海の家の飯は旨いかも知れないが高い

文字数 3,134文字

 ダームが小屋の前に立った時、その小屋の中からは甘い香りが漏れ出ていた。小屋の中には、十数の机やそれを囲むように複数の椅子が置かれており、その半数が軽食を摂る人々で埋まっている。

 少年が香りの元を辿っていくと、小屋の調理場には大きな鉄板が在った。その上では、薄く伸ばされた乳白色の生地が焼かれ、そこからはバニラの甘い香りが漂っている。

 ダームは、甘い香りに誘われる様に進み、鉄板の上を眺めた。すると、鉄板上の生地は手際良く剥がされ、横に在る灰色の石板に乗せられる。その生地には、良く冷えた生クリームが素早く乗せられ、凍らせた果実が散りばめられた。

 この時、ダームの腹は小さく鳴り、後を追って来たザウバーは彼の肩に手を乗せる。

「腹には溜まらなそうだが、なかなか旨そうじゃねえか」
 ザウバーはダームの背中を叩くと、笑顔を浮かべたまま後方を振り返った。

「ベネットもそう思わねえ?」
 青年は女性の目を見つめ、意見を伺う為に首を傾げる。問い掛けられたベネットと言えば、彼の肩越しに鉄板を確認し、小さく頷いた。

「そうだな。海に入るなら重いものを食べるのも体に悪い」
 ベネットは小屋の中を見回し、それからザウバーの顔を見る。

「幸い、座って食べられる場所も用意されている。ここで軽く食事を済ませて休むのも良策だろう」
 ベネットは仲間の顔を見、そのまま彼らの反応を待った。すると、ダームとザウバーは大きく頷き、直ぐに料理の注文を始める。

 三人は、それぞれに注文した料理を持つと、奥の席を選んで腰を下ろす。それらの料理は、美味しそうな香りを漂わせており、彼らの空腹感を増長させた。

 彼らは、各々が注文した飲み物を手に取ると、嬉しそうな笑顔を浮かべて乾杯をする。そして、三人は冷やされた飲料を口に含むと、安堵の表情を浮かべた。

「美味しい。何杯でもいけちゃいそう」
 そう声を漏らすと、ダームは手に持ったカップを机に置く。

「確かにな。だけど、一杯が高えから、大切に飲めよ」
 ザウバーは少年の頭に手を乗せ、そのままダームの髪を掻き乱した。そんな青年の行動にダームは頬を膨らませ、頭に乗せられた手を払い除ける。

「とりあえず、作りたてのうちに食っちまおう」
 そう言って笑うと、ザウバーはスプーンを掴んで目の前の料理を静かに掬った。そして、料理を口に運ぶと、目を瞑ってそれを味わう。
 ザウバーが注文した料理には凍らせたブルーベリーが入れられ、その果肉からは噛む度に甘い果汁が漏れ出してくる。

 滲み出た果汁は青年の疲れを癒やし、彼は嬉しそうに高い声を漏らした。

「冷たくて効くわこれ」
 ザウバーは仲間の顔を見やり、料理を食べるよう促した。すると、ダームとベネットは小さく頷き、各々が注文した料理へ口をつける。

 十分程経った後、彼らはそれぞれに食事を終え、満足気な表情を浮かべていた。ベネットは空になったコップを置いて目を細め、ダームは椅子の背もたれに寄りかかりながら腹部を擦る。その後、少年は大きく息を吐き出すと、小屋の壁へ目線を移した。

 壁には、様々な色を使って描かれた張り紙があり、それに気付いたザウバーは、紙面に書かれている文字を黙読する。

「海の漢コンテスト?」
 小さく声を漏らすと、ダームは微笑みながら青年の顔を見た。それから、彼は貼り紙を指し示し、楽しそうに問い掛ける。

「ねえ、これに参加してみようよ! 参加費は無料で、優勝者には賞品が出るみたい」
 それを聞いたザウバーは、ダームの示した張り紙を見つめた。彼は、そこに書かれた内容をざっと読み、それから大きな溜め息を吐いてみせる。

