子供だった頃の守り人・4

文字数 4,367文字

 この街は教会を中心にして様々な施設が揃っています。私が居る孤児院はもとより、学校や警備兵施設、そして総合病院。病院は、他の場所にも在りますが、教会と提携しているのは最寄りの総合病院です。

 司祭様曰わく――

 行き倒れになっていた人や負傷した方々を助けた際、病院で治療をしてから教会で保護する流れがスムーズにいく。
 また、教会が管轄する孤児院で生活する子供達の健康管理にも、この提携は一役かっている。

――と。

 大人の事情はさておいて、近い場所に病院があるのは楽。孤児院を出たら、病院は既に見える位置にある訳ですから。健康診断や急病者が出た際に、小さな子供でも歩いていける距離は役立っています。実際、この少女の足に合わせて歩いても、そんなに時間は掛かりません。

 応接室から歩いて数分、大人の足ならもっと早いかも知れませんが、とにかく出入り口に到着しました。私は、少女の顔をちらりと見ると、右手で扉を開け「どうぞ」とだけ付け加えると、左手の手の平を外へと向けます。少女は、暫く開けられた扉を眺め、それから頭を下げて外へ進みました。私は、直ぐに少女を追い、後ろ手に扉を閉めながら一息。

「アァァァークゥゥゥー」
つけないようです。

 病院の敷地からこちらへ走ってくる人影。それは、肩まで伸びた亜麻色の髪を靡かせながら私の前へ向かって来て……その勢いのまま、自らの腕を私の首へ叩き付けてきましたよ。苦しいし、少女は怯えるし、やらないで欲しかったです。

 倒れそうになった上に、視界が暗くなりました。直ぐに腕を放してはくれましたが……何故、そんなに楽しそうな顔をしているのか分かりません。口角は上がっているし、目は異様なほどに輝いて。技が完全に決まった訳でも無いでしょうに。とは言え、下手に何かを聞くと相手の思うツボ。彼女とは腐れ縁の関係せいか、はたまた本人の気質なのか、会う度にこの調子ですから。

 彼女の名は、ルキア。今から向かう病院を管理する院長の末娘であり、私と同級生。両親の遺伝子や育て方が良かったのか、この様な行動に反し、かなりの才色兼備。大人しくさえしていれば、非の打ち所が無いと言っても過言では無い程です。

 しかし、今は司祭様に用事を言い付けられている身。ルキアのおふざけに付き合っている時間は有りません。ここは、適当に話を聞いて帰って頂きましょう。

「何のご用ですか? 今は外せない用事が有るので、急ぎでなければまたの機会に」
「あれ? 聞いてなかった?」
 その答えは、まるで想定外です。それにしても、聞いていないとは、何のことでしょうか。ルキアに会ってから、まともに話をしていませんし。

「孤児院に新しく女の子が入るから、身長を計ったら私の古着から合いそうな服をあげてくれって。で、ついでだから女の子を引率するアークを引っ張ってこいって」
 なる程、誰に頼まれたか知りませんが、要は私と少女を迎えにきたと。ルキアが来た理由は理解しました。

「そうしなきゃ、病院に着くまで時間が掛かるだろうって」
 むしろ、この会話に時間が掛かっているのですが。
「そういう訳だから、さっさと行くよ!」
 言うが早いか、ルキアは少女を抱き上げ、颯爽と病院へ向かって駆け出しました。いくら少女が小さいとは言え、走る勢いが凄いのですが。今は、考えるより追い掛けないと。ルキアはとにかく、少女を見失ったら大変ですから。

 二人を追い掛け始めてから暫く、元々の目的地である病院に着きました。入口と受付の中間辺りには、仁王立ちしているルキアの姿。結構な速さで走ったにも関わらず、全く息を切らしていないルキアには感心します。

「アークってば遅すぎ。もう、受付ちゃったんだけど」
 いや、そんなに時間をかけた覚えは無いのですが。
「一先ず、体温を測って貰っているから、問診票を渡して来なさいよ」
 言うが早いか、ルキアは数枚の紙を私に渡すと、私の腕を強く掴みました。そして、腕を掴んだまま強引に私の体の向きを変え……と、居ましたね待合室の隅に。

 ルキアは、いささか強引なところはありますが、やること自体は悪くないです多分。何故、体温計と一緒に渡さなかったか気にはなりますが、受け取った以上は問診票を渡さなければなりませんし、少女の所へ向かいますか。

 そうして、ルキアにペースを崩されつつも少女の元に到着、
「忘れ物!」
 楽しそうな声と共に、頭部に走る軽い痛み。何を忘れたかって、忘れるような物は持って来ては。そんな事を考えつつ振り返ると、そこには片手に板を持ったルキアの姿。先程の痛みは、この板で叩かれたものでしょうね。

「問診票に記入するのに使うボードと筆記用具」
 それは見れば分かりますが、もう少し大人しく渡せないものでしょうか?
 今までの経験からして、言ったところで無駄なので何も言いませんが。ルキアに構っていると無駄に体力を使ってしまいそうですし、少女の手伝いをしてかわしますか。

「体温は測り終わりましたか?」
 少女は小さく頷き、体温計を差し出してきました。やっぱり、声が出ないというのは不便ですね。意思の疎通がやりにくいです。とは言え、せっかく体温を計ってくれた訳ですし、それだけでも記入してしまいましょう。それ以外は、少女に記入して貰いましょう。本人にしか分からないこともあるでしょうし。少女へボードごと問診票を渡し、それからペンも。

