二人の視線が食い入るように向けられるのは、庶民の間では滅多にお目にかかれぬ金貨を目にしてのもの。
 おかしな話しではあるが、例え貨幣価値が同等だとしても、銀貨百枚より金貨一枚を持ち歩き使う方が社会的地位(ステータス)が上と見られる現実がある。
 その効果を十分に見越している声で老婦人が宣言する。

「先に報酬をやろう」
「「!」」
「さらに、手柄を立てれば追加報酬も考える。何か文句があるかい?」

 あるわけがない。
 恐らく戦士二人は荒事の依頼に馴れた者達だ。
 薄暗さのせいか蒼白く見える女戦士の何気ない(たたず)まいには冷たい言動に似合う鋭利さがあり、使い込まれた戦斧を持つ戦士の顔は鼻が潰れ、耳は少し欠損し、それでもしぶとく生き抜いてきた頑強さが自信漲る表情となって表れている。
 そんな彼らが、依頼に後ろ暗いところのひとつやふたつ、あったところで気にするものでもない――見合う金さえもらえれば。

「文句はないので、条件を(・・・)

 その場にいる者を代表するかのように鬼灯が話しの先を促し、老婦人は「一度しか言わないよ」と前置きした上で本題に入った。

「見張りは一組づつ立ってもらう。基本的に朝一から始まり真夜中まで。交替は無し。行きも戻りも私が個別に案内するからそれが刻限と思いな。そして案内された持ち場を決して離れないように。
 また、契約期間中は“外”に出ないこと。見張りの持ち場と与えられた個室で過ごすことになる」

 さらに、外の人間との接触はもちろん契約者である他の二組とも接触を禁じられた。当然、出された条件に違反した者は無報酬に加え即座に退場してもらうことになる。
 普通なら、請負側に警備計画も含めて任せるべきであり、複数の請負者がいるならば協力連携させるのが常道というものだ。
 まして移動制限を掛けてまで縛り付けるなど言語道断。
 あまりに非常識――あるいは穏やかに表現しても“奇妙な条件”と云わざるを得ない。

「まるで虜囚の身だな」

 戦斧の戦士が思わず不満を口にし、さすがの女戦士もそれを窘めることはしなかった。その場にいる誰もが同じ感慨を抱いていたからだ。
 だが、机の上に無造作に乗せられた“見せ金”がすべての不満を呑み込ませる。

「我々は一緒の持ち場でいいのですね?」
「パーティを組んでる【見習い】をバラバラにしては必要戦力に届くまい」

 個人であれ組であれ、請負者ごとの戦力維持は必要なものと理解しているようだ。だからといって、必要最低限の力しか出させない条件に納得できるものではないが、これはあくまで“戦い”が副次的なもので前提となっているわけではなく“警備”が主たる任務と思えばこそ、鬼灯と扇間は互いに小さく頷き合う。

 二人一緒なら十分、と。

 正直、しくじった感は否めない。七日間も拘束されたのでは、本来の任務どころの話しではないからだ。だが、ここで下手に騒ぎ立てしようものなら、さらに面倒なことになりそうなのも確かである。
 いずれ、この忍耐が花開くものとして、二人はこの境遇を甘んじて受け入れることとした。
 それは受諾する、という意味においては男女の戦士も同じ判断であったらしい。机上の金貨をしばらく見つめた後、戦斧の戦士は肩をすくめ、女戦士は再び目を閉じた。
 全員の無言の承諾(・・・・・)を確認して、老婦人は戦斧の戦士へ顎をしゃくる。

「では、あんたからいこうか。私の後についてきな――他の二組はここで待機だ」
「おっし、受ける以上はきっちりやり遂げさせてもらうぜ」

 軽く気合いを込めて、戦斧を背負い直し彼は立ち上がる。もちろん、机にある三等分された金貨の取り分をきっちり懐に入れた後で。
 前払いの景気の良さに機嫌をよくしたか、鬼灯たちが入ってきたところから出て行く際に「じゃあな」と片手を振って別れの挨拶とした。

