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文字数 1,159文字

 坂下哲郎は、僕達の文系のクラスでは成績が一番良かった。
 坂下はとにかく理屈っぽい奴だった。生徒会の活動を熱心にし、会の時などは、水を得た魚のように小難しいことを、つばを撒き散らしながら向きになってしゃべっていた。
 初めの頃、僕は理屈っぽい坂下が苦手だった。
 一度坂下に呼ばれて家に遊びに行ったことがある。坂下の部屋には、ドラムセットが窮屈そうに置かれていた。坂下は勉強に疲れると息抜きにドラムを叩くらしい。
「セブンスター吸うか」
 思いがけず、坂下が押入れの中から灰皿とセブンスターを出した。
「坂下も、タバコ吸いよったがか」
 と僕はうれしそうに言った。
 坂下の部屋には、小林秀雄、ゲーテ、ドストエフスキーのほかに寺山修司、伊藤整といった、いかにも坂下が読みそうな本が乱雑におかれてあった。そんな中に早稲田や慶応の問題集があった。
「坂下は、慶応も受けるがか」
 僕は、坂下が以前、
「大学は絶対早稲田に行く。慶応なんておぼっちゃん大学は好かん」
 と言い張っていたことを思い出した。
「そんなことどうでもええやいか。それより三木、ジャズ聴くか、ジャズは最高ぞ」
 坂下はジョン・コルトレーンの「ジャイアント・ステップ」の後にマイルス・デイビスの「リラクシン」をかけて、
「どうや、ええろうが」
 と得意顔で言った。
 坂下はオーディオにもかなり金をかけており、僕の部屋にある安物のステレオとは大違いだった。
 僕は、そのスピーカーから流れてきたマイルスやコルトレーンのジャズにしびれた。
 次に、キャノンボール・アダレイの「サムシン・エルス」の「枯葉」を聴きながら、
「これはキャノンボール・アダレイのアルバムにはなっているが、実際はマイルスのアルバムみたいなもんやけん、この曲のおいしいフレーズはマイルスが吹いちょうがよ」
 と、解説書の受け売りのようなことを言った。
 最後にソニー・ロリンズの「サキソフォン・コロッサス」をかけて、
「これはソニー・ロリンズの傑作で、今オレが今一番気にいっちょるやつや、通称サキコロゆうて、超有名版や」
 僕はソニー・ロリンズの渋いサックスの音色に酔いしれていた。
「ええじゃいか、ジャズ」
 夕暮れ時の薄暗くなった部屋でセブンスターをくゆらせながら、ソニー・ロリンズのサキコロを聴いていると、坂下のことが随分大人びて見えた。
 この日をきっかけに坂下とも親しくなった。付き合えば存外あっさりした好い奴だった。
 文化祭の時にも坂下の主催する音楽サークルの教室に呼ばれ、
「今から、クラプトンのレイラ流すけん、聴いていけや」
 と勧められ、「愛しのレイラ」をけたたましい音量で聴いた。
 結局坂下は、早稲田と慶応のみを受験し、皮肉なものに早稲田に蹴られ慶応に行くはめになり、慶応でジャズのサークルに入りドラマーとして活動した。

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