子供だった頃の守り人・2
文字数 2,649文字
「どうやら、驚かせてしまった様です。あまりにも、イーゼス氏……ああ、今までそこに座っていた男性のことです」
そう仰ると、司祭様は目の前の席を指し示しました。
「こんな天使の様な子供に、酷いことを仰っておいででしたので思わず」
何時もながら、さり気なく上手いことを言えるというのは尊敬に値します。エーレン・ハイリヒカイト・キントハイム。その聡明で物腰の柔らかい司祭が、多くの方々に尊ばれていることは自明。そして、彼が信頼を寄せる人物もまた同じ。
「さて、紅茶が冷めない内に飲んでしまいましょう。頂きものの美味しいお菓子も有りますから」
そう仰るや否や、司祭様は目の前に有るカップを引き寄せ、私へ開いている席に座るよう目配せをなさいました。そして、私が少女の分の紅茶を差し出している間に、大時計の振り子室から焼き菓子の入った箱を出してきました。
司祭様は、人を笑わせようとしてか、時にお茶目なことをなさいます。特に、初対面の方々の緊張を解く際に、やっておりますが……それに全く反応を見せない少女というのも、気にはなりますね。
私も座って、一服致しましょうか。司祭様も、私が座るのを待っておられるようですから。私が着席した時、司祭様は焼き菓子の入った箱を嬉しそうに開けました。
「美味しそうでしょう?」
そう仰ると、司祭様は少女の反応を伺う様に首を傾げ満面の笑顔を浮かべました。
「バターをたっぷり使っているものと、チョコレートを混ぜてあるもの……それと、甘いクリームを挟んだものが有るんですよ」
司祭様の仰る通り、箱の中には、様々な菓子が甘い香りを漂わせながら鎮座していました。ところが、少女はと言うと、俯いたまま反応を見せません。あの位の子供なら、多かれ少なかれ、反応を示しそうなものですが。
やっぱり、何かが違っている様な予感が致します。すると、司祭様も何かを感じとったのか、それとも元々の気質なのか、箱から菓子を取って美味しそうに食べ始めました。そして、箱を少女の目の前に差し出しました。
「とっても、美味しいですよ。そこのお兄さんが食べ尽くさない内に、好きなものを取って下さいね」
おどけた口振りで緊張が解けたのか、少女は恐る恐る箱へ手を伸ばし、一番近くにあった菓子を手に取りました。何だか、勝手に悪者にされた感じもありますが、良しとしますか。結果的に、多少は心を開いてくれたみたいですから。
孤児院に来る子供というのは、多かれ少なかれ心に傷を負っています。特に、一人で生きていく術を持たない年の場合、親との離別だけでも深い傷を負うことがあると。その上、親から捨てられた子供や、虐待を繰り返す親から保護された子供は、なかなか心を開いてはくれない。だとすれば、この少女の心を開くのは……
「ほら、取って下さい」
どうやら、私が色々と考えている間に、菓子箱を差し出されていたようです。考え始めると、周りが見えなくなるのは、私の悪い癖ですね。一先ず、一番個数の多そうなものを取って会釈をしましょうか。少ないものを取るのは気が引けますから。
「好きなだけ食べて下さいね」
少女は先ほど手に取った菓子を、まだ食べ終わってはいないのですが。まあ、少女は痩せ細っているようですし、沢山食べる様にしてあげた方がいいかも知れません。
少女はと言うと、怯えながら司祭様の顔を見つめ、小さく頷きました。そして、彼女は少しずつながらも焼き菓子を食べ進めていきます。それを見た司祭様は安心したように目を細めました。
「ああ、そうだ。この間作った苺ジャムって残ってます? あれをつけて食べると、もっと美味しくなるんですよね」
私は「残っていますよ」と返すと、ジャムを保存している調理場へ向かいました。
孤児院の片隅には、食料を賄う為の畑があります。もっとも、食料全てを賄うものではありませんが、おやつやおかずに、自分達が育てたものが出てくるのは教育的にも良いのだとか。まあ……調理しないで食べられるものは、食卓に並ぶ前に食べ尽くされもしますが。
変な話、話に出た苺ジャムの原料は、狙われにくい小粒の苺を集めたものでしたからね。ジャムにするなら、形や甘さはさほど問題ではありません。と、考えながら歩いていたら、調理場を通り過ぎてしまいました。全く、この悪い癖は治さなければいけませんね。
