女神と悪魔、そして贄

文字数 2,458文字

―――さて、しばらく待てば完成だ。

ぐつぐつ煮えた、超高温の地獄の鍋。

その中では瀕死の重傷を負っていた人間、別乃世・望が唐揚げにされていた。

・・・トリィ、本当にありがとうございました。

裸にされたときにはどうなることかと思いましたが。

喉元過ぎればなんとやら―――だろ?


お前、素質あるんじゃないか。

第四団あたりに紹介してやろうか?

わ、私は女神ですので結構です。
・・・まぁいいさ。

気が向いたらいつでも言ってこい。


地獄には、お高くとまった奴等もいなくて気楽だぞ?

こんなこと、二度としません!
二度としないといえば・・・

今回は何でまたこんなアホなミスやらかしたんだ?

う・・・

だ、だってモタモタしてたら他の女神に取られるんですもの。

何度も何度も横から持っていかれて・・・

―――お前、それ全部同じやつにか?

全部が同じ、ではありませんが・・・

3人の女神に代わる代わるといった感じです。

あぁ、なるほど。

そいつら、組んで苛めてるんだよ。

苛め?

・・・どなたを?

お前だお前。

お前が苛められてるんだ。

ええっ!?

そ、そんな・・・

なんだ、「神」を名乗っていてもやっぱり神「魔」だな。

やるじゃあないか女神共も。

やり口が陰湿なのが気に入らないが。


・・・よし、今回の原因の一端はそいつらにもある。

後で顔と名前を教えろ。

そのうち、今日のお前よりもヒドい目に合わせておいてやる。

い、いえ、そんな恐ろしい・・・

本当に恐ろしいのはそいつらだぞ。

遊び半分でお前を潰す気だ。


そこには、自覚も悪意も、ましてや覚悟さえもない。


―――そんな奴等にお前を壊されるぐらいなら、先にアタシがそいつらを潰してやる。

トリィ、何故そこまで・・・
なぁに。

なんだかんだ言っても、やっぱりダチだからな。


・・・それに、感謝するのはまだ早い。

このアホ男の成り行き次第では恨みさえするかもな。

そういえば、あの粉は一体何だったのですか?

私の肌にも染み込んだはずですが、特に何も変化はありませんし。

ああ、あれはこのとおり、油でカラっと揚げて初めて効果がある。

お前に害はない、心配するな。

随分変わった儀式ですよね。

・・・それで、結局あの粉は?

聞いたことぐらいあるだろう?

ゾンビ・パウダーさ―――

―――ゾンビ・パウダー!?
そう、ゾンビ・パウダー。

え、え?

で、でもそれってたしか―――

ああ、その名のとおりゾンビを生成するための秘薬だ。


どこかの国で人間が作っている紛い物じゃあない。

正真正銘、悪魔の魔力で造った魔法の秘薬だ。


その男、別乃世・望にはゾンビになってもらう。


じゅあぁ・・・!




鍋の中からカラッと美味しそうに揚がった衣の塊が、文字どおり宙に浮き上がる。

当然、中には別乃世・望が入っている。


鍋は出てきた時と同じく忽然と消え、別乃世の入った衣の塊が悪魔と女神、2人の眼前に不気味に漂っている。



ゾンビ・・・

トリィ、あなた、一体何を考えて・・・

心配するな。

ゾンビといっても、いわゆるリビング・デッドとはちょいと違う。

・・・・・・
まず前提として。

人間を完全に蘇生させられるレベルの術は魔王や神魔の主神クラスでも不可能だ。


・・・もっとも、こいつは瀕死であっても死んではいなかったから「蘇生させる」ってのは見当違いだ。


探すなら、瀕死の怪我を治せる奴を探すべきだったな。

そ、それはたしかに・・・

―――とはいえ、限られた時間でそんな奴を見つけて連れてくるのはまぁ不可能だったろうがな。


アタシを呼び出したお前の判断は間違っちゃいない。

曲がりなりにも「傷を癒す」ことはできる。


ただし、その方法が「ゾンビ化」ではあるが。

貴女は先程「リビング・デッドではない」とおっしゃいました。


・・・具体的にはどのようなものになるのですか?

そうだな・・・

まずはこいつの現状を説明しようか。


今のこいつは、瀕死の状態から「死」に移行しないように「身体の時間」を止められている状態にある。


もっとも、「止める」といっても今、この状態で止めるということだからな。

仮に新たに何かしらの傷を負ったとすると、ダメージが上書きされて、それが原因で死に至ることもある。

不死・・・というわけではないのですね。

不死なんて、蘇生と同じだ。

誰にもできん。


―――さて、これで一時的に死を免れはしたが、身体が死にかけているのは変わらない。

そして、時間を止めるにしても限りはある。


身体の時間が止まるんだ、代謝なんかの必要な機能も止まってしまう。

このまま放置しておけば、遠からずコイツの身体は腐り落ち、崩壊するだろう。

・・・・・・

お前もだんだん分かってきたようだな。


さて、そこで次に「傷を癒す」必要があるが、どうするか・・・?