「――ところで、ヨーヴァル商会とは何です? 彼はその名を聞いただけで納得されたようですが」

 物音が聞こえなくなったところで、鬼灯が壁際から動かぬ女戦士へ声を掛けた。確かに戦斧の戦士との会話で不穏な表現をしていたのが思い出される。
 真っ先にそれを尋ねたということは鬼灯もよほど気になっていたのだろう。だが、初対面同士の弊害か相手の対応は冷ややかなものであった。

「そんなことも知らないで、依頼を受けたのか」

 淡々と応じる彼女が呆れているのは確かだ。その冷めた物言いと冷貌のせいで必要以上に冷ややかに感じられる。

「【見習い】だからって甘えてるようじゃ、審査(・・)をクリアするのは無理だね」
「そういう貴女は『探索者』ではないのですか?」

 再び目を開けた女戦士が鬼灯の首下を見るように、彼自身も彼女の首下を見やるが“称号板(プレート)”を吊る鎖は見当たらない。
 手首に巻く者もいるにはいるが、その知識の有無に関わらず鬼灯は彼女が同僚(・・)でないと察しを付ける。
 総括支部で見かけた者達に比べて、その身に纏う空気があまりに殺伐としているように感じるためだ。

「さっきの条件を忘れたか? 我々が話し合うのは禁じられている」
契約が始まったのは(・・・・・・・・・)彼だけでは?」
「“案内された者から”と? だが、そうだという根拠がないだろう」

 ならば無報酬となる危険を冒すつもりはないということか。確かに反論できる明確な根拠などあるはずもなく、それきり黙り込んでしまった女戦士に鬼灯は素直に引き下がる。
 近くに人気はなさそうだが、どこにどんな目と耳があるかは分からない。慎重を期すべきと訴える扇間の目もあったこともある。
 そうこうしているうちに、老婦人が戻ってきた。

「次はそっちの“槍”だ――」
「……」

 指名を無言で受けて女戦士が机に近づき、無造作に金貨のひと組を引っ掴み、懐から取り出した革袋へしまい込む。

「すぐに戻るから、大人しく待ってな」

 なぜか鬼灯へ言い置いて、老婦人が姿を消した。女戦士からはつれない(・・・・)ことに別れの挨拶はなく、すぐに二人だけが取り残される。
 そうして老婦人の宣言通り大して時間も置かずに二人の出番が回ってくるのだが、それまでに話し好きらしい鬼灯にしては珍しく、何かを考えるように黙り込んだまま出入口を凝視しているだけであった。

「きな――」

 三組目ともなれば疲れも出るのか、ますます無愛想になった老婦人に促され、二人は後をついていく。
 やはりというべきか、老婦人は建物の裏口から外へ出て、荷馬車が一台通れるだけの路地を足早に歩き出した。
 右に左に折れ曲がり、時に人しか通れぬ路地裏を抜け、なぜか最後まで誰かとすれ違うようなこともなく、目的の“倉”にほどなくして辿り着く。
 いつもなら溢れる好奇心を満たそうと、周囲へ無遠慮な視線を向けまくる鬼灯が、珍しくすまし顔(・・・・)で大人しく老婦人の背を追っていたのが不思議ではあった。

「――ここが、あんたらの持ち場だ」

 辿り着いた先で、住居三軒分くらいの大きな建物を老婦人が目顔で差す。
 ここへ来るまでに目にした家屋とは造りが異なる総石組みの平屋建築は、屋根もなければ窓もなく、ただ石だけを積み上げたような無骨すぎる趣に“巨大な墓標”という印象を受けるほど、嫌な威圧感を与えてくる。
 それだけに唯一の慰めは、建物中央に設けられた大人一人分しか通れぬ扉の存在であったが、金枠で堅牢に造られた木製扉であるにも関わらず、建物の大きさに比してあまりに小さい体躯のせいで、(わび)しげに見えてしまうのがちょっと切ない。
 思わず「こんなもの(・・・・・)を護るの?」と拍子抜けしてしまうほどに。だがその心の弛みを「いいかい――」そのたった一言で老婦人が締め上げる。

