(4)クノールの夢
文字数 4,938文字
公都郊外
秘されし岩窟の根城――
沐浴を終えた男は、肌艶の良い顔で最奥の間へ向かっていた。
そこに洞窟には場違いな上質の木製椅子が設えられており、絵画や陶器などの調度品だけでなく月光石を用いた魔導灯まで備えられているアジトでも唯一の豪奢な間は、主 を迎えるために用意されたものであった。
だからこそ、留守を預かる者の特権として、替わりに使って差し上げるのだ。そのように男は歪んだ認識の下、思うがままに振る舞っていた。
「――早い戻りだな」
「ああ、また壊れちまった女がいてな」
非難がましい目付きをされるが、男――クノールは涼しげな顔で上座の椅子にどかりと身を投げ出し、足を組む。
誰が今の主か示すために。
「品質 が落ちたらどうする?」
「馬鹿いえ。精神状態と健全か不健全かに関係などあるものか。むしろ飛んだ方が ストレスもなくなって味が良くなるだろうよ」
「なら、そう団長に具申してみるんだな」
憎らしい切り返しに、クノールは黙り込む。思わず組んだ足を戻したのは「団長」の言葉にその影を脳裏に思い起こし、知らず身が引き締まったためだが、当人に自覚はない。
苦虫を噛みつぶした顔をして、クノールは壁際に並ぶ獣闘士を睨み付ける。
「少し黙れ」
「「……」」
実は彼が顔を出してから「オンナクサイ」「ニオイガスルゾ」とぶつくさ文句を云っていたからだ。恥ずかしげもなく腰蓑の前部をもそりと膨らませている己の欲望に忠実な獣人に、クノールは侮蔑を瞳に宿す。
「お前達には、別にあてがっている だろう?」
「メス ヨリ モ オンナ ガイイ」
「美食家 を気取るな、我慢しろ。それとも調達 をやめないと理解できないか?」
そこで彼らが情欲を抑え込んだのは、駆け引きがうまくいったからではない。クノールの身より剣呑すぎる殺気が浮き立ったがためだ。
例え『盟約』を盾に取ろうとも『ズア・ルー』の戦士が弱者に下ることはない。その点において、椅子で偉ぶるクノールだけでなくその隣に佇むローブの男も雇用主に相応しい実力者ではあった。
無論、それがいつまで続くかは分からない。なにしろ『ズア・ルー』の一族は年齢による成長で飛躍的に身体能力 が上がっていく――つまりは強くなっていくからだ。
半年、あるいは一年後には立場が逆転していても不思議ではなかった。
(セイゼイエラブレ ニンゲンガ)
(イズレ アナトイウアナヲ セメツクシテヤル)
そのように腹に一物 持っているのは、何も獣闘士だけに限らない。
(あれはダメだ。そのうち処分 した方がいい)
(ああ。誰も来ないアジトに護衛は不要だろう)
互いに心中で不平不満を醸成し合い、いつものように退屈な留守番の時を紛らわせる。
「……なあ、そのうち俺たち用 の女を調達してはどうだ? そのくらいの役得はあってもいいだろう」
今し方まで、虜囚の女達を好き勝手に堪能しておきながら、まだ足りぬと我欲を滾らせるクノールにローブは辟易した口調で拒絶する。
「俺は御免だな。ここ は不便だし長居するくらいなら、とっとと交替させてもらう」
「抱くならベッドの上で」と清潔感を出すローブにクノールは不満も顕わに唇を歪める。そんなお上品にまとめるのでなく、もっと欲望を剥き出しにして滾らせなきゃならんだろうと。
それこそが、『俗物軍団 』の力の源泉だろうが、と。
「おい――」
手招きして近くにいた『荒事師』のひとりに命じて葡萄酒を持ってこさせる。どうだ。都に戻れば通りを肩で風切って闊歩する者でさえ、絶体強者の前ではこうして召使いの真似事をするのだ。
この理不尽な特権を手にするために、血の涎を垂らして訓練と実戦に明け暮れてきた。もっと遡れば――
