３３

　冬休みを間近に控えたある寒い日に、谷本の父親が死んだ。
　谷本の父親は糖尿病で入退院を繰り返していたが、退院するとすぐに、医者から禁止されていた酒を飲んで死んでしまった。谷本は姉と二人の姉弟で、跡取息子である。
　谷本はよく僕達と将来のことを話している時、大学には進学せずに家業の木材業を継がなければいけないと言っていた。谷本は普通に勉強すれば、おそらく地元の国立に入るぐらい、わけない頭脳の持ち主だった。しかし、はなから進学する意思のない谷本は勉強を放棄していた。
「オレよ、学校やめるけん」
　三学期になって、始めて白木のアパートに僕と眠と谷本が集まってハイライトを吹かしている時に、谷本が唐突に言った。
「なしや、また急に」
　僕は谷本の沈んだ顔を見ながら聞いた。
「いや、どうせ学校卒業したち、家継がんといかんしにや、おふくろも今度のことでめっきり弱ってしもうちよ」
「けんど、後一年ばぁ、何とかならんがかよ」
　僕は今時、中退なんてはやらんぞと、内心思いながら谷本に言った。そして谷本がいなくなった後のことを考えた。
　僕達はしばらく無言のままハイライトを吸った。
「オレも、谷本が学校やめるんやったら、寮出ようかにや」
　長い沈黙の後、眠は淋しそうな表情をして、タバコの煙でワッカを作りつつ天井見ながら言った。
「なんか、谷本がおらんなると寂しくなるにや」
　僕は谷本がいなくなった後、何の希望もない怠惰な日々を一年過ごすことを考えただけで、憂鬱な気がした。
「ああ、オレも高校なんかやめちまいたいにや」
　眠も考えていることは同じらしく、憂鬱そうに言った。
「オレよ、高校やめて、バーテンかなんかやってよ、その店の姉ちゃんと同棲する生活にあこがれるがやけんど、ええと思わんか三木」
　暗くなった雰囲気を盛り返そうと、眠が心にもないことを言った。
「やっぱし、そういう生活がみんなの願望よにや」
　と僕もわざと調子を合わせて、明るい話題に転じようとした。しかし、話が続かずすぐに白けたような沈黙が来る。
「まあ、オマエらは、大学にも行けるがやし、三年になったらちったぁ勉強せんとにや、今のままやったら、どこっちゃ入れるとこあらへんど」
　谷本が、生徒会長をしていた中学生時代を彷彿させるような、妙に真面目くさった顔で言った。内心谷本にしてみたら、
「オマエらのように親のすねかじって生きていくわけには、オレはもういかんがぞ。厳しい現実が待ちようがやけん」
　と言いたいところだったろう。白木のアパートに集まって、タバコ吹かしながら時間つぶしをすることは、谷本には最早甘えにしか思えなくなっていた。谷本の顔は、家業の木材業を担う二代目としての自覚のようなものが出来てから、以前とは百八十度変わっていた。