新米魔法使いの一人旅・肆

文字数 4,257文字

 ベッドへ腰を下ろした瞬間、腹の音が響き渡る。思えば、朝に食ったきり、何にも口に入れてない。いくら輸液で栄養をぶち込んでいたとしても、腹ん中は空になる。

 が、食っていいのかすら分からねえ。医者は、食事を栄養士に任せると言っていた。だが、その「任せる」意味は、レシピを考えるだけなのか、調理までしてくれるのか分からねえ。仮に調理までするとして、どこで飯を食うかも分からねえ。そもそも、あの医者を信じて良いかが分からねえ。

 一応、直ぐに食えるもんは、荷物袋に詰めてある。
 いや、駄目だ。万が一、食ってる最中に司祭が料理を持ってきたりしたら、思いきり気まずい。

「失礼致します」
 司祭が部屋へ入ってくる。それに気付いた俺が顔を上げると、司祭は嬉しそうに微笑んだ。

「顔色に赤みが戻った様で安心しました。ささやかながら夕食を用意したのですが、召し上がりますか?」
 流石……と言ったところか、用意したと聞けば大抵の奴は断らない。相手が遠慮したところで、一人じゃ食べきれないとか言やあ、食うことにするだろう。ありがたく頂くとする。

 ところが、俺が返事をする前に、腹の音が部屋の中に響き渡る。

「わかりました。では、冷めないうちに食べてしまいましょう」
 その盛大な音を聞いた司祭は、口元を押さえながら話す。いっそ笑ってくれ。

「では、食堂にご案内いたします」
 司祭は微笑みながら話を進めていく。とにかく、先ずは腹を満たしちまおう。そう考えた俺は、ベッドから立ち上がり、司祭の後を追った。

 司祭の後を追って行くと、旨そうなコンソメの匂いが漂ってきた。旨そうな匂いを嗅いだせいで、また腹が鳴りそうだ。

「こちらが食堂です。スープを用意してまいりますので、座ってお待ちください」
 俺が居た部屋より広いところへ着くと、司祭は食堂の奥へ向かう。俺の目の前には、質素な木造りのテーブル。そのテーブルの真ん中に、白い布を掛けられた楕円形のバスケット。それと、テーブルの周りには、背もたれ付きの椅子が12脚。

 そのうち2つは、偉い奴が座る位置だったか? 椅子も、他の10脚より高そうだ。とにかく、横並びになった椅子の真ん中に座っておくか。

 そこまで考えたところで、俺は椅子に腰を下ろした。座った瞬間、背もたれに背中をぶつけたが、前より痛みは引いている様だ。この分なら、直ぐにでも旅を再開出来そうだ。

 一息ついた頃、司祭は持ち手の付いた板を持って現れる。板の上には、白い容器に注がれたスープと銀色のスプーンが何本か。それと、瓶詰めされたジャムが乗せられている。
 司祭は俺の横に立つと、スープの入った容器とスプーンを置いていく。それから、少し歩いて俺の前に来て、板を傍らに置いて椅子に座った。

「スープもパンも沢山有りますから、遠慮なく召し上がって下さい」
 自分の分のスープをテーブルに置くと、司祭はバスケットに掛けられた布を外す。そのバスケットの中には、旨そうなパンが沢山。それも、二人では食べきれない位の量が入っている。

「あいにく、バターは切らしておりますが、ジャムは数種類ございます。お好きな味を使って下さい」
 司祭はジャム瓶をバスケットの横に並べると、目を細める。ジャム瓶の上には、それぞれ小さなスプーンが乗せられ、変わりに板の上は空になった。

「それでは、頂きましょう」
 色とりどりのジャムに気を取られているうちに、司祭は目を瞑って両手を胸の前で合わせていた。祈り方は良く分からねえ。だが、司祭がやっている様に、手を合わせる位はしておく。

 暫くして司祭は目を開き、合わせていた手を解いた。俺は司祭に礼を言って、温かな湯気が立ち上るスープを口に含む。肉や野菜の旨みが出てやがる。旨いけど、俺の表現力は貧困で、その旨さをどう表現したら良いか分からねえ。

「お口に合いましたか?」
 司祭は、にこやかな笑顔で聞いてきた。素直に、旨いと答えておく。

「良かった。複数人で食べるのは久しぶりだったので、味が偏っていないか心配で」
 俺の言葉を聞いた司祭は、安心した様子で胸に手を当てる。

「本当は、貴方を教会まで運んで下さった方もお誘いしたのですが、時間が無いと断られてしまいまして」
 ってことは、俺を助けた奴は別に居るのか? 俺は、その人物のことが気になり、思わず司祭に聞き返した。

「正午前でしたでしょうか。ぐったりとして殆ど動かない貴方が、白い馬に乗せられて来たのは」
 司祭は、俺が教会に連れて来られた時の状況を話し始めた。

「私が呼び鈴に気付いて外へ出た時、赤く染まった服を着た方がいました。その方が言うには、旅の途中で倒れている男を見たから連れて来た。教会で休ませることは出来ないかと。始めは、事情が良く飲み込めませんでしたが、馬の背に乗せられた貴方を見た途端、ただ事では無いと感じまして。それで、ベッドをお貸しすることになったのですが、その方は軽々と貴方を抱きかかえると部屋までの案内を頼んできました。幸い、そう広くない教会ですから、客室への移動は直ぐに終わりました。仰向けに寝かされた貴方を見た時、真っ先に止血をしなければと思いました。何分、服は所々ボロボロに破けていましたし、服の殆どが血に染まっていましたから。しかし、その方は言ったのです。失血性ショックで気を失ってはいるが、傷は塞いであると。始めは、傷は塞いであるという意味が分かりませんでした。結論から言うと、その方は回復術の能力に秀でていて、その場で傷を塞いできたのだそうです。そして、傷は塞いだものの何をしても目を覚まさないので、再び何者かに襲われ無い様、街まで運んできたそうです。これが、貴方と、貴方を運んできた方について私の知り得るところです」
 司祭は、ところどころで俺の反応を見ながら説明して、最後に俺の目を見た。結局、俺を助けた奴について分かったのは、結構な力持ちで回復術の使い手か。

