(5)カラスの兄弟

文字数 8,701文字

 特別な話しではない。
 あるとき、どこぞの武士団が村にやってきて、“徴発”と称して家々にある食い物を根こそぎ持っていったというだけの話しだ。
 そして剥き身の刀をひけらかすざんばら(・・・・)髪の侍風情に、無謀にも抗った夫婦が蠅を追い払うように切り捨てられたというだけのこと。
 後生だからと夫婦が請い願ったのは、幼子に与えるための一杯の芋がゆ(・・・)を手元に残すことだけであった。それを鍋ごと全部持って行かれそうになり、夫婦が思わず(すが)り付いてしまったのが、侍風情の癇に障ったらしい。
 だが、不幸なのは斬り殺された夫婦か、あるいは孤児として残された幼子の方か。
 確かなことは、突然、親を失い身寄りもない幼子に生きる術はなく、運良く誰かに拾われたとしても、生き地獄のような暮らしが待っているということだ。
 そうして万一生き延びれたとしても、しばらくして孤児の幾人かが村を離れてしまうのは、ごく自然の流れ。
 そのまま流れ流れて、やがてどこぞの廃寺に身を寄せ、似た境遇の子供と顔を合わせることになったとしても、やはり戦乱の世ではありふれた話しのひとつにすぎなかった。
 いや、たち(・・)の悪い“ごろつき”が巣くってなかっただけ幸運というべきか。

「俺は“口減らし”で捨てられた」
「俺は侍にお(とう)とお(かあ)を……」

 半刻も沈黙を共有すれば、自ずと相手への警戒心は解かれ、気づけばおよそ子供らしからぬ無邪気さの欠片もない低く沈んだ声で、言葉を交わし合っていた。
 あいさつ替わりの第一声が“名乗り”でなく“己の境遇”であったことに二人が違和感を感じている節はない。
 状況が状況だ。
 “誰か”というよりも“似たもの同士”である方が、より安心できると無意識に悟っていたのかもしれない。
 とにかくくたびれていたのだ。
 ただ雨風を凌げて、一時でも安らげる場所が欲しかった。
 それに――今、こうして誰かが近くにいることで安堵している自分に気づいてしまってもいた。

「お前、廃寺(ここ)にいてもいいぞ」
「お前のもの(・・)じゃないだろ」
「俺が先に見つけたから、俺のものだ」

 当然のように断言する子供に、後からきた子供も負けじと言い返す。

「……お前がいうなら、いてやってもいい」

 泣きじゃくるだけの子供なら、一人で村を離れこんなところまで辿り着けるはずもない。誰かに言われて素直に従うくらいなら、今ここにいるはずがないのだ。
 それは二人とも同じだ。
 あくまで強気で大見得を切り、意地を張る一方で、「去って欲しくない」、「この場を去りがたい」というのが互いの本音であった。

 また、独りになるのは嫌だと。

 寝床もなく、食う物もないのと同じくらい年端もいかぬ子供に“孤独”は耐え難かった。
 それから二人は共に畑で芋を盗み、共に吊してある干物を盗み、共に戦場跡で物漁りをして何とか糊口を凌いできた。
 特に戦場跡では、まだ息があった兵に襲われ、互いに命を助け合ったことは一度や二度ではない。
 腹から臓物を垂らし、正気を失った目で獣のように唸る兵に、がっしと足首を掴まれたときの恐怖は忘れられるものではなく、ずっと後に至るまで悪夢に唸らされることとなった。
 そんな修羅場を潜り抜けたせいで、何年もしないうちに二人は見違えるほど太々しく、そして逞しくなった。
 二人の連繋は実に見事で、親のいる同年代より食べ物にありつき、肉の筋が浮き立つくらいであった。その盗みの活動は近隣町村を股にかけ、悪童として有名になりながらも、忌み嫌われることがなかったのが幸いかもしれぬ。
 それは時折、ひどく貧しい農家の手伝いをしたり、道端の地蔵や荒れ寺を二人が手入れしている姿を見られていたせいもあろう。あるいは和尚の口入れが聞いていたのかもしれないが二人の知らぬことである。
 いつの日か、日焼けし、垢にまみれた地黒の二人を“烏の兄弟”と周囲では呼ぶようになっていた。
 ツガイか兄弟のようにいつも一緒にいるからと。
 そうして月日は流れ――。
 ある日、盗んだ大根を囓りながら、河原で子供の一人が思い切ったように宣言した。