「――誰であろうと、ここを出入りする者を許すでないよ? それがあんたらに課す、ただひとつの役目だ。もし、相手が退かず押し通ろうとするならば、容赦しなくていい(・・・・・・・・)

 老婦人が確認するように皺が目立ちはじめた顔を鬼灯と扇間へ向けていく。特に最後の言葉をきちんと二人が理解しているかどうか、任務に相応しき者かどうか見定めるように。

「特に外から襲ってくる者には、徹底的にやってやりな――無論、何があっても後始末はこっちでやるから心配はない。あるとすればむしろ、あんたらの(・・・・・)油断(・・)かね――」
「それこそ無用の心配というもの」

 何だか久しぶりに口を開いた印象のある鬼灯が、続けて緊張感を台無しにするような質問を投げかける。

「ところで、小用の時にはどうすれば?」
「ああ、垂れ流されてかなわんからね。ぬかりはないさ」

 これまでにも(・・・・・・)あったのだろう。
 そこではじめて老婦人が目元口元を綻ばせたと思えば、それ以上何かを示唆することもなく背を向けた。

「ちょっと!」
「……」

 さっさと立ち去る彼女を扇間が呼び止めるも、尋ねた当の鬼灯は口元に笑みを含んだまま黙って見送ってしまう。

「……あ、あれのこと?」

 建物への出入口は数段高いところにある。そこまでの石段脇に蓋付きの木桶が置いてあることに扇間が気付く。
 そのまま確認しようと扇間が近づき、あと三歩のところで足を止め振り返る。

「……これだね」

 武辺者とは思えぬ情けない声で。
 鼻に皺を寄せる扇間に釣られ悪臭を想像してしまったか、鬼灯の眉間にもわずかに皺が寄ってしまうのだった。

         *****

 愛想のない老婦人が去ってからしばし。
 扉口へ至る石段の足下で、何となく両脇を固めるような感じで鬼灯と扇間は位置取りをしていた。
 日中だというのに、二人がやってきた路地や建物の両端方向へ目を向けても人気(ひとけ)はおろか猫の子一匹通る気配さえなく、刻を無駄に浪費しているという感覚が半端ではない。
 だからというわけでもあるまいが。

「――どう思います?」
「何が?」

 分かってて問い返す――そんな調子を扇間の声に感じとりながら鬼灯がそれを突くことはない。いや、突っ込み所が多すぎて(・・・・・・・・・・)、的を絞りきれないためだと鬼灯は受け止める。

「先ほどの家――お店でないのは分かりますが、依頼者が住んでるとも思えません」
「人気がなさ過ぎるし、誰かが暮らしてる雰囲気もなかったね」
「人気というなら、ここまでの道中も(・・・・・・・・)

 鬼灯の指摘どおり、どう見ても街中でありながら、通りを歩く者はおろか、連なる住居のいずれからも感じられるべき人の気配はなく子供の声も聞こえなければ物音ひとつ聞き取ることもできなかった。
 それはあまりに異常なことだ。
 そもそも廃墟であるなら(・・・・・・・)理解もできるが。
 もちろん、二人の気配察知はそれほどのものではなく、屋内で静かに暮らしている程度では感知できないのも確かである。

「ここまでの道中で、気付いた点がもうひとつ」
「おそらく、ここの路地はどこにも繋がってない(・・・・・・・・・・)

 答えを先取りした扇間がにやりと笑い、正解だからこそ鬼灯がそつなく説明を付け加える。

「“契約期間中は()に出ないこと”――この辺り一帯が意図的に作られた(・・・・・・・・)“箱庭”だというのなら、ご婦人から出された“条件”にも合致します。つまり“敷地の中”ということに」
「だとしたら広すぎない? どうしたって街の一画を買い占めたことになる」

