夏の終わりなら、クラゲに注意。ファンタジー世界なら、何時でも魔物に注意。

文字数 2,985文字

「決勝だが、海の安全を守って貰おうか」
 司会の話に会場はざわついた。
「野郎共が逃げるしかない生物が近くで泳いでるんじゃ、おちおち海水浴も出来ねえだろ?」
 海には、アンドリュー達を居ってきた生物の影が残っている。生物の影は、沖に向かう様子は無く、人間が再度訪れるのを待っているかの様でもあった。

「協賛企業には、海上保安に関係する店もある。海に入れないんじゃあ、関連企業も儲からねえ」
 ステージ上には、銛を持ったスタッフが現れた。その銛には、太いロープが結びつけられ、ロープの端は紛失防止の為に輪になっていた。
「そんな訳で、決勝は海の魔物討伐! 先に魔物に銛を深く刺した野郎が優勝だ! 魔物に逃げられたら逃げられたで、別の競技も準備してあるから恐れず戦え」
 会場には会話が増え、海に居る魔物の位置を確認する者も居た。一方、参加者はスタッフか銛を渡され、海中へ向かうよう促される。

「さーて、人間が勝つか魔物が勝つか! それとも、武器を持った人間からは魔物は逃げるのか! 決勝戦スタート!」 
 司会の掛け声で、観客の目線は海に向かった。しかし、思いもよらない決勝に、ヨーゼフは困惑したまま動かなかった。
「なんだ、どうした? 優勝しなくて良いのか?」
 司会は煽るが、ヨーゼフは動くことは無かった。一方、ザウバーは溜め息を吐きつつも、銛を握って海に入った。
 海中の生物は、ザウバーと距離を取りながら攻撃するかどうかを悩んでいる様だった。海中生物は、大きさの為か浅い場所までは来られず、泳ぎ続けながら餌となる人間の接近を待っている。

「逃げ待ちか? 他の競技が良いかー?」
 司会の煽りに、ザウバーは舌打ちをした。その音は観客には聞こえなかったが、海の魔物は反応する。
「ま、これで優勝出来たら安いもんか」
 そう独りごちると、ザウバーは魔物に近付いた。彼は、銛を水上に掲げて持ち、魔物との距離を詰めていく。
「とうとう、やる気になったか! ヨーゼフは、何もやらないのか!」
 司会の言葉にヨーゼフは渋々海へ向かった。しかし、そうしている間に、ザウバーの持っていた銛は、魔物へ致命傷を与えていた。

 ザウバーは、魔物から銛が抜けぬ様にしながら、その死骸を海から浜辺に持ち運んだ。重力を存分に受けた魔物は重く、砂浜にその巨大をめり込ませている。
 魔物は、事切れても尚、外部刺激に反応して体を動かした。この為、観客達は悲鳴を上げ、その場から立ち去る者まで出る。

「大物ゲットで、ザウバーの優勝だ! もう、何もしなかったたヨーゼフは、銛を返して去れ!」
 ヨーゼフの元にはスタッフが向かい、さくっと銛を回収した。一方、ザウバーに渡された銛は魔物に刺さったままで、むしろ重力によってじわじわと深く刺さってゆく。
 ザウバーは、魔物をステージ側に移動させようとしたが、予想以上の魔物の重さに、引き摺って行くことを諦めた。彼は、魔物の傍に立ったまま司会の告げる指示を待つ。

「さて、全ての戦いは終わった。後は、勝者を讃えるのみ!」
 司会の言葉で、ザウバーはステージに上がった。観客の数は減っては居るが、楽しそうに優勝者の姿を見守っている。また、ダームは嬉しそうに仲間の姿を眺めていた。
「優勝者には、賞品だ! 有難く受け取れ!」
 ザウバーには、封筒と布袋が渡された。彼は受け取った賞品を高く掲げ、それを見た観客は手を叩いて賞賛する。

「これで、バトルは終了だ! ステージはさくっと解体するから、名残惜しくても解散しろ!」
 その言葉に観客達は笑った。そして、バラバラにステージ前から立ち去り始める。
「ちょっと最初の戦いは微妙だったけど、優勝出来たね」
 少年は嬉しそうに話し、ベネットは頷いた。この際、ザウバーはステージを降りて更衣室に入っており、少年はその動きを目で追っている。 

