動物的本能で勝てない相手からは何か知らんが避ける
文字数 3,482文字
「ご紹介します。1対1の戦いにスパイスを加える、おおきなイカのおーちゃんです!」
司会は、ステージ奥へ向けて手を伸ばした。その様子にベネットは溜め息を吐き、アイーシャは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「おーちゃんは、結構お腹が空いているみたいなので、食べられないように逃げて下さいね」
笑いながら言うと、司会は出場者の居る方へ向き直った。ライラは、彼女の話に表情を強張らせ、フィーラはぼんやりとステージを見上げる。
「あ、でもその前に助けに行きますよ?」
思い出したように加えると、司会は参加者の顔を軽く見る。
「それに、本体は閉じ込めてありますし、砂浜に下りたら干からびてしまうでしょ……多分」
司会の声は段々小さくなり、観客の中には溜め息を吐く者まで現れた。アイーシャは、そんな司会に詰め寄ろうとするが、数歩進んだところで思い留まる。
「戦い方は準々決勝と変わりませんが、おーちゃんの攻撃にもご注意下さい」
そこまで言うと、司会はアイーシャとフィーラの方を見た。
この時、フィーラは諦めたような表情を浮かべ、アイーシャは渋々といった様子で頷く。彼女等の反応を見た司会は軽く目を瞑り、ゆっくり息を吸い込んだ。
「次の戦いは、アイーシャ選手対フィーラ選手。獲得したボールの合計数は41ですので、武器は銃です」
司会は次の戦いの案内をすると、右手を対戦場所へ向け勢い良く振り上げる。
「アイーシャ選手は向って左、フィーラ選手は右からお願いします」
2人は武器となる銃を手渡され、慎重に梯子を上っていった。アイーシャとフィーラは、ステージ奥に居る生物を気にしながら梯子を登り切り、それを見た司会は司会開始のカウントを始める。
「3……2……1……スタート!」
試合開始の合図に、アイーシャとフィーラは前進を始めるが、それは先ほどとは比べてゆっくりとしたものだった。
「あ、そうそう。水着を破かないように用意した潤滑剤は、おーちゃんから出た新鮮なものを使用しています」
アイーシャは、それを聞くなり眉間に皺を寄せ、ステージ上から司会の顔を睨み付ける。そして、彼女は大きな溜め息を吐くと、前方を見据えフィーラの方へ向かっていった。しかし、アイーシャの行く手を遮るように、ステージ奥の生物は太い腕を伸ばし、彼女の体を掴もうとする。彼女は、すんでのところで後退し、獲物を取り損ねた赤黒い触腕はゆっくり戻っていった。
アイーシャとフィーラが乗っている棒には、粘度の高い体液が付着し、それは糸を引きながら滴り落ちる。それを見たアイーシャの顔は引き攣り、フィーラは息を飲んで光を受けて輝く粘液を見つめていた。
「危ない! アイーシャ選手、もう少しでおーちゃんの魔の手に」
司会の軽い言葉に、アイーシャの表情は険しくなり、掌に爪痕が残る程に手を握り締める。彼女は、早く決着をつけようと体を前に出すが、棒に付着する粘液へ触れることを躊躇ったのか、大きく動きはしなかった。フィーラも、妖しい光を放つ粘液を警戒して静止し、その顔は段々と青褪めていく。
「おっと、2人ともおーちゃんの攻撃に驚いているようです」
司会が言葉を発すると、対戦中の2人は彼女の姿を一瞥する。
その時、檻に入れられた生物は不規則に手脚を動かし、2人の動きを間接的に封じていた。アイーシャとフィーラは、対戦者よりも巨大な生物に気を配っており、そのせいか勝負の動きは止まっている。
「どうやら、2人共おーちゃんの強さに驚いて動けないようです!」
観客は、固唾をのんで対戦中の2人を見守り、当の2人はあちこちに目線を送りながら警戒をしている。アイーシャは、左方に注意しながら前進し、フィーラへ攻撃する機会を窺った。フィーラは、彼女の攻撃に対して身構えるが、その胴には生臭い匂いを放つ触腕が巻き付けられてしまう。
その冷たい感触にフィーラは声を漏らし、小さく体を震わせた。彼女は、必死にその腕を取り去ろうとするが、それよりも前にアイーシャが攻撃を始める。フィーラは、何とかして攻撃を防ごうとするが、触腕に引っ張られないようにすることで精いっぱいであった。彼女の胸元には赤い液体が放たれ、巨大な生物はその刺激に驚いたのか腕先をフィーラの胴から離した。