 依頼主の財力に驚くよりも呆れた様子の扇間に「力のある商人なんでしょうが……」鬼灯も同意を示しつつ、別の見解を述べる。

「むしろその必要があった(・・・・・・・・)と考えるべきでしょうね」
「というと?」
「例えば我々が護っているこの“倉”――」

 そうして軽く顔を横向け流し目を送る鬼灯に扇間も真似をする。

「何の建物だと思います?」
「は?」
「“倉”と云うからには、“何か”を納めているわけです。それは商人がいかなる商い(・・・・・・)をしているかにも関わるでしょうね」

 時折、鬼灯はこうした“意地悪”というか“人を試す”というか、要するに“謎かけ”をして愉しむようなところがある。
 その回りくどいやり口に辟易するときもあるのだが、扇間もこれはこれで嫌いではない。

「そういう鬼灯さんは、依頼人が何の商いをやっているか分かっているのかい?」
「分かるわけないでしょう」

 屈託のない笑顔でさらりと云われ、扇間は思わずガクッと身体の平衡を崩してしまう。

「なにあっさりと?!」
「分からないものは分かりませんから」

 なおもしれっと告げた上で「ただ、憶測でいいなら、ないこともないですが」まさかそんなことを言い出すとは。

「……ほんとに?」
「ええ」
「……聞かせてもらっても?」

 得ている情報は同じはず。
 “紋商”の絵柄に“ヨーヴァル商会”の名、同じ情報を得て同じ話を聞き同じ体験をしてきたはずなのに、どうして鬼灯には分かるというのか。
 いや、普段妙なことばかり吹聴して回る男だけに、こういうところで活躍してもらわねば、割に合わぬ(・・・・・)というものだ。

「まず、“倉”に納められている“何か”を考えるにあたって、手掛かりとなるものがあります」
「手掛かり? ――木桶とかっ」
「わざとですね?」

 ずい、と鬼灯に詰め寄られ、間髪入れずに「ごめんなさい」と扇間が盛大に合掌をする。

「やれやれ。……建物の大きさに比べて、あまりに扉が小さすぎる、ということですよ」

 二人の常識でなら、“倉”には米俵が納められる。糧食が大事というのはこの世界も同じと思われるが、それにしても人一人が通り抜けられる程度で、しかも石段を越えてとなれば、運送の労苦が思いやられるというものだ。

「糧食、お金の入った箱、あるいは値打ち物の何かだとしても持ち運びがあまりに大変そうです。街の一画を手に入れるほどの商人が、そんな機転の利かぬ造りで建てるでしょうか?」
「その話じゃ、何を納めるにしても駄目ってことに聞こえるんだけど……」

 戸惑う扇間に鬼灯は意味ありげな笑みを口元に(たた)えたまま、「ここまでの道中もそうではないですか?」と話しを広げてゆく。

「妙に曲がりくねった道程でしたね。荷馬車が通れる道は所々しかなく(・・・・・・)、これでは大量に荷物を運ぶことが出来ません。それに、はじめは“我々に道を覚えさせないため”とも考えましたが――確かにその一面はあるのでしょうが――果たして我々に対してだけ(・・・・・・・・)なのでしょうか?」
「それはどういう……」

 ますます訳が分からないと途方に暮れる扇間。
 確かに建物の造りや迷路の如き入り組んだ街路を総括して捉えれば、“倉”を納めた“何か”を護るために大がかりな警備態勢(・・・・・・・・・)を築いている(・・・・・・)ことが窺える。
 だが、それが必ずしも噛み合っているとは言えず、むしろ搬送に手こずる仕組みとなっているのは明らかで、問題はそんな馬鹿なことを商人が実行するはずがない、ということだ。
 では、何のために――?
 いや、何をどう捉えれば、これでよい(・・・・・)と言えるのか?

