新米魔法使いの一人旅・終

文字数 2,029文字

 翌朝、目を覚ますと幸いにも空は晴天。薪割りするなら良い条件だ。説明を聞いたら、さっさと終わらせちまうか。

 たっぷり食って休んだおかげか、背中の痛みは殆ど気にならない位に回復している。我ながら、大した回復力だ。人心地ついた頃、司祭が部屋にやって来た。

「おはようございます。朝食の準備が出来ましたので、腹ごしらえをしてしまいましょう」
 司祭は満面の笑みを浮かべると、昨日と同様に俺を食堂まで案内する。細長い食卓の上には、バスケットに入れられた沢山のパン。それに、ホットミルクや平皿に乗せられたベーコンエッグ。瓶詰めされたジャムが並んでいる。

「それでは、頂きましょう」
 食卓に置かれた料理を見ながら椅子に座った時、司祭は祈り始めた。暫くして、その祈りが終わると、俺達はそれぞれに料理を食べ始める。それにしても、この大量のパン、毎回作っているのか気になるな。

 野暮なことを聞くのもなんだし、今は食うことに集中する。なんだかんだ言って、司祭の作る飯は旨い。ちゃんと味わって食わなきゃ、勿体無い。

 結局、今回も勧められるままに食って、山盛りになっていたパンは殆ど俺の腹に収まった。正直、ちょっと腹が苦しい。まあ、これから一仕事するんだから、たっぷり食っておいた方が良いだろう。と、その前に後片付けを手伝わないとな。昨日は言われるままに部屋へ戻ったが、食うだけ食って何もしないのは人情に欠けるってもんだ。

 だが、俺が手伝いを申し出ると、司祭は笑いながらそれを断る。一応、食い下がってはみたものの、司祭は「調理場は狭いですから」と言って、足早に食堂の奥へ消えて行った。

 それから、司祭は直ぐに戻って来て、俺にこれからどうしたいのか聞いてきた。恐らく、どうしたいのか……というのは、昨日話した薪割りのことだろう。だったら、早く始めてしまいたいというのが本音だ。

 ここに居ても他にやる事が無い。それに、早く始めた方が早く終わる。そうすりゃ、届けるのだって早くなる。その方が、届けられる側の奴らだって早く冬支度が出来て安心だろう。

 そう考えた俺は、司祭にやるのなら直ぐでもやってしまいたいと告げる。俺の話を聞いた司祭は小さく頷いて、木を乾燥させている場所への案内を始めた。

 その場所は、建物の裏口を出て直ぐの所で、薪にすべき原木が沢山並べられている。

「それでは、道具を持ってきます」
 司祭は軽く頭を下げると、裏口からは左手に有る小屋へ向かって歩き出す。司祭の口振りからして、一人で行くつもりだったのだろうが、薪割りの道具と言ったら軽くは無いだろう。食堂では引き下がったが、今回は無理矢理にでもついて行こう。

 俺が司祭を追い掛けていくと、奴は予想通り俺に待っていてくれと言ってきた。だが、俺が「力仕事なら任せてくれ」と言うと、それならば……と小屋の横に有る荷車を移動させて欲しいと言う。

 俺が司祭の言う荷車を移動し終えると、奴は斧と指程の太さが有る縄を持ってきた。まずった。原木の近くへ移動する前に、小屋の入口に持っていくべきだった。そうすりゃ、他のもんを乗せて運べたのに。

 俺の近くに来た司祭は、持っていた斧を切り株に刺すと、その斧の柄に縄を掛ける。そして、司祭は数回肩を回すと、薪割りについての説明を始めた。

 と言っても、大体どの位の太さにするとか、大体この位を集めて束にするとかで、特に難しい指示は無い。要は、薪を使用する際に使い易ければ問題無いということだ。後は、縄で纏めた薪を荷車へ乗せていって、それが満杯になったら司祭を呼ぶ。これは、薪を必要とする家に運ぶのに、司祭の案内が無ければ難しいからだ。どこの家に運ぶかを把握しているのは、俺じゃなくて司祭だからな。

「それでは、私は一旦屋内に戻りますが、何か聞きたい事が出来たら遠慮無く呼んで下さい」
 説明を終えた司祭は、そう言うと建物内へ入って行った。

 さて、これからが腕の見せどころだ。そう考えた時、自然と口角が上がった。それを直す様に頬を叩くと、集められていた原木を円を描くように並べていく。円の半径が俺の身長程になったところで、俺はその中心へと移動した。

それから――

 目を瞑り
 呼吸を整え
 自然の力を吸収し
 力を刃として具現化する
 その刃は木を切り刻み
 やがて自然界へ回帰する

――魔法を発動させる。

 目を開いて辺りを見回すと、そこには適当な長さに刻まれた木。その大きさに多少の差異は有るが、魔法の発動は上手くいったようだ。なのに、涙が止まらねえ。この魔法、目的こそ違うが、初めて兄貴に教えて貰った魔法だ。

 あの頃は、木に生った実を魔法で落としては、おやつと称して食ってたな。時には調子に乗り過ぎて、夕飯が食えなくなるまでやったりもした。恥ずかしくも、温かな思い出だ。どんなに想っても、あの頃に戻れはしない。だけど、兄貴の想いに応えることは出来る。それは、簡単なことでもあり、難しくもある。だが、命の続く限り応えてやる。
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登場人物紹介

ダーム
 
大体元気なショタっ子。

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