interlude  「死人の世界」

文字数 2,593文字

夜。


今は誰にも使われなくなったはずのホテルに蠢く無数の人影。


非常に緩慢な動きの中で、ただひとつ獣の如く躍り舞うひとりの女性・・・



――――――!



それはシスター・カッドロゥ。

ホテルの廊下を駆け抜ける。


そして無数の人影は・・・



あー・・・



阿波津・怜子が生み出したゾンビの群れ。



ふっ!
がぁ・・・



顎を下から突き上げられ、仰け反ったところに鳩尾への正拳突き。


身体をくの字に曲げたゾンビの背後に回り込み、肘を後頭部に打ち下ろす。

そのまま地面に叩き付けられたゾンビの首を踏み折る。


それでゾンビが「死ぬ」ことはないが、神経伝達が途切れることにより首から下を動かすことができなくなる。



・・・次が最上階。



シスターは各階のゾンビを駆逐しながら、この廃ホテルの中を上へ上へと駆け上がっていた。

すでに数十体のゾンビを行動不能にしているが、予想を遥かに上回る数である。



「感染源」がゾンビになったのは、ここ数日の間のはず・・・


それからのたった数日でここまでの数のゾンビを生み出し、しかも統制しているとなると・・・


天使様の仰るとおり、上級の悪魔が関与しているやもしれませんね。



本来、ゾンビとは死に果てた者が未だ動いているというものであり、脳の状態からも知能は非常に低いものとなる。


だがこの場にいるゾンビたちは、確かに知能は低いものの、間違いなく誰かの指示を受け、それに従って行動している。



・・・最上階。

ここから、一際大きな魔力の気配を感じる。


感染源はここにいるはず・・・



最上階は大きな会議室となっていた。

その会議室の扉の前に、五体のゾンビが立ちはだかっていた。



門番・・・?

ゾンビが?


こちらに気付きながらも襲いかかってくる様子がないところを見ると、扉を守るように指示されているのか・・・


―――扉の前から動かないなら都合がいい。



扉に近付くものを排除するように命令されているのだろうか。

扉の前から動く気配のないゾンビたちに向かって手をかざし、シスターは詠唱を始める。



―――神の御業よ!


心正しきものには安らぎを 

邪悪なるものには永遠の眠りを


今我が前に立ちふさがりし

邪悪なる者共に


正義の裁きを与えたまえ!

あ・・・・・・
う・・・?



かざしたシスターの手から眩い光が放たれる。

その光に飲み込まれたゾンビ達の動きがピタリと止まり・・・


次の瞬間には同質量の白い粉になり、崩れ去っていた。



・・・さて、失礼。


どかっ!


身のこなしの優雅さとは裏腹に、閉ざされた会議室の扉を力任せに蹴破る。


―――中には五体のゾンビが身構えていた。



・・・・・・
・・・あら、今までのリビング・デッドよりは上等そうですね。



躊躇いなく部屋に足を踏み入れるシスター。

目の前の五体のゾンビのうち、どれがこの群れを仕切っているのか。


視線を巡らせているところへ・・・



―――捕まえた♪
―――!?



突如、シスターの背後からのし掛かってくる何者か・・・


蹴破られた扉の影に身を潜めていた、阿波津・怜子である。



待ち伏せ―――?



上等とはいえゾンビが?


そんな疑問を抱く間もなく、背に取りついた怜子はシスターの首筋に噛み付くべく、彼女の服を力任せに手繰り寄せようとする。



―――ふっ!



そうはさせまいと身体を大きく旋回させ、怜子を振り落とそうとするシスター。


だが、怜子も簡単には振り落とされない。

反動で体が宙を泳ぐが、シスターの修道服をしっかり掴んで離さない。



こ、の・・・!
――――――



振り落とせないと見て取ったシスターは、自らの腰ひもを素早くほどき、修道服のスカートを思い切り翻した。



え・・・



まくり上がった修道服の中、器用に身体を通したシスターは修道服を脱ぎ捨てて、怜子はその修道服に包まれる形となった。



うそっ!?
はっ!



修道服に包まれて宙を舞う怜子に対し、シスターが後ろ飛び回し蹴りを放つ。



きゃぁ!?



蹴り飛ばされた怜子は、固まって立っていたゾンビたちの中心に叩き落とされた。



いった~~~・・・


・・・見かけによらず、随分手慣れた脱ぎっぷりじゃない。

本職はストリッパーさん?

・・・神の御業よ!



怜子の軽口には聞く耳もたず、下着姿を恥じらう素振りもなく、神秘術の詠唱を始めるシスター。

だが、怜子もそれを待つつもりはない。



―――行け、ナツミ!
あああ・・・!



手近なゾンビを掴んでシスターに向かって放り投げる。


やむを得ず詠唱を中断し、飛来するゾンビから身をかわすシスター。



ぁう!



投げつけられたゾンビはシスターが立っていた空間を虚しく通り過ぎ、そのまま会議室の床に叩き付けられた。 



・・・・・・



これらのやりとりを、上から眺めている者がいた。  



神秘術を操るシスター・・・

唯一神教の悪魔祓い、それも上級の部類だな。



先日から姿を隠していた悪魔、トリカラ・マイウー。


察知されない霊体となって、この戦いを見下ろしていた。

通常のゾンビならば相手にもならんのだろうが・・・

その阿波津・怜子はひと味違うぞ?