「参加資格、健康な十八歳以上の男性。つまり、子供は参加不可だぞ?」
 ザウバーは、少年の目を真っ直ぐに見つめた。そして、ダームを馬鹿にした様子で笑ってみせる。

「だったら、ザウバーだけ出れば良いじゃん。資格は満たしているんだし」
 青年は大きく息を吐き、どこか呆れた様子で言葉を発した。

「分かったよ。優勝さえすりゃ、水着はそのまま貰えるみてえだしな」
 ザウバーの返答を聞いたダームは、張り紙に書かれた内容を確認し直す。すると、そこには青年が言った通りのことが書かれており、それを読んだ少年はザウバーの目をじっと見た。

「水着のレンタルも可能みたいだけど、優勝出来なきゃ買い取りって……大丈夫なの?」
 ザウバーは勝ち誇った笑顔を浮かべ、自らの考えを述べていく。

「んじゃ、この話は無かったことで。仲間にすら信頼されていない俺が参加しても、勝てっこねえから」
 その台詞を聞いたダームは目を丸くし、慌てて言葉を発する。

「そんなこと言って無いって! ただ、何をするのか分からないのに、優勝出来る自信があるのかなってだけで」
 少年は、そこまで話したところでベネットの目を見た。すると、彼女は張り紙に目線を移し、その内容を黙読してから話し始める。

「確かに、参加費無料を謳い、軽々しく参加した者に高い水着を売りつけるやり口かも知れん」
 ベネットは、そこまで話したところで目を細め、艶笑を浮かべて話を続けた。

「だが、まさか参加せず逃げるとは言わないよな? 以前、私が同じ様な大会で、優勝してみせたと言うのに」
 その話を聞いた青年は言葉を失い、ベネットは更なる言葉を付け加えていく。

「賞品もそうだ。ホテルペアチケットに金一封……優勝さえすれば、今夜の宿代が浮くだろう? 水着も、優勝さえすれば無料だ」
 そう言い放つと、ベネットはザウバーの目を真っ直ぐに見た。一方、青年は乱暴に頭を掻き、自棄になった様子で声を荒げる。

「分かったよ! やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」
 そう言ったところで立ち上がり、彼は小屋の外へ向かっていった。この際、ダームとベネットは顔を見合わせ、それから青年の後を追い掛け始める。

 その後、彼らはコンテストが行われるであろうステージへ向かって行き、参加を申し込む場所はどこであるかを探していた。程無くして、彼らはステージの右横に、白い布で覆われたテントを見つけ、そこへ向かって歩いて行く。

 白いテントの前には小さな机が置かれており、その前部に「海の漢コンテスト受付」とだけ書かれた紙が貼られていた。

 そして、ザウバーがその机の前に立った時、それに気付いた男性がテントの中から姿を現す。その男性は水着姿で肌は浅黒く焼け、一見コンテストの参加者のようであった。

「コンテストの参加希望かい?」
 それだけ聞くと、男性はザウバーの目を見つめ、そのまま青年の返答を待った。質問をされたザウバーは無言で頷き、その仕草を見た男性は大きく首を横に振る。

「開始前から元気ないな? ま、参加者が多い方がこっちも助かるが」
 そう伝えると、男性は机の上に一枚の紙と筆記具を乗せる。

「もう直ぐ大会が始まる。名前が分からないんじゃ呼びようがないから、手早くここに記名してくれ」
 言いながら、男性は紙面の下方を指し示し、参加者へそこに記名するよう促した。促されるままにザウバーが記名を終えると、男性は紙を持ち上げて書き込まれた文字列を確認する。

「ザウバー・ゲラードハイト……か。 んじゃ、案内するから」
 男性は、参加者の名前を確認するように声に出すと、背後に有るテントの入口を静かに開ける。それを見たザウバーと言えば、ダームとベネットに目配せをしてから、テントの中へ入った。

 この際、ダームとベネットは笑顔で彼を見送り、顔を見合わせてからステージの前へ移動を始める。
 そして、何かが弾ける音がした瞬間、ステージの上は白い煙に包まれた。その白い煙は海風によって薄まっていき、煙が消えた時にはそれと対照的に黒い肌をした男性がマイクを持ってステージに立っていた。
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登場人物紹介

ダーム
 
大体元気なショタっ子。

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