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文字数 767文字

 まわりは日が暮れてすっかり暗くなり、吐く息だけが白かった。
 新田はさっきからふんどり返ったような態度でこちらを睨みつけている。連れの二人は不良グループのメンバーで、いつも新田と行動を共にしている生意気な奴らだった。三人はいかにも落ち着いた様子でタバコを吸っている。
 谷本が一歩前へ出て、新田に向い、
「新田、呼び出してすまらったにや、けんど、ワレにはここで土下座して謝ってもらうまで、かえさんけんにや」
 と、啖呵を切った。
 新田はせせら笑うように、
「谷本、ワレはそれん先輩に対する口の聞き方か」
 と言って、タバコを足元に叩きつけた。
 谷本は、「じゃかましや」と叫んで、新田に全身でぶつかって行った。その突進をまともに受けて、二人は重なり合うように倒れた。谷本は馬乗りになって二発三発新田の顔面を殴りつけたが、新田も体力的には谷本より一回り大きく負けていないことから、逆に馬乗りになって谷本の顔面を立て続けに殴りつけた。
 僕と眠は、谷本から決して手を出すなと言われていたことから、新田の連れが手を出さない限り、加勢するまいと決めていた。
 その後も二人は殴り蹴るの一進一退の攻防を続けた。
 この周辺は夜になると人通りのほとんどない静かな所であり、二人の殴り合うにぶい音だけが闇にこだました。
 谷本と新田はしばらくの間殴り合っていたが、最後の方は気力だけで闘っていた。僕は喧嘩をみて感動したことは、この時が初めてだった。
 二人の吐く息が「ハー、ハー」と荒々しくなってきて、手数がほとんど出なくなった頃、新田が、
「ワレにはすまんことした思うちょう、許せ」
 と言って切れた唇の血を手の甲で拭きながら、はにかむように笑った。
「わかったら、ええわや」
 と言って谷本も少し笑った。
 二人は膝に手を置き前屈みになったまま、しばらく肩で荒い息をしていた。

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