考察1 血と肉と(そして或いは)
文字数 3,241文字
正気に戻り、辛くも逃れた別乃世は、ひとまず自宅に帰っていた。
・・・ふぅ。
よもや、またこの家に戻ってこようとはな。
異世界に行くつもりだったからな。
掃除はきちんとしておいた。
散らかしたままだと家主や俺の親に迷惑が・・・
って、出てきてる!?
ん?
ああ、霊体みたいなもんだ。
実体はない。
見えるやつには見えるが・・・
まぁお前以外には見えないと思ってもらって問題ない。
私もお邪魔します。
・・・お独り暮らしだったんですね、別乃世さん。
ああ、親の意向でな。
独り暮らしさせとけば、職に就かなくとも取り敢えずの生きる能力ぐらいはつくだろうとのことだ。
そんな息子に「異世界に転生する」とか言ってトラックに突っ込まれたら何とも言えんだろうな。
大丈夫。
俺の親からは「好きなことを好きにやって死にたいときに死ね」と言われている。
前向きな気持ちでトラックに突っ込む旨、生命保険の一部はトラック運転手への補償に充ててほしい旨を書いた遺書も残してあるから心配ない。
・・・お前それ、ヘタしたらトラック運転手が保険金殺人の容疑者になるぞ。
尽くし方が気色悪い。
―――でだ。
今のお前の状況を説明するつもりだったんだが・・・要るか?
お前に説明してもムダな気がしてきたんだが。
おお、そうだ。
何やら記憶が曖昧なんだ。
腹が減ったり、おっさんにドキドキしたり、ぱんつだったり、内腿だったり。
どうなってるんだ、トリカラ・マイウー!
どうなってるのか分からんのはお前の頭の中だ・・・といいたいところだが、正直アタシも困惑している。
こんなことは今までなかったし、あり得ない。
・・・まぁ、まずはお前の身に起こった変化について説明しよう。
トリカラ・マイウーは、ことの経緯を別乃世に説明した。
なるほど、人の肉を食って自分の怪我を再生するゾンビか・・・
あ、あの、どうか気を落とさずに。
ゾンビといっても腐って朽ち果てるようなものではないのですし・・・
ああ、大丈夫だアーマ。
ゾンビと言われても自覚もないし、そんな感じは全くない。
あの熱に浮かされるような餓えと渇きも理解できた。
さて、その餓えと渇きが収まっているということは、大なり小なりあの女の血肉を食らったはずだが・・・
どんな感じだ、マン・イーター?
血肉を食った、か・・・
記憶は曖昧だったが、そう言われると徐々に思い出してきたな。
ひとつ聞きたい、トリカラ・マイウー。
お前は初め「傷を癒すために人肉を食らう」と説明した。
だが今は「血肉」という言葉を使った。
・・・つまり、「肉」ではなく「血」でもいいということか?
・・・原理的には問題ない。
だが現実的ではないな。
あくまでも最良なのは肉の接種だ。
それを血だけで補うとなると、何リットル、何十リットル必要になるか・・・
前例もないからな、検討もつかん。
人の肉を食うことに罪悪感を感じているのなら、単純に肉を食うよりも被害が大きくなるのは間違いないとは言っておこう。
ああ、そのはずだ。
・・・分かってて聞いてるんだろう?
お前はあの女の肉は食えていない。
血を舐めた程度のはずだ。
腿の肉ってのは体重を支えてるからな、結構固いんだ。
まして、ヒールを穿いた引き締まった女の腿肉なんか、お前程度じゃ到底食いちぎれないはずだ。
2人も見ていただろう。
俺があの女のスカートに頭を突っ込んでいるところを。
あ、はい。
状況が状況だけに、致し方ないと思います。
だがスカートの中では何が起こっていたかわからないだろう。
―――スカートに頭を突っ込んだあと、俺は奴の内腿をなめ回していたんだ。
そうして、ひとしきりなめ回したあと、俺は欲望に勝てずに内腿にがぶりと噛み付いていた・・・
事情を知ったうえで聞いても100%変態だったな・・・
あとは見ていたとおりだ。
次の瞬間にはチャラおに蹴り飛ばされて、今ここに至る。
そう、俺は肉はおろか、血さえも口に含めていない。
結構思い切り噛み付いたから、歯にちょびっと付着した血を飲んだかもしれんが一滴にも満たないだろう。
・・・バカな、それこそあり得ん!
噛み付いただけで食人衝動が治まるわけが・・・
何故かは知らんが、お前の目的は俺に人を食わせることのようだな。
生き返るには人の血肉を食わねばならない。
そう思い込ませたいわけだ。
トリカラ・マイウーに蹴っ飛ばされ、床を転がる別乃世。
け、蹴りだと・・・!?
実体はないんじゃないのかトリカラ・マイウー!
霊体の濃度を高めれば、限りなく実体に近づいて干渉できるようにはなる。
さらに濃度を高めれば、そのまま実体化することも可能だ。
ふん、アホな変態に蹴りを入れた程度で出てこれるものなら出てくるがいい。
嘲笑してやるわ!
大体なんだ、汗!?
本能の渇き、あの食人衝動の中で汗だと!?
嘗めてるのか貴様!
・・・そもそも初めの男に襲い掛からなかった時点であり得ん。
百歩、千歩、いや万歩譲って「男だから」とかいうくだらん理由で食わなかったとして、女の腿に食らいつく前に舐め回した・・・
バカも休み休み言え!
―――まぁまてトリィ。
今日はもう遅い。
ご飯を食べて寝て、そのあとのことは明日じっくり考えようじゃないか。
冷蔵庫の中身はあらかた片付けてしまったが、幸いコメと味噌は残っている。
二人共食うか?
メシだと!?
・・・いや。
まぁ、確かにアタシも少し考えを整理したい。
そうだ、落ち着こう・・・話はまた明日だ。
―――ああ、メシはいらん。
現世でのエネルギーは契約者から採っている。
いや、戻れないぞアーマ。
お前も契約履行中だ。
契約を終了するまで現世を離れることはできない。
え?
ですが私、別乃世さんとはまだ契約を結んでいませんよ?
お前とこいつじゃない。
「私」と「お前」が契約履行中なんだ。
こいつの「今際の際」で問うただろう?
お前の望みは「この人間を死の淵から救い、異界に送り届けたい」か、と。
ちなみに私のエネルギー供給源はそこのゾンビじゃなくお前だ。
お前は飯を食っておけ。
そこのアホは身体の時間を止めてあるからな、エネルギーを頂こうにも吸いようがない。
私を召喚したのはお前だ。
確かにそこのアホとも契約はしたが・・・
アタシの契約者は、お前ら二人だ。
わ、私、悪魔と契約を・・・?
お、怒られます、アナザ様に怒られます・・・!
まぁなんだ。
よく分からんが、アーマは飯を食うんだな。
じゃあ俺と二人分、2合ぐらい炊いとくか。
なんだ、食い過ぎか?
大丈夫、おかずがないんだ。
俺はいつも一人で1.5合は食う。
いや、お前話を聞いてたか?
お前が食った「もの」でお前のダメになった内臓やらを復元するんだぞ?
自分の内臓をコメで造る気か!
むぅ、そういえば。
だが、それではアーマが独り寂しく白米を食べることになるぞ。
・・・お前、金は?
どうせ死ぬからと全部使い果たしたか?
よし、じゃあお前ら二人で何か買ってこい。
・・・アタシは色々疲れたから放っておいてくれて構わん。
というか、ちょっと独りにしといてくれ。
確かに、色々あった一日だったからな。
よく休め、トリカラ・マイウー。
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