「準決勝1回戦の勝者はアイーシャ選手。相手の隙を上手くついての攻撃です!」
勝敗を聞いたアイーシャはそそくさと梯子を下り始め、フィーラは何時襲ってくるか分からない腕に怯えながら後退した。
「次の戦いは、ライラ選手対ベネット選手。ボール獲得数の合計は39ですので武器は銃。ライラ選手は向って左、ベネット選手は右からお願いします」
司会の指示を聞いたベネットは梯子の有る方へ向かい、ダームはそんな彼女を目で追った。少年の表情には不安が浮かび、仲間の無事を祈るように手を組んでいる。そんなダームの気持ちを感じ取ったザウバーは、彼の肩を軽く叩いた。
「心配しなくて大丈夫だろ。あいつのことだ、攻撃されても軽くかわすだろうし」
ダームは、ザウバーの顔を見上げると、不安そうな表情のまま口を開いた。
「でも、もし掴まれたら」
しかし、少年は考えの全てを言い終わらぬうちに話を止め、涙を浮かべて俯いた。ザウバーは、ステージを見上げてベネットの姿を確認し、それからダームの頭に右手を乗せる。
この時、ベネットは梯子を登り始めており、司会は静かに選手の動きを眺めていた。
「あいつの力を信じろって。それに、いざとなったら俺らで助けりゃいい」
ダームは、ザウバーの話に頷き、軽く目を擦って笑顔を浮かべる。
「では、カウントを始めます!」
司会の声にダームは顔を上げ、ザウバーは彼の頭に乗せていた手をどかした。
ダームは、目を見開いてベネットの姿を見つめ、無言のまま試合開始を待つ。試合前のベネットは、真っ直ぐに前を見つめており、その表情に恐怖や不安は浮かんでいない。
「3……2……1……スタート!」
開始の合図を聞いたライラとベネットは前進を始め、互いの攻撃へ注意するように睨み合う。彼女等の横に居る生物は、うねうねと腕を動かしながら2人の動きを窺っており、彼女等に隙があれば直ぐにでも腕の先を伸ばそうとしていた。巨大な生物は、ライラの方へ腕を伸ばし、彼女はそれを避ける様に後退する。その生物は、今度はベネットに狙いを定め、ダームは心配そうに声を漏らす。
ベネットは、生物の居る方へ顔を向けると、目を細めてその生物を睨み付けた。すると、巨大な生き物は伸ばした腕を戻し、再びライラの方へその腕を向ける。
「おっと、どうしたことでしょう? おーちゃん、ベネット選手へ向けていた腕を、ライラ選手へ向け直しました」
そう司会が話している時、ライラはそれを避ける様に体を仰け反らせた。彼女は、ぎりぎり大烏賊の攻撃を避けるが、その柔らかな大腿には白く濁った粘液が付着する。
「ライラ選手、危ない! もう少しで、おーちゃんにつかまってしまうところでした!」
その声を聞いたライラは、胸に手を当てて呼吸を整え、高ぶった気持ちを落ち着けようとする。この時、餓えた生き物は触碗をゆっくりと引いていき、それを見たライラは素早く前進を始める。彼女は、銃の射程距離に入ると、ここぞとばかりにベネットへの攻撃を開始した。ところが、ライラの攻撃はことごとくかわされ、ついには引き金を引いても液体は射出されなくなってしまう。
「おっと、ライラ選手、弾切れかー?」
司会が間の抜けた声を発する中、ライラは慌てて後退を始め、ベネットからの攻撃を避けようとする。しかし、そんなライラを捕まえようと、彼女の横に居る生物はその背中側へ触腕を伸ばした。
彼女が触腕の存在に気付いた時は既に遅く、ライラの胴体にはしっかりと触腕が巻き付けられていた。ライラは、掴まれたまま左側へ引っ張られていき、ついには巨大な生物の方へ引き寄せられていく。
「ライラ選手の落下により、ベネット選手の勝利! 救護班はライラ選手の救助に向かって下さい」
司会が指示を出した時、ライラは自力で触腕の束縛から逃れ、そのまま砂浜へと転げ落ちた。その後、彼女は気丈に立ち上がり、一目散にテントの方へ向かっていった。
「えっと……ライラ選手、大丈夫なんでしょうか?」
司会は、言いながらライラの姿を目で追い、心配そうな表情を浮かべる。
その時、既にライラはテントへ戻っており、彼女の状態を目視することは出来なかった。彼女の対戦相手であるベネットと言えば、涼しい表情で梯子を下り始めており、それを見た司会は小さく頷く。
