新米魔法使いの一人旅・弐

文字数 3,147文字

 腕が熱い。
 今度は、何が起きた?

 起きている事を確かめる為、目を開ける。ぐっすりと寝たおかげか、視界は前よりはっきりしている。

「すみません。起こしてしまって」
 若そうな男の声。

「軽く説明を致しますと、傷は塞がってましたが、体中に血が付着しておりました。そのままにしておくのは衛生的に芳しく無いので、血を蒸した布で拭き取っていたところです」
 男は、俺の目の前に赤黒く染まった布を差し出す。

「大量の出血をした為に血圧が低下していますし、まだ体が食事を受け付け無いと思われるので、当分は輸液をして様子をみます」
 男は、俺が返事をしないことなんかお構いなしに、話し続けていく。医者なら返事が出来ない患者を何度も相手してるんだろうから普通か。

「拭き終わった腕に針を刺しますね」
 下らない事を考えているうちに、医者は仕事を進めていた。奴が話し終えてから直ぐに、左腕にひんやりとした感覚が生じる。それから、一瞬だけの鋭い痛み。

「汚れている部位の清拭を進めますね」
 そう医者が話した時、耳が痛くなるような音が響く。

「驚かせてしまったようで、すみません。今の音は、病院から緊急呼び出しを知らせるものです」
 緊急って事は……

「非常に申し訳無いのですが、状況確認の為、病院に戻ります。詳しい話は後程」
 医者は足音を鳴らしながら遠ざかった。

 それにしても、輸液ってのは暖かいもんなんだな。というより、俺の体温が低いのか?
 針を刺したで場所から、暖かい液体が流れ込んでくる感覚……初めて味わうが、これが妙に心地良い。

 不思議な液体が体内を巡る毎に、自然と眠気の波が襲ってくる。医者も消えたし、やる事ねえから寝ちまうか。どうせ、ろくに動けねえんだし。

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「新しく発見された遺跡?」
「うん。教授の話によると、大きな地震が起きた後に発見されたみたい」
「なるほどな、発見されたばかりってことは、調査に行ったら長いこと帰って来ない訳だ」
「一概には言えないけど……でも、ごめんね。大学の卒業式が近いのに」
「気にすんなよ。今の俺は、兄貴について回ってた子供じゃ無い」
「確かに。何時の間にか身長も抜かされていたしね。でも、なるべく早く戻ってくるから」

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「……すか?」
「大丈夫ですか?」
 誰だ?
 頭が痛くて上手く考えられねえ。
 だけど……体は、何とか動きそうだ。

「良かった。様子を見に来たら、酷くうなされておりましたので心配で」
 背中や頭の痛みを堪えながら起き上がると、声の主は安心した様に話す。医者の治療が効いたかどうかは分からねえが、動ける様になったのはありがてえ。

「直ぐにタオルをお持ち致しますので、そのままお待ちください」
 声の主は、小さな足音をたてながら離れていった。そういや、起き上がった時に汗が目に入ったな。それに、ろくに散髪してなかったせいか、髪が顔や首に張り付いて気持ち悪い。うなされていたみてえだし、かなり汗だくなんだろう。

 それにしても、此処は何処で奴は誰だ? 医者を呼んだってことは、病院じゃないよな。何より、医者が病院に戻るって言っていた。ま……一応、体が動く様にはなったんだし、大体の場所くらいは分かるだろ。

 そう考え、ゆっくり首を動かして辺りを見回す。

 右側には窓
 前には白い壁
 左側にはドアと、クローゼットらしき木製の物体。

 個人の部屋か、安い宿ってところか? さっきの奴が戻って来たら確認すりゃいい。多分、俺を見つけたのは奴だろう。暫く、窓の外でも眺め……って、いてえ。流石に、体をよじると打った背中が痛む。

「お待たせ致しました」
 色々と考えているうちに、男がタオルを数枚抱えて戻ってきた。男は、一枚のタオルを掴むと、俺のこめかみ辺りを拭き始める。が、自分でやると言ってタオルを受け取った。男は心配そうに見つめてきたが、構う事無く顔や頭を拭いていった。一通り拭き終えてから、男の方に向き直って礼を言う。

