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文字数 752文字

 僕は由紀子の話を聞きながら、由紀子の豹変振りと、セックスのことまであけすけに話す彼女を大人に感じた。
「セックスが弱い男なんて最低やわ」
 酔いが回ってきたのか、潤んだ目をして由紀子が僕を挑発するように言った。
「……」
 僕は酔いに赤くなった顔が、耳たぶまで赤くなるほど赤面して、黙った。
「なんやあんた、童貞なんか」
 由紀子はからかうような目で、赤くなって俯いた僕をみた。
 僕は何故か決定的な欠点を指摘されたような気がして、惨めだった。
 この頃の僕には、童貞という言葉が重くのしかかっていた。
「オレ、ちょっと酔ったけん、もう寝るわ」
 と僕が立ち上がろうとすると、由紀子が制するように、
「ゴメン、なんかアタシ、ケンちゃんに悪いことゆうてしもうたな、あのな、アタシの部屋で飲みなおそ」
 と由紀子は、食器棚から来客用のウイスキーのダルマを出してきて、氷やミネラルウオーターを盆にのせて自分の部屋に案内した。
 由紀子の部屋は、思っていた以上に綺麗に片付いていた。女の子の部屋らしく、スヌーピーやクマのぬいぐるみでいっぱいだった。
「憂歌団って知ってるやろ、アタシ大好きなんよ」
 由紀子は、憂歌団の「生聞59分」というライブのLPをかけた。憂歌団のことは、「おそうじオバチャン」ぐらいしか知らなかった僕は、憂歌団の奏でるブルースに魅了された。特に内田カンタロウの弾くアコースティックギターの音色が渋かった。
「ええね、憂歌団って」
 僕が、嬉しくなって言うと、
「大阪じゃ、結構人気あるんよ」
 由紀子は、今の彼とも何回か憂歌団のコンサートに行ったらしく、
「あの頃は、よかったのにな」
 と、セブンスターをくゆらせながら、遠くを見つめるような目で言った。僕と由紀子は、ビールとチャンポンで飲んだウイスキーにすっかり酔ってしまった。

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