「俺はあいつら(・・・・)に付けられた名前を捨てる……今日から『捨丸』と呼べ」
「捨てられたからじゃなく……?」
「ちがう」

 キッと睨み付けてくる捨丸に子供はちょっと怖じ気づく。いつになく真剣な表情に、そこから滲み出る気迫に気圧されたためだ。
 とにかく捨丸と名乗った子供にとって、とても大事な決断であったのだと感じ取ることはできた。

「お前はどうする?」
「俺?」

 「そうだ」と頷く捨丸に「俺は……」と子供は陽光にきらめく水の流れをじっと見つめる。
 今の時代、路頭に迷った大半の子供は、野垂れ死ぬか人攫(さら)いに遭うのが運命だ。彼自身も道端で行き倒れた子供の骸を何度も見た覚えがあり、だからこそ、よくぞこうして生き延びているものと我ながら感心したりする。
 一人であったなら、決してこうはなるまいと。
 今や当然のようにいる傍らの相棒が、どれほど自分を救っていることか。
 あの時(・・・)も、はじめに声をかけてきたのは捨丸の方であった。

「……『拾丸』だ」
「どうして?」
「お前が『捨丸』なら、『拾丸』で丁度いい」
「なんだよそれ」

 笑われたが、「互いに拾い、拾われたようなもの」などと格好付けるわけにもいくまい。さすがに照れくさい。
 ちなみに「丸」というのは、以前、村を訪れた“お坊さん”が聞かせてくれた物語に出てくるからだと捨丸は云った。
 すごいだろ、と。
 ああ、と拾丸は応じた。
 いつも何かをしようと言い出すのは、決まって捨丸の方からだ。誰かの手伝いをし、感謝の言葉を受け取るなど夢にも思わなかったことだ。一番底辺にいるはずの者が、このような体験をするなど、世がどれほど広くても自分達しかおるまいと思ったものだ。
 何だか胸が躍るのだ――それが“誇る”という感情であると学のない拾丸に分かるはずもなかったが。 
 そう。
 すごいのは――頭に浮かんだ言葉を口にすることなく、拾丸は足下の石を拾って水面に向かって投げつける。
 水切りで五、六回跳ねた石をみて捨丸が無邪気に喜んだ。

これ(・・)も“拾って捨てる”――ふたつを合わせれば、いろいろできるんだな」

 拾丸が何気なく口にしたのを捨丸は大いに気に入ったらしい。

「そうとも。俺たち二人なら、な」
「……そうだな」

 馬が合うとかそういったものではない。
 二人には、ただ、互いしかいなかっただけだ。
 一番辛いときに、いてくれたのは互いだけだったのだ。それはもはや、好きとか嫌いではなく相性の問題でさえない。
 互いに生き抜くことが目的であり、協力せねば生き抜けなかった。そして協力するには互いに通じる価値観を持つ必要があったのだ。
 状況が良くならない限り、二人の関係が断たれることはない。仮に切りたくなっても、今より落ちぶれてしまうから安易に切るわけにはいかぬのだ。

「腐れ縁だ」

 そう捨丸が口にしたのを拾丸は覚えている。時折、捨丸が本物の寺(・・・・)にこっそり忍び込み、和尚の説法を熱心に聞いているので妙な智恵がついており、その時も得意げに鼻の穴をふくらませて申したものだった。

         *****

「なんていうかさ――アイツとは“腐れ縁”なんだよ」

 布張り小屋の角向こうから、若い声が聞こえてきて拾丸は思わず足を止めた。
 日が沈むのを待ってから敵陣の様子を探るうち、思った以上に見張りや巡回の目を潜るのが簡単なことであると判じて、隊頭の言葉も後押しとなり、躊躇うことなく潜入を試みていた。
 戦場での戦い振りを聞かされて、ひどく警戒していた自分が恥ずかしくなるくらい、拍子抜けするほどあっさりと柵を抜け、点在する物陰から物陰へ磨き上げた体術を駆使して、拾丸はするすると敵陣の中を巧みに泳ぐ。
 おそらく別に動いている捨丸も、同じく潜入を果たしていることだろう。これは予想に反して、今夜中に槍の所在を掴めるやもしれぬ。
 そのように楽観視してしまうほど、いかに篝火の数が多かろうとも、陣張りの規模が大きすぎて小柄な拾丸を呑み込める闇はそこら中に存在していた。
 当然、陣内の巡回もいれば小屋に入れず露地で寝泊まりする者もいて油断してよいわけがない。
 それでも――さすがに酔ってる者は見かけないが――たき火を囲んでる者の大半が、何やら熱の籠もった話しに夢中になっており、警備同様、陣内を進むのにさしたる支障はなかった。