「最後の手掛かりは、この場で後付けで提示されたご婦人からの“条件”です」
「それなら分かる。“出入りを許すな”でしょ?」「“特に外から襲ってくる者”も」

 互いに納得のいく不審点を挙げれば答えが同じであることは言うまでもない。
 “見張り番”という言葉から抱いてしまう先入観を捨て、老婦人の言葉をようく吟味すれば、課された役目が“倉を外敵から守る”のではないことに気付けるはずだ。

「察しの通り、我々が対処せねばならぬ相手とは、内にも外にも(・・・・・・)いるのです」
「あ――そうかっ」

 そこでようやく扇間は気付いたようだ。
 外側からの襲撃だけでなく、内側――屋内からも出てくる者がいるという想定が何を差すのかを。

「“脱走”を懸念している――この建物に虜囚とな(・・・・)っている者がいる(・・・・・・・・)ということか!」
「しっ。声が大きいですよ」

 謎が解け思わず興奮してしまう扇間に鬼灯が唇に人差し指を当て(たしな)める。

「これだけの建物ですから、それなりの人数がいるでしょう。そして、見張りの仕事を外部に依頼するくらいですから、後ろめたいもの(・・・・・・・)でないことは確かです。そうしたことを踏まえれば、ここに納められているのはあくまで商品(・・)と云うことに。ならばいかなる商いかは、自ずと――」
「“労役商”――だったっけ?」

 確信を込めて、扇間が依頼者の商売を口にする。
 それが“謎解き”の先にあるすべての答えであった。

 公都に到着した際、鬼灯たちはトッドやグリュネから“街壁”に関する歴史的講釈を受けた折りにそうした商売があることも耳にしていた。
 街では『探索者』として受けられる仕事もあれば、非合法に近い形の『荒事師』と呼ばれる者達が受ける仕事もある。それらとは別に、基本的に荒事抜きの庶民でもできる労働を仕事として斡旋するのが“労役商”というものなのだと。
 そしてその中には、“咎人(とがびと)”が刑罰の一環として強制労働することになる仕事の斡旋も“労役商”が担うこともあるという話しがあったのだ。
 そうした仕組みは、役人にとっては経費縮減が図られ、“労役商”にとっては“都合の良い人夫”を合法的に入手することができ、互いに良き関係を生み出していた。

「この建物は役人から借り受けた“咎人”を一時的に捕らえておく牢獄ってわけか」
「そしてその“咎人”を奪還せんとする襲撃者が現れるかもしれない、ということですね。そうでなければ、単なる物盗り相手に“返り討ちにしろ”なんて云わないでしょう」
「いや、あの人は云いそうだよ」
「……」

 思わず鬼灯が閉口したのは「確かに」と納得したからであろうが、即座に「他の二組もきっと同じ建物を護ってますね」と微妙に話題を逸らす。老婦人が案内から戻る時間が「ほぼ同じであった」からだと。

「やけに厳しい条件も、警備の詳細をできるだけ他者に覚らせないようにするためと思えば、納得できるからおかしなものだね。……もしかして、街の一画を利用している理由には、脱走者を惑わすだけでなく、人夫となる人達へ住居を貸しているという側面も含まれるかも。今は日中で労役に出ているから、もぬけの殻ってだけで」
「……」
「どうしたの?」

 せっかくすっきりしたと喜べば、急に黙りこくってしまった鬼灯を扇間は不思議そうに見る。

「……それでも、ヨーヴァル商会に含みがある二人の会話が気になるって?」
「……気付いてましたか」

 あっさり懸念を認める鬼灯に扇間は「当然」と頷く。

「それに咎人の脱走やそれを幇助するために襲撃者が現れる可能性があるだなんて……どう考えても、【見習い】が受けれる依頼じゃないでしょ」

 確かに割り符は本物だった。
 ならば考えられる可能性は、依頼票を貼り付ける掲示板が間違っていたということ。いや――

「そういえばこの依頼、親父さんが落ちていたのを(・・・・・・・)拾った(・・・)んでしたね」
「はー……あ」

 大げさにため息を吐きながら扇間が天を仰ぎみる。

はじめから(・・・・・)ケチがついていたとはね……」
「当然、終わりまで(・・・・・)ケチがつくでしょう」
「頼むから、嬉しそうに云うのだけはやめて」

 誤解を招くと苦笑いする扇間に「誤解なものですか、心の底から望んでますよ」と相変わらず真摯な面持ちで鬼灯が告げるのであった。
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