interlude 「死人の世界」
文字数 2,593文字
今は誰にも使われなくなったはずのホテルに蠢く無数の人影。
非常に緩慢な動きの中で、ただひとつ獣の如く躍り舞うひとりの女性・・・
ホテルの廊下を駆け抜ける。
そして無数の人影は・・・
身体をくの字に曲げたゾンビの背後に回り込み、肘を後頭部に打ち下ろす。
そのまま地面に叩き付けられたゾンビの首を踏み折る。
それでゾンビが「死ぬ」ことはないが、神経伝達が途切れることにより首から下を動かすことができなくなる。
すでに数十体のゾンビを行動不能にしているが、予想を遥かに上回る数である。
それからのたった数日でここまでの数のゾンビを生み出し、しかも統制しているとなると・・・
天使様の仰るとおり、上級の悪魔が関与しているやもしれませんね。
だがこの場にいるゾンビたちは、確かに知能は低いものの、間違いなく誰かの指示を受け、それに従って行動している。
最上階は大きな会議室となっていた。
その会議室の扉の前に、五体のゾンビが立ちはだかっていた。
扉の前から動く気配のないゾンビたちに向かって手をかざし、シスターは詠唱を始める。
その光に飲み込まれたゾンビ達の動きがピタリと止まり・・・
次の瞬間には同質量の白い粉になり、崩れ去っていた。
―――中には五体のゾンビが身構えていた。
目の前の五体のゾンビのうち、どれがこの群れを仕切っているのか。
視線を巡らせているところへ・・・
蹴破られた扉の影に身を潜めていた、阿波津・怜子である。
そんな疑問を抱く間もなく、背に取りついた怜子はシスターの首筋に噛み付くべく、彼女の服を力任せに手繰り寄せようとする。
だが、怜子も簡単には振り落とされない。
反動で体が宙を泳ぐが、シスターの修道服をしっかり掴んで離さない。
だが、怜子もそれを待つつもりはない。
やむを得ず詠唱を中断し、飛来するゾンビから身をかわすシスター。
先日から姿を隠していた悪魔、トリカラ・マイウー。
察知されない霊体となって、この戦いを見下ろしていた。
楽しげに、ただ楽しげに。
誰ともなく悪魔は語り続ける。
別乃世・望。
アイツはとんだ期待はずれだったが・・・
だがそのお陰で、今この化け物がここにいる。
ゾンビである別乃世に、ゾンビの症状を移された者。
本来ゾンビに殺されてゾンビとなるべき者が、かすり傷でゾンビとなり、生前と変わらぬ状態で、ただ食人衝動とゾンビ感染能力のみを受け継いでいる。
通常のゾンビでは有り得んことだが、阿波津・怜子の身体能力が悪魔祓いのそれを遥かに上回っている。
奴はこの数日だけで、実に50余人の「内臓」を食らってきた。
魔力を高めるのに最適であると知ってか知らずか、それともただの直感か。
対峙しているあの悪魔祓いも感じているだろう―――
奴の「力」は中位の悪魔に匹敵している。
もはや、人の身で太刀打ち出来るものではない。
―――そして。
眩い光が、その場を覆い尽くした。