(あの掃き溜め から抜け出したい、その一心でっ)
背もたれに頭を預け、クノールは己が手にしたものを思い起こす。失ったものなどどうでもいい。これまで、どれだけ欲望を満たしてきたかが大事なのだ。
今後もそうしてゆくために。
「……レシモンドはヘマをやったな」
「『幹部 』まであと一歩だった」
死ねば一歩も半歩もない。
それがひねた台詞 を口にさせる。
「『幹部 』になっても同じだろ」
「そう思うか?」
――思わない。それが本音だ。
『幹部 』こそは絶体強者の象徴であり、俺たち団員の最終到達点。
一級を超えた超級戦士。
そこに辿り着けさえすれば、それ即ち“不敗の強者”になったことを意味する。不敗ならば戦って死ぬことはなく、まさに不死を手に入れたようなもの。
つまりは『幹部 』にさえ届いてしまえば、己の望むがままというわけだ。
事実、『幹部 』達はそれぞれが自由奔放に行動し、己の歪んだ欲望も満足させている。それを役人や貴族の連中に咎められ、処罰されたことがあるだろうか?
「くく……」
ないのだ。一度たりとも。
非難の声は耳にすれども、女子供の泣き叫ぶ声をその悲劇とやらをドコのどなた様も 止めさせた者はいないのだ。
これほど明瞭に凄さ と褒美の関係が分かるものがあろうか。
その到達点を目前にしている自覚がクノールにはあった。
だからこそ彼は笑みをつくる。
溢れるほどの自負を持って。
「俺こそが本物の『一級戦士』だ。誰よりも候補と呼ばれるに相応しい。――奴はマガイモノだった」
「敗者である以上、それに文句はあるまいよ」
「云わせもしない、生きてりゃな」
現存する『一級戦士』はそれなりにいる。言うなれば『幹部 』もそうだ。ただ『一級戦士』の中でも桁違いの強さ故に肩書きが付けられているのだが。
レシモンドは芸が無い 割に、候補と囁かれた目の上の瘤であった。それが取り除かれたことにより、拠点から自分が召喚され、こうしてアジトの留守居役に任命されたのだ。
組織上、ここでは己がトップ――当然のように許される範囲を見極めながら、クノールがその地位を骨までしゃぶりつくしたのは言うまでもない。
団長に内緒で“舌女”を育て、物資搬入に融通を利かせてうまい酒と食い物を取りそろえ、ちょっとした己の王国を手に入れた気分だ。
いや、気の合う者を密かに呼び寄せ、本当に王国を築いてもいい。
いいぞ、夢がふくらむ。
くく……この俺に夢か 。
笑わせてくれるが、悪くはない。
ひとり妄想を逞しくさせるクノールの下へ、この時、息せき切って駆け込んでくる者がいた。
「ば、化け物だ――っ」
突拍子もない一言に、一瞬、シラケた空気が場に漂う。だが。
洞窟はそれほど広いわけではない。なのに顔中汗みずくになって息を荒げる手下の様子に、クノールはすぐに不審感を抱く。
それは隣のローブも同じのようだ。
「おい、落ち着け」
「化け物だ、化け物がっ」
「だからそれじゃ分からんだろうがっ」
苛立つローブに手下は気づきもせず懸命に何かを訴える。その切迫感のみを汲み上げたのはさすがのクノール――留守居を任じられるだけはあった。
「敵だな ? 敵が来たんだなっ」
「は……いっ」
夢中で首振る手下の反応で、ローブもすぐさま気持ちを切り替え「招集をかけろっ」と先ほどの『荒事師』に指示を出す。
アジトに常駐してる人数は決して多くなく、連携をとることが敵襲対応の基本原則になっている。
「何人だ?」
分からないと首を振る手下に「お前か、誰かが見かけた人数でもいい」とクノールが捕捉すれば。
「ひとつ」
「何だと?」
「悲鳴が聞こえ、その次には争う声も。駆けつけた俺が見たのは……デカい人影でした」
