少年の過去

文字数 1,752文字

 あれは、十歳になったばかりの頃だった。僕は森へ遊びに出掛けていた。それで、木に登ってみたり、花の蜜を吸ってみたり、特に何も考えずに遊んでいて。良く分からないけど、森の奥の方まで行ってみたくなったんだ。

 本当は、大人から森の奥には行かない様に言われてた。だけど、ちょっと位なら、大丈夫かなって。それで、気が付いた時に僕は洞窟の前に居て。洞窟って言っても、あの時の僕が頭をぶつける位に狭くって、本当は洞窟なのかもはっきりしないけど。ちょっと怖かったけど、洞窟に入ってみることにしたんだ。

 その洞窟は、中が真っ暗だったけど、不思議と進んでいけた。進んでいけたって言うより、引き寄せられていた……って言う方が合ってるかな。

 そんな感じで洞窟の中を歩いていたら、突然、洞窟に光っているものが見えたんだ。だから、その光っているものに近寄った。それで、体の動くまま、光っている何かに手を触れたら、僕の周りは強い光に包まれて。僕は目を瞑って。何が起きたかわからないまま、気を失ってしまったんだ。

 気付いた時には、見慣れた森が見えた。だから、夢でも見たのかなって思った。夢だったら夢だったで、変なところで寝ちゃていたことになるけど。

 でも、僕の手の中には、それが夢じゃないっていう証拠が有った。それは、僕が洞窟に入る前には持っていなかったもの。鞘や柄の部分に綺麗な装飾がなされた短剣。何で短剣を握り締めていたのか、理由はわからなかったけど、それは確かに手の中に有って。それで、僕は短剣を鞘から引き抜いた。

 僕は、その綺麗な刀身を空に翳して、もっと良く見ようとした。でも、僕が短剣を掴んでいる手を上げた瞬間、僕は見たことも無い生き物に襲われた。その生き物は、とっても口が大きくて、牙も鋭くて。僕は、何とか攻撃を避けることが出来た。だけど、避けた勢いで転んじゃって、慌てて僕が顔を上げた時には、僕は血走った二つの目に見つめられていた。

 僕は後ずさりをしたんだけど、後ろには大きな木が有って。戸惑って動けなくなっているうちに、その生き物は大きな口を開いた。だから、僕は咄嗟に両手を前に出して、強く目を瞑った。あの大きな口に噛み付かれるって思った。だけど、何時まで経っても、どこも痛くならなかった。だから、恐る恐る目を開いた。

 そうしたら、さっきまで居た生き物が居なくなっていて。その代わり、僕より頭ひとつ分くらい背の高い人が居たんだ。その人は、僕に対して背中を向けて立った。長いローブとベールを身に付けていたから、体型も男の人なのか女の人なのかも分からなかった。

 話し掛けて良いのかどうかも分からなかった。だから、倒れ込んだまま黙っていた。何も出来ずに固まっていた。

「早く短剣を鞘に収めろ」
 だけど、体が動かないし、その人の背中を見たまま固まっていた。そうしたら、その人は僕の方に近付いてきて。僕が握っていた短剣を手にとって、鞘に短剣をはめた。それから、その人は、鞘に収められた短剣を手渡してくれた。

「短剣に不思議な力が有る以上、外界に晒すのは危険だ」
 ベールで覆われていて、どんな顔をしているのかわからなかった。ベール越しのせいか、声が高いか低いかも。

 僕は、その人に話し掛けようとしたけど、声にならなかった。暫くの間、僕もその人も、何もしないままでいた。だけど、その人は全然動かない僕に呆れたのか、大きな溜め息を吐くと、僕の手首を強く握り締めた。その人は何も言わないまま僕を立ち上がらせて、背中を向けた。

「時が来たら自然と分かる。それまで、大事に持っていろ」
 その人は、振り返ることなく遠ざかっていった。僕は、何も言えずに立ち去っていく人の背中を、ぼんやりと眺めた。

 その人が立ち去った後も、ぼーっとしていた。だけど、何時までたっても帰って来ない僕を捜しに来た村の人の声で、やっと目が覚めた。僕は、慌てて手にしていた短剣を服の中に隠した。

 その時、村の人は半分くらい怒っている様な話し方で、僕に何をしていたのか聞いてきた。だけど、僕は見慣れた顔に安心して、涙を流しながら村の人に抱きついた。そうしたら、村の人は何度か僕の頭を撫でて、自分の背中に乗るように言ってくれた。そうして、短い冒険は終わって、短剣は僕の宝物になった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ダーム
 
大体元気なショタっ子。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み