(かえって、こちらの気が緩みそうだな……)

 あまりの張り合いのなさに拾丸が不満を抱いたところで、“腐れ縁”の言葉が耳に入って思わず会話に意識をとられていた。

「同じ部隊に配属されて、小さいながらも積み上げた武勲が同程度――いいライバルを持って羨ましいね」
「だからそんなんじゃないって。俺たちは頑張るしかないんだよ。諦めず、同じように努力するから結果も似たようなものになってしまうのさ」
「そうか?」
「そうなんだよ。騎士といっても出自の影響力は大きい――少数派で力のない平民出の俺たちは、出世コースに乗ることはない。この先ずっと、アイツとは顔を付き合わせる運命なんだ。……それとお前ともな」
「どういうことだ?」
「お前、出世できないだろ」
「……云ってくれたな、平民め」

 そこで笑い声を間近に耳にして、拾丸は自分がしくじったことに気づく。
 足音や気配を確認するだけのつもりが、気づけば今や数歩先まで接近を許してしまい、あろうことか身を潜める機会を逸してしまっていた。

 殺るか――?

 逡巡は一瞬のこと。即座に意を決した拾丸が、両の掌にそれぞれ小さな手剣を忍ばせ、どうやら二人らしい相手を速やかに処理すべく機会を窺う。
 足音の間隔と大きさで、相手の動きの“拍子”と“歩幅”を掴み、最善の瞬間に攻めんと身構え、呼吸を整える。
 角向こうから草地の上を二つの人影がすっと伸びてきて。

「あ、しまった!」

 寸での処で二人が立ち止まる気配に、動きかけた拾丸もぴたりと身体を止めた。己の気配を殺しつつ、そのくせ集中力は高めに維持したまま。あくまで一個の影と化す。仮に別の誰かが遠目に拾丸を目にしても、それが“人影”だなどと認識することはできまい。

「どうした?」
「あっちにコップを置いてきちまった」
「……だからコップを持って歩くなと云ったろう」

 呆れたような声が“腐れ縁”を語っていた若者の口から洩れ、うっかりした相手が申し訳なさそうな声で謝った。

「いや、すっきり(・・・・)したから忘れちまって……」
「今度は一人で行けよ? 俺はみんなのところに戻るからなっ」

 付き合い切れんと憤る若者にもう一人は「はいよ」と云って戻っていくようだ。すぐに足音が遠ざかっていく。

「やれやれ……」

 嘆息混じりに若者が一歩、こちら側(・・・・)に踏み出し姿を見せたところで。
 角向こう側から見えぬ絶妙の線上まで、するりと踏み込んだ拾丸が若者の腕を掴み、体重をかけるようにして一気に引っ張り込む。

「――?!」

 驚きで声を失った若者の口を手早く押さえると同時に背後へするりと回り込み、拾丸はその喉元にしっかり認識できるように手剣を強めにあてがった。
 あまりに素早く滑らかな羽交い締めに、若者が反撃に出る余裕さえ与えない。
 そして一言。

「騒げば切る」
「!!」

 軽く咽に食い込むくらいに押しつけられた刃の鋭さと冷たい感触に、何をされたか気づいた若者がすぐに身を強張らせる。
 多少の強引さと力加減で相手を動揺させ冷静な判断力を奪うことで、こちらの思うとおりに誘導する――初歩の尋問術だが、油断してる相手には十分な効果が期待できる。
 事実、若者は拾丸の言葉が耳慣れないものであることや、それでも意味が理解できる不思議さなど気にする余裕はなかったろう。
 どのみち、こういう事態で命じられることは相場が決まっているというもので、拾丸の冷え冷えとした声質と相まって、若者との問答に支障はないと判じれた。

「お前達が盗んだ槍はどこにある?」
「……」
「槍だ……お前達の部隊が森から持ち帰ってるのは知っている。それがどこにあるか云え」

 混乱で言葉が呑み込めなかったわけではなく、まして己の窮地を理解してないわけでもない。極度に緊張しながら意外にも沈黙を維持する若者に、拾丸はすかさず攻め方を変える。