「いえいえ、お気になさなず。司祭たるもの、困っている方々を助けるのは当然のことですから」
 司祭……か。つーことは、ここは教会の客室かなんかだな。

「体調はいかがですか?」
 体調か、本調子じゃねえけど悪くは無い。一応、動ける訳だし、頭もはっきりしてきた。当たり障りの無い様に「大丈夫です」と言っとくか。

「そうですか。顔色も良くなった様ですし安心いたしました」
 司祭は顔の皺を深くしながら微笑む。ともあれ、下手に色々聞かれ無いのは助かった。回復するにはしたが、長話をする程の余裕はねえ。

「もし宜しければ着替えませんか? 何時までも破れた服を着ているのも辛いでしょう」
 確かに、服は破れているし、汚れも酷いだろう。着替えられるんなら、着替えたいところだ。だが、司祭の厚意を受け入れる前に、腕に刺さっている針に気付く。

「気が付かなくてすみません。医者が戻ってきた時に指示を仰いだ方が良さそうですね」
 針の刺さっている腕を眺めていると、司祭は気まずそうに謝った。

「では、羽織るものはどうですか? 肌が露わになっていると寒いでしょう」
 確かに、肩や腕が寒い。だが、わざわざ何かを羽織る程でも無い。かと言って、厚意を無駄にするのも気が引ける。

「待たせてしまってすみません。何とか代理の医師が見つかったので」
 考え倦ねているうちに、医者は気まずそうに戻ってきた。医者は司祭に会釈すると、持っていた荷物を足元に置く。医者は、その鞄を慌ただしく開くと、白いもんが詰まった瓶を取り出した。

「良かった。逆流はしていませんね」
 今さり気なく不穏な事呟いたぞ、この医者。

「輸液も終わりましたし抜きますね」
 医者は、湿った脱脂綿を腕に当てると、躊躇なんぞ一切無しに針を引き抜く。そして、脱脂綿を押さえている様に言うと、針やら何やらを片し始めた。

「それで、この方の容態はどうなのでしょうか?」
 あまり状況が飲み込めていないのか、司祭は弱々しく話した。大した説明も無しに色々やってりゃ聞きたくもなる。俺も弱ってさえいなきゃ、何度突っ込んでいたか分かりゃしねえ。

「怪我をした後の処置が上手かったおかげか、回復は早い様です」
 なんで最後曖昧な言い方なんだよ。回復も何も、戻ってきてから針を引っこ抜いただけで、ろくな診察してねえだろ。

「それで、これからどうしたら良いのでしょうか? その、入院した方が良いのか、通院して治療した方が良いのか」
 どうやら、司祭も医者の考えが分からないらしい。

「入院の必要は有りません。怪我も治っていますし、緊急性も無いので」
 入院の必要が無いなら、ひとまず安心だ。通院するならするで、面倒だが。

「そうですか。ところで、注意する点などはございますか? 例えば、食事や運動の制限など」
「傷口は塞がっているので、殆ど心配は有りません。とは言え、清潔にしておくに越したことは無いです。運動は、激しく無ければ問題無いです」
 清潔も何も、先ずは血塗れな状態をどうにかしてえ。
 そもそも、運動の激しい基準って何だ。

「食事ですが、消化の良いものから徐々に……です」
 この医者……前は、食事は無理だから輸液をするだの言って無かったか?

「もう少し具体的に説明して下さると嬉しいのですが。何分、私は医学に詳しく無いもので」
「運動は日常生活を送る程度なら問題無いです。食事は病院の栄養士に任せるのでご心配無く」
 運動は分かった。だけど、後半はどういう意味だ? 入院の必要が無いなら、食事は病院じゃないよな。かといって、病院がいちいち届けるってのも妙だ。

「治療も終わりましたし、私は失礼します」
 って待て、これで治療終わりか。しかも、言いながら外に向かって……案の定、司祭は慌てて医者を追いかけていった。
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登場人物紹介

ダーム
 
大体元気なショタっ子。

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