それ以外味方の動きも声も気付くものはなかったと。つまり倒された後だというわけか。そして洞窟の奥から望めば、入口側は逆光になって確かに影しか判別できまい。
「とにかく慌てて数名が近づいたら、暴風みたいな勢いであっという間に数名がやられて……」
その時、足下に転がってきた生首に驚いて、逃げ出してきたらしい。結果的に警報を告げる形となったのは、幸いではあったがクノールは苦り切った顔をする。
単に、団員の質の悪さに憤っただけではない。
「得物を振るったんだな?」
「はっきりとは……けど剣か棍棒か、何かは持ってました!」
なら危険生物ではない。
むしろもっとタチが悪い相手だ。
「『怪物』か『探索者』か……」
「“森の掃除”は定期的に行ってきた。『怪物』の可能性は低い」
ローブがすかさず指摘して二択からさらに絞り込まれる。
「とすれば探索者か……だがどうやってここを知った?」
「偶然ということもある。依頼採取に夢中になり、私領と気付かず迷い込むマヌケは新人だけとは限らない」
腕だけ立つ、というのも厄介だが。苦笑するローブに、だが、クノールはわずかな疑念を拭えずにいた。
「だからといって、それなりの手練れがそんなドジを踏むのか? しかも単独 だと?」
「別に単独と決めつける要素はない。むしろ、他にも仲間がいると思うべきだな」
“壁役”を先行させて、残りのメンバーで付与術や快癒術などの支援体制を万全とする――未知の洞窟や遺跡を探索する際の、連中の基本隊列のひとつでもある。
妥当な見立てにクノールも異論はなかった。
「戦闘力だけは注意だな。下手にちょっかい出すのはマズいか」
「同感だ。戦わずにここまで誘導させるべきだ」
ローブの提案はすんなり受け入れられる。ここはアジトで最も広く、現行最強戦力が集っているところでもある。誘い出し、一斉に叩けば敵の盾役を満足な支援も受けさせずに潰してしまえるだろう。
「よし、うまく誘導してお前らは身を潜めておけ。俺たちの戦闘が始まったら、それを合図に奴らの後衛に横槍を入れてやれ」
「分かりました!」
駆けさる手下に「まずはお前達に働いてもらう」と事態を見守っていた二匹の獣闘士にクノールが呼びかける。
「オンナカ?」
「だったら好きにしろ」
まだ欲情していた獣にクノールはうんざりした様子で投げ槍に応じる。先ほどの話しから推測すれば、どう考えても男の戦士系にしか受け止められらなかったが、先日の例 もある。
「……それはない 」
クノールが半身をねじり、背後の壁へ顔を向ける行為をどう解釈したのか、ローブが断固と否定した。
その壁には古めかしい大扉が存在感を放っていた。
細工の模様は精緻で芸術性に富んでいるものの、デザインとしては古い歴史を感じさせる。
不可思議なのは、彼らがアジトとして利用する以前からすでに設えられていたことであり、かつ、扉を開けてもそこには壁しかない こと。つまりは調度品のひとつにすぎない――いや。
ある一件がクノールの脳裏に過ぎる。
先日、アジトを築いてよりこれまで、唯一辿り着いてみせた部外者がいた。
炎のような赤髪のまぶしい生意気な女が。
それもただひとり乗り込んできて、その上、得物も持たずに素手のみで、瞬く間に手下達をノシていった豪放な女が。
誰もその快進撃を止めることはできず、だが、この“間”に女が踏み入ったところで予期せぬ変事は起きた。
(そう、あの時だけ――扉の先があった )
理由など分からない。
変事が起こった理由も、その先に 何があるのかさえも。知っているとすれば、あの女だけだ。あの女だけが、扉の先を知る唯一の人類だ。
唯一の ――――?