ついでに、新しい紅茶を淹れていきますか。ティーポットごと持っていけば、何杯かはお代わり出来ますしね。先ずは、ケトルを火にかけて。ティーポットには、先程使った茶葉が残っていますが、新しいものを使った方がいいですね。時間が経つと香りは飛びますし、美味しくないでしょう。一先ず、古い茶葉は捨てて、ジャムとジャムスプーンを用意しましょう。新しい茶葉を入れるのは、お湯が沸いてからの方が良さそうですし。
さて、ジャムは日の当たらない戸棚、スプーンは食器棚から出して。トレイを応接室に置いてきたのは失敗でしょうか? まあ、数は多く無いので大丈夫とは思いますが。
一息ついたら、コンロの方から、頭に響く音が聞こえてきました。どうやら、お湯が沸いたようです。沸騰をしたら、音で知らせるというのは、便利です。他の作業をしていても、あの独特の高音は気付きやすい。火を止めて、先ずは少しのお湯でティーポットを温めてから、茶葉を用意しますか。
先ず、古い茶葉を捨ててしまって。ティーポットを軽く濯いで、お湯を半分くらい入れておきますか。そうすれば、いい具合にポットが温まるでしょうし。紅茶缶も棚から出して用意しましたし、その間にポットも温まったことでしょう。一旦、ポットのお湯を捨てて、新しい茶葉を入れましょうか。
何だか、お湯が勿体無い気もしますが……まあ、紅茶の美味しさを逃がすよりは良いでしょう。考えを断ち切る為に小さく首を振り、堅く閉められた缶の蓋を開きました。やっぱり、お客様用のダージリンは、高級な香りがする……そんな感じがします。
とりあえず、乾いた綺麗なスプーンで二杯ほどポットに入れましょう。勿論、香りが逃げないように缶の蓋は閉めて。お湯を、ゆっくり茶葉にかける様にして。蒸らすのは、応接間へ行くのに掛かる時間でいいでしょう。既に、お二人を待たせてしまっていますしね。そうそう、ジャムとスプーンも持ちまして……片手だと、ちょっと持ちにくいですが、このまま戻りますか。
なんとか、ジャムもポットも落とさずに戻ると、司祭様は待ちくたびれたように立ち上がりました。
そう仰ると、司祭様は目の前の席を指し示しました。
「こんな天使の様な子供に、酷いことを仰っておいででしたので思わず」
何時もながら、さり気なく上手いことを言えるというのは尊敬に値します。エーレン・ハイリヒカイト・キントハイム。その聡明で物腰の柔らかい司祭が、多くの方々に尊ばれていることは自明。そして、彼が信頼を寄せる人物もまた同じ。
「さて、紅茶が冷めない内に飲んでしまいましょう。頂きものの美味しいお菓子も有りますから」
そう仰るや否や、司祭様は目の前に有るカップを引き寄せ、私へ開いている席に座るよう目配せをなさいました。そして、私が少女の分の紅茶を差し出している間に、大時計の振り子室から焼き菓子の入った箱を出してきました。
司祭様は、人を笑わせようとしてか、時にお茶目なことをなさいます。特に、初対面の方々の緊張を解く際に、やっておりますが……それに全く反応を見せない少女というのも、気にはなりますね。
私も座って、一服致しましょうか。司祭様も、私が座るのを待っておられるようですから。私が着席した時、司祭様は焼き菓子の入った箱を嬉しそうに開けました。
「美味しそうでしょう?」
そう仰ると、司祭様は少女の反応を伺う様に首を傾げ満面の笑顔を浮かべました。
「バターをたっぷり使っているものと、チョコレートを混ぜてあるもの……それと、甘いクリームを挟んだものが有るんですよ」
司祭様の仰る通り、箱の中には、様々な菓子が甘い香りを漂わせながら鎮座していました。ところが、少女はと言うと、俯いたまま反応を見せません。あの位の子供なら、多かれ少なかれ、反応を示しそうなものですが。
やっぱり、何かが違っている様な予感が致します。すると、司祭様も何かを感じとったのか、それとも元々の気質なのか、箱から菓子を取って美味しそうに食べ始めました。そして、箱を少女の目の前に差し出しました。
「とっても、美味しいですよ。そこのお兄さんが食べ尽くさない内に、好きなものを取って下さいね」
