新米魔法使いの一人旅・参

文字数 3,825文字

 負傷した部位を確認する。血塗れで確認出来ない場所も有るが、痕にもなっていない。感覚も有る。

 傷が塞がっていなかったら、今頃どうなっていたか分からねえ。生きてすらいなかったかも知れねえ。倒れたのは街の外だし、下手したら魔物に喰われていた可能性も有る。何はともあれ、助かって良かった。死んじまったら何も出来ない。

 それにしても、なかなか戻って来ねえな。話が通じねえ相手だと、司祭も大変なんだろうか。いっそのこと、追い掛けるか? ゆっくり歩くだけなら、多分なんとかなる。もっとも、二人が遠くに行っていたら、どうにもならねえ。いや、ドアの外を覗いて、誰も居なかったら引き返しゃいいか。

 そこまで考えたところで、ベッドから足を下ろす。だが、立ち上がろうと足や腰に力を入れると、それと連動する様に背中が軋む。深い傷を治せる術士でも、見た目に分からない怪我は治療出来ねえか。いや、単に目立つ方を治療しただけか。まずは、命を助ける為に止血。それから、安全な場所へ運んだ。あの道じゃあ、下手したら自分まで魔物に襲われかねないからな。何にせよ、司祭に話を聞かないと。

 ドアの方へ向かう。多少の不安は有ったが、足元がふらつきはしなかった。
 残念なことに、ドアの外を覗いても司祭の姿は無い。どこを見ても、白塗りの壁が続いているだけだ。

 大人しく部屋で待つとする。そう考えて、部屋の中を振り返った。ベッドからは良く見えなかったが、向かって右側に木製の机が見える。机の上には、丈夫な布で作られた袋。

 色々と有って忘れていたが、ちゃんと俺の私物も持ってきてくれてたんだな。他にやることもねえし、中身の確認でもしておくか。
 そう考え、袋の紐を解いた。そして、しっかり確認する為に、袋の中身をベッドに並べる。

 先ずは、採取にも調理にも使えるナイフ。
 それから、生きていくには必要不可欠な、保存食や飲料。
 いくらかの着替えと、服でくるんでおいた財布。

 無くなっているもんはねえ。

 荷物を袋へ詰めていく。荷物の量が少ないと、こういう時も楽だ。詰め終えた袋は机に戻して……司祭が戻るのを座って待つ。動けるには動けるが、まだ本調子じゃねえ。かといって、寝るのもなんだ。

 見知らぬ場所で放置されるのは、どうにも落ち着かない。だが、今は司祭を待つしか出来ねえ。迷う迷わない以前に、行き違いになったら気まずい。

 着替え?

 いや……聞かれた時にやらなかったのに、司祭が居ないうちに着替えるのもな。
 考えるのも飽き、大きな溜め息をつく。だが、そんな気分を打ち砕く様に、足音が聞こえてくる。

「なかなか戻れなくてすみません。医者に確認をしたところ、入浴は可能だそうですが、いかがなさいますか?」
 汚れを落とせるなら大歓迎だ。何時までも血塗れのままじゃ、正直言って気持ち悪い。ここは、司祭の厚意を受け取っておく。

「かしこまりました。それでは、ご案内致します」
 言いながら、司祭は嬉しそうに微笑む。提案されてから直ぐのことで戸惑ったが、軽く頷いて立ち上がる。司祭へ近付いていくと、奴は俺に廊下へ出るよう促してきた。

 司祭は俺を誘導しながら、ゆっくり廊下を進んでいく。

「こちらが浴室です。バスローブは脱衣場に備え付けてございますので、合うものを選んで着て下い」
 数十歩ほど進んだところで、司祭は振り返って説明をした。

「浴室に有る石鹸も使って下さって構いません。それでは、ごゆっくり」
 多少の説明を加えると、頭を下げて去っていった。それにしても、バスローブを備え付けてあるってのも凄いな。しかも、サイズも幾らか用意してある。

 軽く息を吐き出して、目の前に有るドアを押し開ける。
 脱衣場は結構広く、金属製の棚が有る。その棚には、胸辺りの高さの段に籐篭が二つ。腰辺りの高さの段には、司祭が言っていたバスローブが重ねられている。大方、使いやすい位置に有る篭に、着ていた服を入れるんだろう。

 だが、いくら何でも、この服を入れるのはまずい。血塗れなだけでなく、砂で汚れている。なるべく綺麗な部分を外側にして、床に置く。

 浴室は向かって左手。バスローブは後で選ぶことにして、先ずはシャワーを浴びる。服を脱いで硝子張りの戸を開け、浴室へ入る。浴槽に湯が張られているのだろうか、戸を開けた瞬間に暖かく湿った空気が脱衣場へと流れ出してきた。

 その暖気を逃がさないよう素早く戸を閉め、浴室内を見回す。前面には浴槽、右手にはシャワーと鏡。それと、ほんのり苦い匂いがする。色々と観察するのは後にして、汚れを流しちまおう。そう考えて、シャワーの栓を一気に捻る。それにしても、鏡に映すと酷い有り様だな。これを見て、顔色を変えなかった奴らは凄い。