「お前はこんな死に方が望みか? 戦うでもなく、こんな暗がりで無様に死ぬことが」
「……それこそ、不審者に奪われる方が“無様”だろ」

 呻くように若者が気概をみせるのを「そこが責め処か」と拾丸はほくそ笑み、「ならお前を殺し、戻ってきた連れも殺して槍を探し続けるだけだ」と冷たく言い放つ。
 それでよいのか、と。
 それを良しとする男ではあるまい、と。

「くっ……」

 相棒が人質となって反抗の意志が揺らぎ、明らかに苦渋をみせる若者に拾丸は焦らず淡々と質問を繰り返した。

「槍はどこだ……?」
「そんなに価値があるのか?」

 質問を質問で返されたことよりも、別の点が拾丸の言葉に侮蔑を混ぜさせる。

「“金”ではない」
「なら、何でこんな危険を冒す?」
「愛用の武具は誰もが惜しむ。まして戦って奪われたわけでなく、こそ泥(・・・)されては憤りもする」
「あれは戦利品だっ」
「だが持ち主は生きているし、勝負もついていない。欲しいなら……勝って奪え」

 云ってから、拾丸は饒舌すぎたと自省するが後の祭りだ。だが、何が若者の琴線に触れたのか、しばし黙り込んだ末に固い口調ながらも貴重な情報を渡してくれる。

「知ってるわけじゃないが見当はつく……お前の欲しいものはおそらく“武器庫”だろう」

 まさかという軽い驚きに拾丸の手剣に込めた力がわずかにゆるまっても若者はさらに続けた。

「河原の方だ……そこに大きめの天幕がある。なあ……俺はともかく、ドジーニョは助けてやってくれっ」

 素直に吐いたかと思えば。この若者は何を云っている?

「分からんな。お前の相方は“腐れ縁”の者だけだろう」
「なぜそれを――いや。あいつも俺の大切な仲間だ」
「本当に大切なのは一人のはずだ」

 自分でも驚くような強い語気に拾丸は狼狽する。すでに必要な情報を得たはずなのに、自分は何を相手にしている? とっととこいつを処理して立ち去るべきだというのに。
 なのになぜ――
 若者も拾丸のわずかな動揺に気づいたか、訝しげに問いかけてくるが、出された内容は想定と違っていた。

「……なぜ一人にしなけりゃならん? 俺にはどれも等しく大切で……それがいっぱいあるんだよ。……せっかく手に入れたんだよっ」
「……」

 喚く若者の言葉に嘘はない。
 ぴたりと身体を触れ合わせているからこそ、若者が本音で語っていることを拾丸には感じとることができた。

 一人にする必要がない?

 思いもしなかった考え方に、拾丸は愕然となる。
 同時に、「そうか」と得心するものがあった。
 この若者は状況が変わったのだ(・・・・・・・・・)と。それも良い方に(・・・・)

「おい、聞いてるのか? ドジーニョを――」
「考えてやる」
「ほんとか!」
「助けるとは云ってない。どうするかは、お前の連れが戻るまでに決める。それまでは大人しくしていろ」
「……分かった」

 拾丸は若者の膝裏に自分のそれを当てて、手早く膝立ちの姿勢にさせた。少し乱暴に若者を扱うことで気づかれぬよう細工をかます。

 それからの異様な沈黙は時間にしてどれくらいだったのか。
 若者の連れが戻るのにさほど時間は経っていないはずだが、刃をあてがわれ、殺されるかもしれぬ緊張感に晒されている若者にとっては、ひどく長い拷問のような苦しみだったに違いない。
 額や背中にびっしりと汗をかき、次第にぶるぶると震えはじめた身体の反応とは裏腹に、瞳の焦点が定まらぬ朦朧とした表情になってきたところで、ようやくドジーニョが戻ってきた。

「!! ――おい、何だこれは?!」

 角を曲がってすぐに目に入った光景に、ドジーニョの素っ頓狂な声が上がる。同時についに限界を超えた若者の身体が前方にふらりと倒れ込むのをドジーニョは慌てて抱き留めた。

「ぐぶっ……ふ」

 勢い込んで、咽の刃がさらに食い込んだらしい。咳き込む若者が何をされているか、ようやくドジーニョが気づいて、「何があった?」と問いかけつつ、首に糸で巻かれた刃を外しにかかる。
 こんなところでたった独り(・・・・・)、膝立ちで震えているなど尋常なことではない。
 若者が賊に襲われたのは間違いなかった。それを確信させる“首に巻き付けられた刃”が、若者の抵抗を抑え付けた要因だろうが、何か罠の魔術がかけられていたのかまでは、さすがに分からない。

「大丈夫か? 一体何があったんだ」
「……“そうか”と云ってた」
「なんだって?」

 幻覚でも見てるような、心ここに在らずといった塩梅で(うつむ)く若者はうわごとのように繰り返す。

「“そうか”……って」

 困惑し、痛ましい目で若者を見つめるドジーニョの耳に、そこで突然、「敵襲!!」と警告の声が届いてくる。

 敵襲――!! 