そもそもゾンビと呼べるものなのかどうか・・・



楽しげに、ただ楽しげに。

誰ともなく悪魔は語り続ける。



別乃世・望。

アイツはとんだ期待はずれだったが・・・

だがそのお陰で、今この化け物がここにいる。


ゾンビである別乃世に、ゾンビの症状を移された者。


本来ゾンビに殺されてゾンビとなるべき者が、かすり傷でゾンビとなり、生前と変わらぬ状態で、ただ食人衝動とゾンビ感染能力のみを受け継いでいる。



あ~あ、ちゃんと当たらなきゃ。

やっぱりダメだよね、ナツミは♪

れ・・・い、こ・・・

・・・でもつまんないなぁ、おねぇさん。

「きゃー」とか「いやん」とか、ないの?


下着も地味だし・・・ナツミの貸してあげようか?

・・・!

ほらほら、怖い顔ばっかりしてないで。

もう来ないの?



通常のゾンビでは有り得んことだが、阿波津・怜子の身体能力が悪魔祓いのそれを遥かに上回っている。


奴はこの数日だけで、実に50余人の「内臓」を食らってきた。

魔力を高めるのに最適であると知ってか知らずか、それともただの直感か。


対峙しているあの悪魔祓いも感じているだろう―――

奴の「力」は中位の悪魔に匹敵している。


もはや、人の身で太刀打ち出来るものではない。




―――申し訳ありません、天使様。

どうかお力を―――


降臨せよ!

我が守護天使、メンタイ・ハクマイナー!



―――天使・・・!



―――そして。

眩い光が、その場を覆い尽くした。





~ interlude END( and angel to advent … )~
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登場人物紹介

【主人公】

 別乃世・望(コトノヨ・ノゾム)


現代社会への不満故に、軽トラに引かれることにより異世界に転生することを決意したポジティブ・ニート。


紆余曲折を経て異世界転生に失敗。

なんやかんやあってゾンビとなる。

【異界転生女神】

 アーマ・シュクレイム


時空神アナザを主神とする女神。

死に至る者の強い願いの力を使い、その者を異世界に転生させる。


別乃世・望の強い思いに呼応して降臨するが、思いの外即死に至らなかった別乃世が苦痛のあまり、異世界転生よりも傷を治して生き返りたいと思う願いを強めてしまい失敗。

機転を効かせてフォローに成功するも、その代償として神界に帰れなくなる。

アーマ・シュクレイム

(実体化)


食事によるエネルギー摂取のために霊体濃度を高め、実体化した姿。

服も霊体であるため、服装は自由自在である。


摂取した食料を消化・吸収・排出しきるまでは霊体には戻れない。

【操霊邪法悪魔】

 トリカラ・マイウー


別乃世・望を蘇生させるためアーマに呼び出された悪魔。

地獄の7大魔王サンダース・トゥモロウアース配下。

死霊を操る邪法を司る。


別乃世とアーマの要望を最大限に叶えるため、別乃世を「人肉を食らうことにより傷が癒えるゾンビ」にする。

トリカラ・マイウー

(実体化)


アーマのご飯を買いに行くために霊体濃度を高め、実体化した姿。

元が霊体であるため、角・羽根・尻尾・顔の傷などの悪魔的アクセントは出し入れ可能である。

【異端断罪天使】

 メンタイ・ハクマイナー


唯一神に仕える天使。


唯一神の縄張りである現世から魂を掠め取る異界転生、神の名を騙る邪女神、魂を弄ぶ糞悪魔、小汚いゾンビなど、神に逆らう有象無象の一切を許さず断罪する。

【エクソシスト】

 シスター・カッドロゥ


唯一神教徒。

メンタイ・ハクマイナーを守護天使とする悪魔祓い。

空手をベースとした体術と神秘術を組み合わせた戦法を得意とする。


街に増殖するゾンビの元を断つため派遣される。

【ゾンビ・クィーン】

 阿波津・怜子(アワヅ・レイコ)


街ですれ違った別乃世に因縁をつけて、連れの男にボコらせた極悪女。


お腹のすいた別乃世にがぶりとやられてゾンビとなるが、ちょっと噛まれた程度であったため屍にはならず。

人肉を食らう欲求とゾンビ感染能力を受け継ぎレッツ・パーリィする。

【探偵】

 螺理多・極(ラリタ・キメル)


螺旋のごとく捻れ絡み合う、幾多の世の理を見極めることを信念としており、その信念はときに利益や倫理をも度外視する。


理屈さえ通れば神も悪魔も許容する柔軟な思考の持ち主。

【探偵事務所アルバイト】

 豊秩・満子(トヨチツ・ミチコ)


螺理多探偵事務所のアルバイト。

年の割に落ち着いており、色々な話題に即座に対応できる感性の持ち主。


螺理多にはちょっとした憧れを抱いている。

通称ちち子。

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