「後は自分で記入して下さい。分かるところだけで構いませんから」
 私がそう伝えると、少女は頷き問診票に目線を落としました。これで一息……は、つけませんね、ルキアが側に居ますし。実際、出会ったそばから攻撃はしてくるし、後ろから叩いてくる。それに、ルキアは次はどう私に絡むか考えているようですから。

 警戒していて手が出しにくかったのか、私の考え過ぎだったのか、ルキアに弄られることの無いまま時間は過ぎていきました。少女が一通り書き終えたところで、ルキアは少女の手を引き、受付まで。と、傍観していないで私も向かいましょう。

 私が受付へ到着すると、開口一番に「遅い」という旨の罵声。声を荒げている訳でも無いのに、罵られている気分になるのは、普段のやり取りのせいでしょうか。それにしても、私が受付に来てから笑いをかみ殺しているような音が聞こえてくるのですが、私達のやり取りはそんなに面白いですかね?

「診察は待ち。順番が来るまで結構かかるみたいだし、取り敢えず身長と体重は私が測ってくる」
 言うが早いか、ルキアは少女を連れて歩き始め、受付の隣に有る個室へ入って行きました。それにしても、今にも笑い始めそうな声は段々と大きくなってきています。

 ルキアとの会話は無いですし、私達が笑われていると思ったのは勘違いでしたか。とにかく、先ほど少女が座っていた場所で待ちますかね。ルキアが自分で測ると言った以上、下手に追い掛けていけば、何が起きるか分かりませんし。

 待合室のソファーへ腰を下ろすと、ようやく一息つけました。ルキアは、身体測定を終えたら家に戻るでしょうし、何となく気持ちも楽です。彼女が近くに居なければ、少なくとも不意打ちはされないでしょうから。と、くつろぐ間も無く帰って来ましたか。まあ、身長と体重を測るだけですから、そうそう時間は掛からないですよね。

「はい、問診票」
 ルキアは、そう言いながら問診票を私の脚に叩き付け、少女を私の隣に座らせました。
「じゃ、私は帰るから。ちゃんと案内してあげなさいよ」
 ルキアは私を小馬鹿にするように笑い、病院の外へ。嵐が去ったとは、こういう状況を言うのでしょうか。突然現れては、色々と掻き乱して消える。まあ、私以外に被害がいかないようですし、嵐って程では無いですかね。ともあれ、これでようやく……?

 私が、溜め息を吐きつつソファーへ背中を預けると、小さく乾いた音が。とてつもなく嫌な予感はしますが、確認しない訳にもいかないでしょう。ソファーから背中を離し、恐る恐る背中を見れば一枚の紙。私は、慌ててその紙を剥がすと、何か書かれているのかを確かめました。

「愚鈍で鈍間ですが何か?」
 って、どれだけ鈍いんですか私は。それに最後の疑問符、喧嘩でも売ってるんですか……って、そうじゃなく。一体、いつ何処で誰がやったかが問題です。誰がやったかと言えば、ほぼ間違いなくルキアでしょう。問題は、何時からこんな恥ずかしい台詞を貼られていたか。少なくとも、孤児院を出る時は無かったし、病院へ来る際に走ったから貼られていたら紙が靡く音で気付くでしょうし。

 病院に来てからは……ああ、そう言えば無防備に背中を晒していました。問診票を持って少女の元へ来る時、恐らくはボードで叩くついでに貼ったのでしょう。それ以外に機会も無さそうですし。全く、油断も隙も有りませんね。これからは、不意打ちだけでなく背中にも気をつけないと。
 私が、思わず大きな溜め息を吐いた時、受付から私の名を呼ぶ声がしました。ルキアの差し金で無ければ良いのですが。一先ず、少女に座ったままでいるよう伝え受付へ。

「二番の部屋へお入り下さい」
さらりというか、事務的というか、そんな話し方で一言。私の名が呼ばれたのは、少女の名前が分からないからとして、部屋番号を名前の後に続けて言って下されば、こちらも楽だったのですが。無駄に気を揉まずに済みましたし……って、早く少女を診察室に連れて行かないと。それに、このお使いを早々と済ませて、鈍間のレッテルを剥がさなければなりません。

 診察室に入れば、消毒液の匂いが強まって。嫌いな匂いじゃないですが、好きな匂いでも無いですね。ちょっと、喉が痛くなる感じもしますし。それに、あれですね。注射の痛みを思い出してしまいます。

「こちらへお座り下さい」
 医者の声に従い、少女の背中を押して椅子の方へ。少女は、少々おびえているようですが、ちゃんと医師と向かい合う形で座ってくれました。
 その後、色々な検査を済ませ、帰ることになりました。会計は、司祭様から話がいっていたので、私が払うことなく。それから、検査結果の出る日を聞いて病院の外へ。

「お、丁度いいところに」
 またルキアですか。今度は何をしに来たのでしょうか? 今までの経験からして、楽しそうな笑顔が、なんとも怖いのですが。

「服を選んだから、取りにきてよ。折角だから着せ替えしたいし」
 着せ替えしたいとは、一体どういうことでしょうかね。要らない服を渡せば、それで終わりじゃ……と、口に出したら面倒なので言いませんが。

「ん? 嫌ならアークは来なくていいわよ。着替えて貰ったら、暫くうちで預かるし」
 いや、預かるって何ですか? それに、司祭様に頼まれた以上、少女一人で行かせる訳にも行きません。付いていきますよ。
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登場人物紹介

ダーム
 
大体元気なショタっ子。

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