 連呼される警告が夜の陣内に響き渡る。

「今のは……?!」

 ドジーニョが声のした方へ目を凝らすが、この位置からでは見通しが悪くよく分からない。だが警告は続き、すぐに走り回る人影が目立ち始め、鈍い響きの警鐘が鳴らされ始める。
 方向は背負った離れ森や小川とは違う――一番警戒すべき“魔境”側の見張りから警鐘が響いてくる。

「まさか、『怪物』共がこんなところまで?! 森までの距離は十分にとったはずだぞ……?」

 ドジーニョが信じられぬと独りごちるがその憶測は残念ながら正しかった。少しでも状況を把握しようと相棒に肩を貸して警告が発されている方へ歩み寄ってみれば。
 早くもどこかの部隊が直近の出入口付近に参集しはじめており、そこから先の草原の海を渡った先に、蠢く何かが確かに目に入った。
 月光を鈍く反射しているのは金属鎧のせいだろう。夕暮れ前に味方の部隊はすべて撤退済なので、恐らく我が軍より先に入り込んでいた『探索者』達に違いない。
 遠目にも慌てふためくように走っているのが、不自然だと感じ取る。その背後に迫る何かに気づけば理由は明らかだった。

「何だ……何の群れだ?」

 ドジーニョは必死に目を凝らす。星空で月光が十分に降り注ぐおかげで、遠目にも陰影はくっきりと認識できた。
 群れの中、先頭を走る数人と同じように鈍い金属光が見え隠れするのは、やはり鎧を着ている者がいるからだろうが、それにしても人数が多すぎる。
 まるで森に潜っていた『探索者』のチームが一斉に現れたかのような群れを形成していた。

「違う……あれは……」
「あれは“幽界の屍鬼群(アストラル・プラトゥーン)”だ」

 右肩から聞こえた呟きにドジーニョは「ショルディス」と仲間を呼ぶ。

「マズいぞ……満月でなくても月光の量は十分、奴らの力が……不死性が強められてるはずだ」
「ああ、だから近所付き合いしないように離れて陣取ったはずなんだが……あの『探索者』共」

 ドジーニョが苦々しく先頭グループを睨むのは、草原の海に足をとられることなく滑るように移動する死者の部隊を、お節介にも彼らが引率してくるからだ。
 ああした輩は己が死んだ場所を軸にして、例え力漲る満月の夜であったとしても、一定の区域から離れることはないものだ。
 あのように、囮で釣り出すならば別ではあったが。
 無論、根無し草のような『探索者』でも公国民であるならば、あるいは貴重な存在だからこそ、公国の騎士として――自分達はまだ見習いではあるものの――見捨てるわけにはいかないのだが。
 ただ、相手があまりに厄介であり、しかも班レベルでなく部隊レベルの規模ともなれば厳しい戦いになるのは間違いない。

「術士が少ないといいけどな」

 少し気力が戻ったらしいショルディスの懸念は、まがりなりにも軍隊である自分達が、その気になれば一気に殲滅できるものを、連中に術士がいるだけで途端に戦局が見えなくなってくるためだ。
 特に強力な術士が防御に専念すれば、連中自らが有する不死性と相まって、持久戦にもつれこむのは間違いなく、そうなれば疲れを知らない死者の部隊が俄然有利になってくる。いらぬ犠牲が増えるというわけだ。
 それが分かるからこそ、ショルディスだけでなくドジーニョも一緒になって憮然となるのも当然であった。

「とにかく急ごう。先発でなくても、騎士様の支度を手伝う必要はあるだろう」
「今頃騒いでるだろうな」

 ショルディスがドジーニョの肩を押し、「もう大丈夫だ」と礼を述べる。駆け出す頃には、二人の脳裏からは、先ほどの出来事などすっかり抜け落ちているのだった。
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