司会は、ステージ奥へ向けて手を伸ばした。その様子にベネットは溜め息を吐き、アイーシャは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「おーちゃんは、結構お腹が空いているみたいなので、食べられないように逃げて下さいね」
笑いながら言うと、司会は出場者の居る方へ向き直った。ライラは、彼女の話に表情を強張らせ、フィーラはぼんやりとステージを見上げる。
「あ、でもその前に助けに行きますよ?」
思い出したように加えると、司会は参加者の顔を軽く見る。
「それに、本体は閉じ込めてありますし、砂浜に下りたら干からびてしまうでしょ……多分」
司会の声は段々小さくなり、観客の中には溜め息を吐く者まで現れた。アイーシャは、そんな司会に詰め寄ろうとするが、数歩進んだところで思い留まる。
「戦い方は準々決勝と変わりませんが、おーちゃんの攻撃にもご注意下さい」
そこまで言うと、司会はアイーシャとフィーラの方を見た。
この時、フィーラは諦めたような表情を浮かべ、アイーシャは渋々といった様子で頷く。彼女等の反応を見た司会は軽く目を瞑り、ゆっくり息を吸い込んだ。
「次の戦いは、アイーシャ選手対フィーラ選手。獲得したボールの合計数は41ですので、武器は銃です」
司会は次の戦いの案内をすると、右手を対戦場所へ向け勢い良く振り上げる。
「アイーシャ選手は向って左、フィーラ選手は右からお願いします」
2人は武器となる銃を手渡され、慎重に梯子を上っていった。アイーシャとフィーラは、ステージ奥に居る生物を気にしながら梯子を登り切り、それを見た司会は司会開始のカウントを始める。
「3……2……1……スタート!」
試合開始の合図に、アイーシャとフィーラは前進を始めるが、それは先ほどとは比べてゆっくりとしたものだった。
「あ、そうそう。水着を破かないように用意した潤滑剤は、おーちゃんから出た新鮮なものを使用しています」
アイーシャは、それを聞くなり眉間に皺を寄せ、ステージ上から司会の顔を睨み付ける。そして、彼女は大きな溜め息を吐くと、前方を見据えフィーラの方へ向かっていった。しかし、アイーシャの行く手を遮るように、ステージ奥の生物は太い腕を伸ばし、彼女の体を掴もうとする。彼女は、すんでのところで後退し、獲物を取り損ねた赤黒い触腕はゆっくり戻っていった。
アイーシャとフィーラが乗っている棒には、粘度の高い体液が付着し、それは糸を引きながら滴り落ちる。それを見たアイーシャの顔は引き攣り、フィーラは息を飲んで光を受けて輝く粘液を見つめていた。
「危ない! アイーシャ選手、もう少しでおーちゃんの魔の手に」
司会の軽い言葉に、アイーシャの表情は険しくなり、掌に爪痕が残る程に手を握り締める。彼女は、早く決着をつけようと体を前に出すが、棒に付着する粘液へ触れることを躊躇ったのか、大きく動きはしなかった。フィーラも、妖しい光を放つ粘液を警戒して静止し、その顔は段々と青褪めていく。
「おっと、2人ともおーちゃんの攻撃に驚いているようです」
司会が言葉を発すると、対戦中の2人は彼女の姿を一瞥する。
その時、檻に入れられた生物は不規則に手脚を動かし、2人の動きを間接的に封じていた。アイーシャとフィーラは、対戦者よりも巨大な生物に気を配っており、そのせいか勝負の動きは止まっている。
「どうやら、2人共おーちゃんの強さに驚いて動けないようです!」
観客は、固唾をのんで対戦中の2人を見守り、当の2人はあちこちに目線を送りながら警戒をしている。アイーシャは、左方に注意しながら前進し、フィーラへ攻撃する機会を窺った。フィーラは、彼女の攻撃に対して身構えるが、その胴には生臭い匂いを放つ触腕が巻き付けられてしまう。
その冷たい感触にフィーラは声を漏らし、小さく体を震わせた。彼女は、必死にその腕を取り去ろうとするが、それよりも前にアイーシャが攻撃を始める。フィーラは、何とかして攻撃を防ごうとするが、触腕に引っ張られないようにすることで精いっぱいであった。彼女の胸元には赤い液体が放たれ、巨大な生物はその刺激に驚いたのか腕先をフィーラの胴から離した。