結論からすれば、女はその扉の先へと消えることになった。
消えて、それきりだ。
そのまま日常に戻った。
故に、何一つこの時の真実を知る者はいない。
あれ以来、ローブが真剣に調査したが何も分からなかったのだ。
もちろん、“扉”がどういうものなのか、あるいは真相を知るであろう主からは何も聞かされていない。
この一件について『幹部 』の中で唯一関心を示したのは、副団長だけだ。だがその彼も特に何かをするでもなく「今はすべきことに集中しろ」と口にするだけである。
だが、そういう態度をとられれば余計に興味が湧こうというもの。
誰がどう見てもこの“扉”は『魔術工芸品 』の逸品であり、あるいはそれ以上の力ある至高品かもしれないのだ。
そしてそうであるならば、歴史上の秘密や世界の理に繋がる可能性も見えてくる。
何かある――。
この謎を解けば、本当に妄想の王国を現実とすることができるかもしれない。それだけの“力”が隠されている――そうクノールは訳もなく確信する。
この――『黄金の扉』と皆が呼ぶものに。
秘されし岩窟の根城――
沐浴を終えた男は、肌艶の良い顔で最奥の間へ向かっていた。
そこに洞窟には場違いな上質の木製椅子が設えられており、絵画や陶器などの調度品だけでなく月光石を用いた魔導灯まで備えられているアジトでも唯一の豪奢な間は、
だからこそ、留守を預かる者の特権として、替わりに使って差し上げるのだ。そのように男は歪んだ認識の下、思うがままに振る舞っていた。
「――早い戻りだな」
「ああ、また壊れちまった女がいてな」
非難がましい目付きをされるが、男――クノールは涼しげな顔で上座の椅子にどかりと身を投げ出し、足を組む。
誰が今の主か示すために。
「
「馬鹿いえ。精神状態と健全か不健全かに関係などあるものか。むしろ
「なら、そう団長に具申してみるんだな」
憎らしい切り返しに、クノールは黙り込む。思わず組んだ足を戻したのは「団長」の言葉にその影を脳裏に思い起こし、知らず身が引き締まったためだが、当人に自覚はない。
苦虫を噛みつぶした顔をして、クノールは壁際に並ぶ獣闘士を睨み付ける。
「少し黙れ」
「「……」」
実は彼が顔を出してから「オンナクサイ」「ニオイガスルゾ」とぶつくさ文句を云っていたからだ。恥ずかしげもなく腰蓑の前部をもそりと膨らませている己の欲望に忠実な獣人に、クノールは侮蔑を瞳に宿す。
「お前達には、別に
「
「
そこで彼らが情欲を抑え込んだのは、駆け引きがうまくいったからではない。クノールの身より剣呑すぎる殺気が浮き立ったがためだ。
例え『盟約』を盾に取ろうとも『ズア・ルー』の戦士が弱者に下ることはない。その点において、椅子で偉ぶるクノールだけでなくその隣に佇むローブの男も雇用主に相応しい実力者ではあった。
無論、それがいつまで続くかは分からない。なにしろ『ズア・ルー』の一族は年齢による成長で飛躍的に
半年、あるいは一年後には立場が逆転していても不思議ではなかった。
(セイゼイエラブレ ニンゲンガ)
(イズレ アナトイウアナヲ セメツクシテヤル)
そのように腹に
(あれはダメだ。そのうち
(ああ。誰も来ないアジトに護衛は不要だろう)
互いに心中で不平不満を醸成し合い、いつものように退屈な留守番の時を紛らわせる。
「……なあ、そのうち
今し方まで、虜囚の女達を好き勝手に堪能しておきながら、まだ足りぬと我欲を滾らせるクノールにローブは辟易した口調で拒絶する。
「俺は御免だな。
「抱くならベッドの上で」と清潔感を出すローブにクノールは不満も顕わに唇を歪める。そんなお上品にまとめるのでなく、もっと欲望を剥き出しにして滾らせなきゃならんだろうと。