おどけた口振りで緊張が解けたのか、少女は恐る恐る箱へ手を伸ばし、一番近くにあった菓子を手に取りました。何だか、勝手に悪者にされた感じもありますが、良しとしますか。結果的に、多少は心を開いてくれたみたいですから。
孤児院に来る子供というのは、多かれ少なかれ心に傷を負っています。特に、一人で生きていく術を持たない年の場合、親との離別だけでも深い傷を負うことがあると。その上、親から捨てられた子供や、虐待を繰り返す親から保護された子供は、なかなか心を開いてはくれない。だとすれば、この少女の心を開くのは……
「ほら、取って下さい」
どうやら、私が色々と考えている間に、菓子箱を差し出されていたようです。考え始めると、周りが見えなくなるのは、私の悪い癖ですね。一先ず、一番個数の多そうなものを取って会釈をしましょうか。少ないものを取るのは気が引けますから。
「好きなだけ食べて下さいね」
少女は先ほど手に取った菓子を、まだ食べ終わってはいないのですが。まあ、少女は痩せ細っているようですし、沢山食べる様にしてあげた方がいいかも知れません。
少女はと言うと、怯えながら司祭様の顔を見つめ、小さく頷きました。そして、彼女は少しずつながらも焼き菓子を食べ進めていきます。それを見た司祭様は安心したように目を細めました。
「ああ、そうだ。この間作った苺ジャムって残ってます? あれをつけて食べると、もっと美味しくなるんですよね」
私は「残っていますよ」と返すと、ジャムを保存している調理場へ向かいました。
孤児院の片隅には、食料を賄う為の畑があります。もっとも、食料全てを賄うものではありませんが、おやつやおかずに、自分達が育てたものが出てくるのは教育的にも良いのだとか。まあ……調理しないで食べられるものは、食卓に並ぶ前に食べ尽くされもしますが。
変な話、話に出た苺ジャムの原料は、狙われにくい小粒の苺を集めたものでしたからね。ジャムにするなら、形や甘さはさほど問題ではありません。と、考えながら歩いていたら、調理場を通り過ぎてしまいました。全く、この悪い癖は治さなければいけませんね。
ついでに、新しい紅茶を淹れていきますか。ティーポットごと持っていけば、何杯かはお代わり出来ますしね。先ずは、ケトルを火にかけて。ティーポットには、先程使った茶葉が残っていますが、新しいものを使った方がいいですね。時間が経つと香りは飛びますし、美味しくないでしょう。一先ず、古い茶葉は捨てて、ジャムとジャムスプーンを用意しましょう。新しい茶葉を入れるのは、お湯が沸いてからの方が良さそうですし。
さて、ジャムは日の当たらない戸棚、スプーンは食器棚から出して。トレイを応接室に置いてきたのは失敗でしょうか? まあ、数は多く無いので大丈夫とは思いますが。
一息ついたら、コンロの方から、頭に響く音が聞こえてきました。どうやら、お湯が沸いたようです。沸騰をしたら、音で知らせるというのは、便利です。他の作業をしていても、あの独特の高音は気付きやすい。火を止めて、先ずは少しのお湯でティーポットを温めてから、茶葉を用意しますか。
先ず、古い茶葉を捨ててしまって。ティーポットを軽く濯いで、お湯を半分くらい入れておきますか。そうすれば、いい具合にポットが温まるでしょうし。紅茶缶も棚から出して用意しましたし、その間にポットも温まったことでしょう。一旦、ポットのお湯を捨てて、新しい茶葉を入れましょうか。
何だか、お湯が勿体無い気もしますが……まあ、紅茶の美味しさを逃がすよりは良いでしょう。考えを断ち切る為に小さく首を振り、堅く閉められた缶の蓋を開きました。やっぱり、お客様用のダージリンは、高級な香りがする……そんな感じがします。
とりあえず、乾いた綺麗なスプーンで二杯ほどポットに入れましょう。勿論、香りが逃げないように缶の蓋は閉めて。お湯を、ゆっくり茶葉にかける様にして。蒸らすのは、応接間へ行くのに掛かる時間でいいでしょう。既に、お二人を待たせてしまっていますしね。そうそう、ジャムとスプーンも持ちまして……片手だと、ちょっと持ちにくいですが、このまま戻りますか。
なんとか、ジャムもポットも落とさずに戻ると、司祭様は待ちくたびれたように立ち上がりました。