 そういや、そいつは何処に向かったんだ?
 司祭の話からして、少なくともここには居ない。ダメ元で、司祭に聞いてみる。

「何処に向かわれたか……ですか。残念ながら、そこまでは聞いておりません」
 そいつの行き先を尋ねると、司祭は少し困った様子で話す。

「何と言いますか……必要な事しか仰らない方でして、貴方の状態以外は殆ど話しませんでしたから」
 説明を付け加えると、司祭は苦笑いを浮かべた。

「話は、これ位にしておきましょう。冷めたスープは美味しくございませんから」
 結局、その後の会話が無いまま食事は終わり、司祭は食後の茶を用意すると言って消えた。勧められるままに食ってきたが、流石に腹がきつい。

 スープは「おかわり攻撃」を何回か受けたし、パンに至っては何個食ったか分からねえ。せっかくの厚意を無下にする訳にもいかねえし、腹も減ってたから良いんだが。それに、パンはジャムが何種類も有ったから飽きなかった。特に、ミルクジャムは初めて食ったから幾らでもいけた。バターにしろチーズにしろ、乳製品はパンに合うもんだな。

「お待たせ致しました」
 俺が、膨れた腹をさすっていると、司祭はプレートにポットやカップを乗せて戻ってきた。カップの大きさは普通だが、ポットの大きさはどうなんだ?

 二人しか居ねえってのに、ポットは人の頭くらいの大きさが有る。また、あの攻撃を受けるのはきついな……何杯も飲んだら、逆流するぞ流石に。

「ダージリンを濃いめに淹れてきました。苦かったら言って下さい」
 司祭は、カップに紅茶を注ぐと、俺の前に差し出す。それから、俺は司祭が茶を飲み始めたのを見計らってカップに口を付ける。多少は苦い気もするが、飲めない程じゃない。むしろ、口の中がすっきりした気さえする。

「お味は如何ですか?」
 俺がカップを置くと、司祭は首を傾げながら話す。感じたままに言っとく。

「それは良かったです。たっぷり淹れてきましたので、遠慮なく飲んで下さい」
 まずった。これじゃ、スープと同じで空になる度に注いでくる勢いだ。適当に切り上げ無いと。いや、ひとまず俺から話題を振って、注ぐ隙を与えないようにするか。丁度、聞きてえ事も有ったし。そう考えた俺は、助けて貰ったお礼に何か出来ることは無いか訊ねた。

「いえいえ、お礼など考えなくて結構ですよ」
 予想していた反応だが、ここで引き下がる訳にはいかない。司祭には、色々と世話になったからな。そう考えた俺は、こう見えても自分は一端の魔法使いだと司祭へ告げる。世の中には、魔法を使った方が楽な作業は幾らでも有る。

「魔法使いの方でしたか。しかし、今の状態では体に負担が掛かるでしょう?」
 司祭は、少しの間をおいてから話した。体の心配をしているみてえだが、お陰で結構回復している。だから、俺は体力も魔力も回復したと司祭に告げた。

「そこまで仰って下さるなら、貴方にお願いしたいことがございます。実は、毎年この時期になると、体の弱い方などの為に教会で暖炉用の薪を用意しております。ですが、これが結構な重労働でして……もし魔法で何とか出来るなら手伝って頂けないかと」
 なる程、寒くなる前に薪を用意しているが、木を切り出すにしろ、薪を割るにしろ、力の要る仕事だ。若いとはいえない司祭にはきつい仕事だろう。快く引き受けさせて貰う。

「ありがとうございます。薪にする木は、既に乾燥までの工程を終えているので、それらの薪割りをお願い出来ますか?」
 木材の量は知らねえけど、薪を割るだけなら予想してたより楽そうだ。風属性の魔法を上手く使えば、重い斧だって使わなくて良い。今まで何かと自然魔法を使ってきた俺にとっては、朝飯前の仕事だ。

「それは頼もしいです。ですが、今日はもう遅いですし、詳しいことは明日説明致しますね」
 俺が自信有り気に言ったせいか、司祭は嬉しそうに話す。散々世話になったんだ、これ位で喜んで貰えるなら安いもんだ。その後、ちょっとした自己紹介や世間話をして、俺は明日に備えて休むことにした。自己紹介は今更な気もするが、やる機会が無かったのも確かだ。始めのうちは俺が気を失っていたし、意識が回復してからも落ち着いて話すことが無かった。いや、食事を始めた辺りにしときゃ良かったか。というか、その方が普通だったな。互いの名前を知らなきゃ、話をするのに戸惑うことも有る。

 ま、過ぎたことをうだうだ考えても仕方ねえ。それに、これでも一応ぶっ倒れた身だ。休むべき時に休んじまおう。俺は部屋の明かりを消し、ベッドに潜り込んだ。
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登場人物紹介

ダーム
 
大体元気なショタっ子。

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