「決勝戦は、相手に戦意自体が無かったが……まあ、勝ちは勝ちだ」
 この時、ザウバーが倒した魔物の解体が始まっていた。ザウバーが浜辺に運んだ魔物は、何人もの手で切り裂かれ、小分けにされながら運搬されている。
 魔物の肉は、部位毎に海辺に建てられた店に持ち込まれた。そして、持ち込まれた瞬間から、新鮮な材料が手に入ったことを売りにした料理が登場する。

「美味しいのかな?」
 ダームが疑問を口にした時、着替えを終えたザウバーが戻ってくる。ザウバーは、一回戦で食べきれ無かった料理を詰めた箱を持っており、それを少年へ渡した。
「とりあえず、試合で出たのは旨かったぜ? 熱々な上に量が多いから、あんなことになっただけで」
 ダームは、ザウバーから渡された箱を開けた。そして、摘まんで食べられる料理を口に運び、幸せそうな表情を浮かべる。
「これ、持ち帰れるの正解過ぎる」
 そう言ってダームは様々な海の幸を堪能した。その表情から、暑さに対する不満は消えている。

「やっぱ、海で新鮮なものは旨いんだろうな。場所的なものもあるだろうけど」
 ザウバーは、ステージ上で受け取った袋の中身を覗いた。彼は、中を見た瞬間に笑い、袋を閉じた。
「紐で、サイズを調整出来る水着だとよ。俺は、さっきまで着ていたやつを貰ったし、こっちはダームにやるわ」
 ザウバーは少年へ水着の入った袋を渡そうとした。しかし、ダームは食べ物を手離すのが惜しいのか、料理入りの箱を両手で持ったまま袋を見ている。

「まあ、まだ日の入りまでは時間があるし、好きにしろ。魔物がまた出てくるかも知れねえってんで、海に入る奴も減ったしな」
 ザウバーは、目線をダームから海に戻した。海には人がまばらで、はしゃぐ子供の姿はない。
「さて、問題は宿泊券がペアなことだ。当然、優勝した俺は指定ホテルに泊まる。で、どうする? ダームは子供な分、宿泊費も安くなるだろうけど」
 ザウバーは、ダームを横目で見た。
「今日は慣れないことばっかりで、俺はさっさと休みたい。だが、ダームが海で泳ぎたいなら止めない」
 ダームは、青年の話を聞きながら食べ続けていた。その様子にザウバーは何処か呆れた表情を浮かべる。

「お前、もう泳ぐ気なくなっただろ」
 ダームはザウバーから目をそらし、食べ物の入った箱の蓋を閉じた。それから、その箱をザウバーへ差し出す。
「せっかくだから、着替えてきて泳ぐ」
 そう言って、ダームはザウバーの持っていた布袋を掴んだ。対するザウバーはすんなりと布袋を少年に渡す。
「確か、人目につかないような場所が……」
 ダームは、言いながら周囲を見回した。すると、少年は隠れながら着替えるのに良い茂みを発見する。
 それから、少年は茂みに向かって走って行った。しかし、彼は水着に着替えることなく仲間の元に戻ってくる。

「何この水着! 紐で調整どころか、殆ど紐なんだけど!」
 ダームは、布袋から水着を取り出した。だが、それは少年の話した通り殆ど紐だった。ただ、一部を隠すために、鮮やかな貝殻が紐と繋がっている。
「それを俺に聞くな。紐に関しての説明は、聞かされたやつをそのまま言っただけだ。選んだ理由なら、イベントを運営していた奴に聞け」
 ザウバーは疲れた様子で返し、眠そうに欠伸をした。慣れない試合を繰り返した青年は、少年の話を聞く気力もない様子で目を瞑る。
 結局、ダームが海で泳ぐこと無く日は暮れ始めた。そうして、野郎だらけの大会は幕を閉じたのだったーー
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登場人物紹介

ダーム
 
大体元気なショタっ子。

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