それこそが、『
「おい――」
手招きして近くにいた『荒事師』のひとりに命じて葡萄酒を持ってこさせる。どうだ。都に戻れば通りを肩で風切って闊歩する者でさえ、絶体強者の前ではこうして召使いの真似事をするのだ。
この理不尽な特権を手にするために、血の涎を垂らして訓練と実戦に明け暮れてきた。もっと遡れば――
(
背もたれに頭を預け、クノールは己が手にしたものを思い起こす。失ったものなどどうでもいい。これまで、どれだけ欲望を満たしてきたかが大事なのだ。
今後もそうしてゆくために。
「……レシモンドはヘマをやったな」
「『
死ねば一歩も半歩もない。
それが
「『
「そう思うか?」
――思わない。それが本音だ。
『
一級を超えた超級戦士。
そこに辿り着けさえすれば、それ即ち“不敗の強者”になったことを意味する。不敗ならば戦って死ぬことはなく、まさに不死を手に入れたようなもの。
つまりは『
事実、『
「くく……」
ないのだ。一度たりとも。
非難の声は耳にすれども、女子供の泣き叫ぶ声をその悲劇とやらを
これほど明瞭に
その到達点を目前にしている自覚がクノールにはあった。
だからこそ彼は笑みをつくる。
溢れるほどの自負を持って。
「俺こそが本物の『一級戦士』だ。誰よりも候補と呼ばれるに相応しい。――奴はマガイモノだった」
「敗者である以上、それに文句はあるまいよ」
「云わせもしない、生きてりゃな」
現存する『一級戦士』はそれなりにいる。言うなれば『
レシモンドは
組織上、ここでは己がトップ――当然のように許される範囲を見極めながら、クノールがその地位を骨までしゃぶりつくしたのは言うまでもない。
団長に内緒で“舌女”を育て、物資搬入に融通を利かせてうまい酒と食い物を取りそろえ、ちょっとした己の王国を手に入れた気分だ。
いや、気の合う者を密かに呼び寄せ、本当に王国を築いてもいい。
いいぞ、夢がふくらむ。
くく……この俺に
笑わせてくれるが、悪くはない。
ひとり妄想を逞しくさせるクノールの下へ、この時、息せき切って駆け込んでくる者がいた。
「ば、化け物だ――っ」
突拍子もない一言に、一瞬、シラケた空気が場に漂う。だが。
洞窟はそれほど広いわけではない。なのに顔中汗みずくになって息を荒げる手下の様子に、クノールはすぐに不審感を抱く。
それは隣のローブも同じのようだ。
「おい、落ち着け」
「化け物だ、化け物がっ」
「だからそれじゃ分からんだろうがっ」
苛立つローブに手下は気づきもせず懸命に何かを訴える。その切迫感のみを汲み上げたのはさすがのクノール――留守居を任じられるだけはあった。
「
「は……いっ」
夢中で首振る手下の反応で、ローブもすぐさま気持ちを切り替え「招集をかけろっ」と先ほどの『荒事師』に指示を出す。
アジトに常駐してる人数は決して多くなく、連携をとることが敵襲対応の基本原則になっている。
「何人だ?」
分からないと首を振る手下に「お前か、誰かが見かけた人数でもいい」とクノールが捕捉すれば。
「ひとつ」
「何だと?」
「悲鳴が聞こえ、その次には争う声も。駆けつけた俺が見たのは……デカい人影でした」
それ以外味方の動きも声も気付くものはなかったと。つまり倒された後だというわけか。そして洞窟の奥から望めば、入口側は逆光になって確かに影しか判別できまい。
「とにかく慌てて数名が近づいたら、暴風みたいな勢いであっという間に数名がやられて……」
その時、足下に転がってきた生首に驚いて、逃げ出してきたらしい。結果的に警報を告げる形となったのは、幸いではあったがクノールは苦り切った顔をする。