 流れ出る水が人肌くらいに温まった頃、俺は流れ落ちる湯の下へ移動する。落下する勢いも有ってか、湯に溶け出した汚れが、どんどん排水溝へと流れていった。 自分で言うのもなんだが、きたねえな。魔物と戦闘した上に、転んだからな。汚れていてもおかしくは無い。とにかく、汚れが落ちきるまで洗わないとな。

 目を瞑り、乱暴に頭を洗った。髪に砂が入り込んでいる。
 がむしゃらに髪を洗った後、俺は残っている血の痕を消すことにした。一度乾いた血でも、髪を洗っている内に多少は落ちやすくなっている筈だ。いや、指の腹で擦ってもなかなか落ちねえ。ここは、司祭が言っていた石鹸を使うか。

 それでも直ぐには落ちなかったが、何度も擦るうちに綺麗にはなった。その代わり、擦り過ぎて皮膚が赤くなった。体は洗ったし、湯に浸かって暖まるか。折角、湯が溜めてあるんだ。

 俺は、湯船に体を沈めた。体の芯まで暖まる。しかも、さり気ない気遣い。浴室に漂う匂いで予想はしていたが、薄手の袋に薬草や薬効のある実の果皮を詰めて浮かべてある。

 それにしても、待遇が良すぎねえか? あくまで俺は他人だし、湯を溜めるにしろ時間が掛かる。その上、薬湯にしてある。何時から溜めていたんだ? 俺が寝ていた間か?

 いや、起きんのが何時か分からないのにやらないよな。湯を溜めたところで、直ぐに入らなきゃ冷める。なら、医者を追い掛けた時か? それだったら、医者に体を洗って良いかを聞いて、その流れで……って感じか。だが、仮にそうだとしたら、湯が溜まるまで司祭は何をしていたんだ?

 バスローブを用意するにしたって、そんなに時間は掛からない。それに、司祭の感じからして、何をする訳でも無く人を放置する様な事はしねえだろう。溜めながら部屋に向かったなら、場所を案内するだけで立ち去ったりしないよな。

 って、アホらし。司祭以外に人が居りゃ、奴が医者と話してる間に色々やれんじゃねえか。大方、出会さないだけで、他にも誰かしら居るんだろ。うだうだ考えるのは止めて、しっかり休まねえと。そう考えて、息がぎりぎり出来る位まで湯船に体を沈めた。

 しっかり体も暖まったことだし、そろそろ上がるとするか。下着の替えを持って来れなかったのは痛いが、バスローブを着るなら大丈夫だろ。

 そこまで考えて、俺は脱衣場へと向かう。それから、用意されたバスローブの中から一番大きそうなものを掴むと、素早く羽織った。後は、歩いているうちに解けない様、しっかりと結んで……と。

 服を置いた時は気付かなかったが、長い毛が落ちてるな。長さからして、少なくとも俺のじゃねえ。ってことは、俺以外に誰か入っていたのか? それとも、たまたま何かに付いてきたか?

 とにかく、司祭以外の誰かが居る可能性は高いってことだ。いや……考えるのは後だ、後。今は、部屋に戻って着替えねえと。慣れていないせいか、どうもバスローブ一枚じゃ落ち着かねえ。

 そこまで考えたところで、脱衣場を出て部屋へ向かった。幸い、部屋まで向かうのに分岐点は無く、迷う心配は無い。それに、距離もあまり無いから、部屋には直ぐに着いた。

 部屋の中に変わりは無いが、窓から見える景色は朱く染まっている。相変わらず人の声は聞こえないが、虫の鳴く声なら、うるさいほどに聞こえてくる。夕暮れ時ってのは、家路を急ぐ奴らの声で溢れたりするもんだが、ここは結構な外れみたいだ。虫も、気持ち良く合唱してやがるし。

 感傷に浸るのは後にして、とっとと着替えちまうか。体が冷めきってからじゃ、着替えんのも億劫になる。そう考えた俺は、抱えていた服を床置きし、荷物袋の紐を解く。それから、その袋の底を掴むと、中身をベッド上にぶちまけた。予想以上にばらけちまったが、目当ての服を探すには、どのみち中身を全部出すことになるから大差ねえ。

 先ずは、下着を探して穿いちまって……と。後は上着だが……もう、一組しか残ってねえな。今まで着てた服は、派手に破けちまってるから、洗ったところで着れやしねえ。

 仕方ねえ、明日にでも買いに行くとするか。着替えが無いってのは、旅を続けるのに色々と不便だ。街によっちゃ、見た目が汚いってだけで門前払いされちまう。それに、街に入れたとしても、宿の受付で嫌な顔をされたりする。

 ま、今は屋根の下に居るんだし、回想なんかしてねえで着るもん着ちまわないと。だんだん寒くなってきたし、荷物を散らかしたままなのも、みっともねえ。

 そこまで考えたところで、俺はバスローブを脱ぎ、素早く衣服を身に着けていった。後は、バスローブを畳んで、荷物を詰め直して……暫く座って休むとするか。
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登場人物紹介

ダーム
 
大体元気なショタっ子。

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