「準決勝1回戦の勝者はアイーシャ選手。相手の隙を上手くついての攻撃です!」
勝敗を聞いたアイーシャはそそくさと梯子を下り始め、フィーラは何時襲ってくるか分からない腕に怯えながら後退した。
「次の戦いは、ライラ選手対ベネット選手。ボール獲得数の合計は39ですので武器は銃。ライラ選手は向って左、ベネット選手は右からお願いします」
司会の指示を聞いたベネットは梯子の有る方へ向かい、ダームはそんな彼女を目で追った。少年の表情には不安が浮かび、仲間の無事を祈るように手を組んでいる。そんなダームの気持ちを感じ取ったザウバーは、彼の肩を軽く叩いた。
「心配しなくて大丈夫だろ。あいつのことだ、攻撃されても軽くかわすだろうし」
ダームは、ザウバーの顔を見上げると、不安そうな表情のまま口を開いた。
「でも、もし掴まれたら」
しかし、少年は考えの全てを言い終わらぬうちに話を止め、涙を浮かべて俯いた。ザウバーは、ステージを見上げてベネットの姿を確認し、それからダームの頭に右手を乗せる。
この時、ベネットは梯子を登り始めており、司会は静かに選手の動きを眺めていた。
「あいつの力を信じろって。それに、いざとなったら俺らで助けりゃいい」
ダームは、ザウバーの話に頷き、軽く目を擦って笑顔を浮かべる。
「では、カウントを始めます!」
司会の声にダームは顔を上げ、ザウバーは彼の頭に乗せていた手をどかした。
ダームは、目を見開いてベネットの姿を見つめ、無言のまま試合開始を待つ。試合前のベネットは、真っ直ぐに前を見つめており、その表情に恐怖や不安は浮かんでいない。
「3……2……1……スタート!」
開始の合図を聞いたライラとベネットは前進を始め、互いの攻撃へ注意するように睨み合う。彼女等の横に居る生物は、うねうねと腕を動かしながら2人の動きを窺っており、彼女等に隙があれば直ぐにでも腕の先を伸ばそうとしていた。巨大な生物は、ライラの方へ腕を伸ばし、彼女はそれを避ける様に後退する。その生物は、今度はベネットに狙いを定め、ダームは心配そうに声を漏らす。
ベネットは、生物の居る方へ顔を向けると、目を細めてその生物を睨み付けた。すると、巨大な生き物は伸ばした腕を戻し、再びライラの方へその腕を向ける。
「おっと、どうしたことでしょう? おーちゃん、ベネット選手へ向けていた腕を、ライラ選手へ向け直しました」
そう司会が話している時、ライラはそれを避ける様に体を仰け反らせた。彼女は、ぎりぎり大烏賊の攻撃を避けるが、その柔らかな大腿には白く濁った粘液が付着する。
「ライラ選手、危ない! もう少しで、おーちゃんにつかまってしまうところでした!」
その声を聞いたライラは、胸に手を当てて呼吸を整え、高ぶった気持ちを落ち着けようとする。この時、餓えた生き物は触碗をゆっくりと引いていき、それを見たライラは素早く前進を始める。彼女は、銃の射程距離に入ると、ここぞとばかりにベネットへの攻撃を開始した。ところが、ライラの攻撃はことごとくかわされ、ついには引き金を引いても液体は射出されなくなってしまう。
「おっと、ライラ選手、弾切れかー?」
司会が間の抜けた声を発する中、ライラは慌てて後退を始め、ベネットからの攻撃を避けようとする。しかし、そんなライラを捕まえようと、彼女の横に居る生物はその背中側へ触腕を伸ばした。
彼女が触腕の存在に気付いた時は既に遅く、ライラの胴体にはしっかりと触腕が巻き付けられていた。ライラは、掴まれたまま左側へ引っ張られていき、ついには巨大な生物の方へ引き寄せられていく。
「ライラ選手の落下により、ベネット選手の勝利! 救護班はライラ選手の救助に向かって下さい」
司会が指示を出した時、ライラは自力で触腕の束縛から逃れ、そのまま砂浜へと転げ落ちた。その後、彼女は気丈に立ち上がり、一目散にテントの方へ向かっていった。
「えっと……ライラ選手、大丈夫なんでしょうか?」
司会は、言いながらライラの姿を目で追い、心配そうな表情を浮かべる。
その時、既にライラはテントへ戻っており、彼女の状態を目視することは出来なかった。彼女の対戦相手であるベネットと言えば、涼しい表情で梯子を下り始めており、それを見た司会は小さく頷く。