決着
文字数 3,373文字
別乃世たちが作戦を練っていた頃。
対するシスターも、戦いの準備を進めていた。
あの女神を騙る邪神。
あれについては、戦闘に於ては大した脅威にはならない。
なにせ、碌な術も使えない。
唯一厄介なのは逃げられた場合だが、今回の一件の首謀者は間違いなく天使が抑えているあちらの悪魔だ。
ならば、こちらの邪神は最悪逃がしてしまっても問題にはなるまい。
次に、悪魔の魔力を帯びた赤毛の男。
あれはまるで問題にならない。
何かの術を使う気配もなく、身体能力も並程度である。
戦闘はもちろん、仮に逃げ出したとしても十分に対処できる。
それよりも、警戒すべきはやはりあの眼鏡の男。
焦りがあったとはいえ、あれほど綺麗に投げ飛ばされたことは一度たりともない。
だが、所詮は術も使えぬただの人間。
冷静に対処すれば、遅れをとるはずもない。
もう一人の少女に至っては問題外だ。
何の力もありはしない。
戦力に数える必要すらない。
入念に、別乃世たちの潜む倉庫の入口に結界を張るシスター。
いつもの彼女であれば、事前の準備をするまでもなく今すぐに倉庫の中に乗り込み、瞬く間に全員の息の根を止めることが出来たであろう。
昨夜のゾンビ達との戦闘。
いくら動きの緩慢なゾンビとはいえ、50体近くの人体を破壊するとなると、さすがに疲労を隠せない。
加えて、そのゾンビ達を浄化するために使った神秘術。
それも、もちろん無制限に使えるものではない。
使用するには術者の精神力を消費する。
数体程度ならば問題ないが、50体ともなると話が違う。
精神的な消耗もかなりのものである。
さらには今日の生身でのカーチェイス、それに要した肉体強化の神秘術。
そして、止めに食らったゴム弾による銃撃。
ゴム弾といえど、その衝撃は強力である。
胸部に食らったそれは、骨に、そして内臓に響いている。
心身ともに疲弊した彼女が取る戦術は―――
倉庫の中にはまだたくさんの荷物が残されており、多くの死角を生んでいた。
視界に入るのは、ぎりぎり二人並んで通れるかといった幅の通路と、その通路を作り上げる壁となっている、積み上げられた無数の大きな木箱。
そして、通路の半ばで待ち受けている螺理多ただ一人。
素早い踏み込みにより一気に間合いを詰め、螺理多の脇腹目掛けて、斜め下方から右手を振り抜く。
そのままシスターの懐に身体を預けるが、次の瞬間には彼女の身体を支点としてうまく身体を回し、再び距離を取っていた。
シスターの初撃は空振りに終わったが、その威力は十分に肌で感じ取れた。
今の一撃、食らっていれば臓腑を撒き散らすことになっていただろう。
シスターが事前に行った準備は3つ。
別乃世を逃がさないための倉庫入口への結界の設置。
近接戦闘用に肉体強化の術。
衣服にかけた防御強化の術。
結界はもしものための保険として。
肉体強化術はもはや必須といえる。
防御術については銃撃などの武器に対する備えとして。
別乃世たちが武器を持ち出した様子はなかったが、油断はできない。
今度は螺理多の肩を目掛けて振り下ろしの右。
これを後ろに下がって躱す。
通常の直線的な突きでは螺理多の合気の的である。
そのため、シスターは腕を鞭のようにしならせて、引っ掻くような変則的な動きで攻撃してきている。
掴みどころがないため、螺理多も思うように反撃に出ることができない。
受けるのはもとより受け流すだけでも肉を削ぎ、骨を砕かれかねないその攻撃を、ぎりぎりの間合いで躱し続ける螺理多。
神秘術により強化されたシスターの動きは、螺理多の運動能力を遥かに上回っている。
このままでは、引き裂かれるのは時間の問題である。
それを見かねた別乃世が、たまらず姿を現した。
―――残念ながら、貴方の命にその価値はありません。
入口に結界を張っていますので、貴方がここから逃げ出すことはできませんし、放っておいても貴方が私を倒す手段は万が一にもありません。
身柄の交換をお望みでしたら・・・あの邪神をこちらにお寄越しなさい。
邪神と貴方の命をもって、この場を納めることと致しましょう。
確証はない。
ただカマを掛けただけであったが、別乃世の反応を見るに、それが嘘であることは見て取れた。
・・・なぁ、俺たちは何も殺し合いがしたいわけじゃあない。
天使に逆らうつもりも、ましてや神を相手にケンカを売るつもりもない。
だから、見逃してはくれないか?
これ以上やるというのなら、俺たちも、生きるために、何が何でも抵抗することになる。
話を聞いていたのかこの男は。
「お前だけは絶対に逃げられない」
それを理解せず、逃げを宣言した別乃世に気を取られたが、それも一瞬である。
すぐに螺理多に注意を向ける。
―――そう、今はこの男だ。
螺理多に向き直り、必殺の一撃を繰り出すべく踏み込んだところ―――
前触れもなく、突如目の前に現れたアーマに、シスターの動きが止まる。
優秀な悪魔祓いであるシスターには、霊体化したアーマも視認することができる。
―――だが、螺理多にはそれがない。
結果として、アーマはシスターの視界のみを遮る壁となった。
しかし、シスターは半ば本能的な反射をもって後ろに飛びすさり、螺理多の間合いを外れた。
相手の仕掛けた起死回生の罠。
それを躱したことにより生まれた、僅かな心の隙を縫い―――
物陰に隠れていた豊秩が、シスター目掛けて飛び出してきた。
もとより戦力に数えてすらいなかった上に殺気も何もない、素人丸出しのその行動に、戦い慣れしたシスターは完全に反応が、そして対処が遅れてしまった。
豊秩はシスターの腰に抱きつき、振り払われないよう必死にしがみついている。
素早くシスターの背後に回り、頸部に腕を絡めつける。
抵抗しようと試みるも、完全に虚を突かれた状態である。
螺理多の締めは、抗う隙も与えず完璧に極まっていた。