単に、団員の質の悪さに憤っただけではない。
「得物を振るったんだな?」
「はっきりとは……けど剣か棍棒か、何かは持ってました!」
なら危険生物ではない。
むしろもっとタチが悪い相手だ。
「『怪物』か『探索者』か……」
「“森の掃除”は定期的に行ってきた。『怪物』の可能性は低い」
ローブがすかさず指摘して二択からさらに絞り込まれる。
「とすれば探索者か……だがどうやってここを知った?」
「偶然ということもある。依頼採取に夢中になり、私領と気付かず迷い込むマヌケは新人だけとは限らない」
腕だけ立つ、というのも厄介だが。苦笑するローブに、だが、クノールはわずかな疑念を拭えずにいた。
「だからといって、それなりの手練れがそんなドジを踏むのか? しかも
「別に単独と決めつける要素はない。むしろ、他にも仲間がいると思うべきだな」
“壁役”を先行させて、残りのメンバーで付与術や快癒術などの支援体制を万全とする――未知の洞窟や遺跡を探索する際の、連中の基本隊列のひとつでもある。
妥当な見立てにクノールも異論はなかった。
「戦闘力だけは注意だな。下手にちょっかい出すのはマズいか」
「同感だ。戦わずにここまで誘導させるべきだ」
ローブの提案はすんなり受け入れられる。ここはアジトで最も広く、現行最強戦力が集っているところでもある。誘い出し、一斉に叩けば敵の盾役を満足な支援も受けさせずに潰してしまえるだろう。
「よし、うまく誘導してお前らは身を潜めておけ。俺たちの戦闘が始まったら、それを合図に奴らの後衛に横槍を入れてやれ」
「分かりました!」
駆けさる手下に「まずはお前達に働いてもらう」と事態を見守っていた二匹の獣闘士にクノールが呼びかける。
「オンナカ?」
「だったら好きにしろ」
まだ欲情していた獣にクノールはうんざりした様子で投げ槍に応じる。先ほどの話しから推測すれば、どう考えても男の戦士系にしか受け止められらなかったが、
「……
クノールが半身をねじり、背後の壁へ顔を向ける行為をどう解釈したのか、ローブが断固と否定した。
その壁には古めかしい大扉が存在感を放っていた。
細工の模様は精緻で芸術性に富んでいるものの、デザインとしては古い歴史を感じさせる。
不可思議なのは、彼らがアジトとして利用する以前からすでに設えられていたことであり、かつ、扉を開けてもそこには
ある一件がクノールの脳裏に過ぎる。
先日、アジトを築いてよりこれまで、唯一辿り着いてみせた部外者がいた。
炎のような赤髪のまぶしい生意気な女が。
それもただひとり乗り込んできて、その上、得物も持たずに素手のみで、瞬く間に手下達をノシていった豪放な女が。
誰もその快進撃を止めることはできず、だが、この“間”に女が踏み入ったところで予期せぬ変事は起きた。
(そう、あの時だけ――
理由など分からない。
変事が起こった理由も、
結論からすれば、女はその扉の先へと消えることになった。
消えて、それきりだ。
そのまま日常に戻った。
故に、何一つこの時の真実を知る者はいない。
あれ以来、ローブが真剣に調査したが何も分からなかったのだ。
もちろん、“扉”がどういうものなのか、あるいは真相を知るであろう主からは何も聞かされていない。
この一件について『
だが、そういう態度をとられれば余計に興味が湧こうというもの。
誰がどう見てもこの“扉”は『
そしてそうであるならば、歴史上の秘密や世界の理に繋がる可能性も見えてくる。
何かある――。
この謎を解けば、本当に妄想の王国を現実とすることができるかもしれない。それだけの“力”が隠されている――そうクノールは訳もなく確信する。
この――『黄金の扉』と皆が呼ぶものに。