・・・どこかからのエネルギー調達が必要、です。

そう、無から有は生まれない。

アタシら悪魔はそれを「生け贄」なんかで補うし―――

我々神族は、願いをする者の「祈りのエネルギー」で賄います。
そう。

では「人間の肉体を復元する」ためのエネルギーはどこから得るか。


―――結論を言おう。

別乃世・望は「人肉を食らうことにより傷が癒えるゾンビ」となった。

・・・!

な、何も人間からではなく他の動物からエネルギーを得てもいいのでは?

いいや、ダメだ。

人肉を補うためには人肉だ。


特にズタズタなのは内臓だからな。

牛や豚では拒絶反応を起こしかねん。

し、しかし!

人が人を食するなんて、並大抵のことではできないでしょう。


別乃世さんにその適正があるとはとても思えません!

そこはまぁ同意だな。

自分が助かるためとはいえ、人を食らうなんてことができるやつはそうそういない。


だが、まぁ見てな。

―――そら、そろそろお目覚めだ。

・・・!



別乃世・望を覆う衣の背が割れる。

そして中から火傷ひとつない別乃世の身体が現れる。



―――儀式完了。

契約の成立だ。

お・・・俺は―――

まぁまて、詳しい説明は向こうに戻ってからだ。

・・・もっとも、お前にその余裕があれば、だがな。

う・・・! ?



まだ意識が混濁する中、悪魔の言葉を理解する暇もなく。


別乃世・望の意識は再び遠のいていった―――



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登場人物紹介

【主人公】

 別乃世・望(コトノヨ・ノゾム)


現代社会への不満故に、軽トラに引かれることにより異世界に転生することを決意したポジティブ・ニート。


紆余曲折を経て異世界転生に失敗。

なんやかんやあってゾンビとなる。

【異界転生女神】

 アーマ・シュクレイム


時空神アナザを主神とする女神。

死に至る者の強い願いの力を使い、その者を異世界に転生させる。


別乃世・望の強い思いに呼応して降臨するが、思いの外即死に至らなかった別乃世が苦痛のあまり、異世界転生よりも傷を治して生き返りたいと思う願いを強めてしまい失敗。

機転を効かせてフォローに成功するも、その代償として神界に帰れなくなる。

アーマ・シュクレイム

(実体化)


食事によるエネルギー摂取のために霊体濃度を高め、実体化した姿。

服も霊体であるため、服装は自由自在である。


摂取した食料を消化・吸収・排出しきるまでは霊体には戻れない。

【操霊邪法悪魔】

 トリカラ・マイウー


別乃世・望を蘇生させるためアーマに呼び出された悪魔。

地獄の7大魔王サンダース・トゥモロウアース配下。

死霊を操る邪法を司る。


別乃世とアーマの要望を最大限に叶えるため、別乃世を「人肉を食らうことにより傷が癒えるゾンビ」にする。

トリカラ・マイウー

(実体化)


アーマのご飯を買いに行くために霊体濃度を高め、実体化した姿。

元が霊体であるため、角・羽根・尻尾・顔の傷などの悪魔的アクセントは出し入れ可能である。

【異端断罪天使】

 メンタイ・ハクマイナー


唯一神に仕える天使。


唯一神の縄張りである現世から魂を掠め取る異界転生、神の名を騙る邪女神、魂を弄ぶ糞悪魔、小汚いゾンビなど、神に逆らう有象無象の一切を許さず断罪する。

【エクソシスト】

 シスター・カッドロゥ


唯一神教徒。

メンタイ・ハクマイナーを守護天使とする悪魔祓い。

空手をベースとした体術と神秘術を組み合わせた戦法を得意とする。


街に増殖するゾンビの元を断つため派遣される。

【ゾンビ・クィーン】

 阿波津・怜子(アワヅ・レイコ)


街ですれ違った別乃世に因縁をつけて、連れの男にボコらせた極悪女。


お腹のすいた別乃世にがぶりとやられてゾンビとなるが、ちょっと噛まれた程度であったため屍にはならず。

人肉を食らう欲求とゾンビ感染能力を受け継ぎレッツ・パーリィする。

【探偵】

 螺理多・極(ラリタ・キメル)


螺旋のごとく捻れ絡み合う、幾多の世の理を見極めることを信念としており、その信念はときに利益や倫理をも度外視する。


理屈さえ通れば神も悪魔も許容する柔軟な思考の持ち主。

【探偵事務所アルバイト】

 豊秩・満子(トヨチツ・ミチコ)


螺理多探偵事務所のアルバイト。

年の割に落ち着いており、色々な話題に即座に対応できる感性の持ち主。


螺理多にはちょっとした憧れを抱いている。

通称ちち子。

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