決着

文字数 3,373文字

別乃世たちが作戦を練っていた頃。

対するシスターも、戦いの準備を進めていた。



ふぅ―――



あの女神を騙る邪神。


あれについては、戦闘に於ては大した脅威にはならない。

なにせ、碌な術も使えない。


唯一厄介なのは逃げられた場合だが、今回の一件の首謀者は間違いなく天使が抑えているあちらの悪魔だ。


ならば、こちらの邪神は最悪逃がしてしまっても問題にはなるまい。



神の御業よ・・・



次に、悪魔の魔力を帯びた赤毛の男。


あれはまるで問題にならない。

何かの術を使う気配もなく、身体能力も並程度である。

戦闘はもちろん、仮に逃げ出したとしても十分に対処できる。



それよりも、警戒すべきはやはりあの眼鏡の男。


焦りがあったとはいえ、あれほど綺麗に投げ飛ばされたことは一度たりともない。


だが、所詮は術も使えぬただの人間。

冷静に対処すれば、遅れをとるはずもない。



もう一人の少女に至っては問題外だ。


何の力もありはしない。

戦力に数える必要すらない。



―――結界の構築完了。


さすがに邪神を食い止める力はありませんが・・・

少なくとも、悪魔の魔力を宿したあの男はここから出られないでしょう。



入念に、別乃世たちの潜む倉庫の入口に結界を張るシスター。


いつもの彼女であれば、事前の準備をするまでもなく今すぐに倉庫の中に乗り込み、瞬く間に全員の息の根を止めることが出来たであろう。



―――だが、今の彼女はすこぶる調子が悪い。



昨夜のゾンビ達との戦闘。


いくら動きの緩慢なゾンビとはいえ、50体近くの人体を破壊するとなると、さすがに疲労を隠せない。


加えて、そのゾンビ達を浄化するために使った神秘術。

それも、もちろん無制限に使えるものではない。

使用するには術者の精神力を消費する。


数体程度ならば問題ないが、50体ともなると話が違う。


精神的な消耗もかなりのものである。



さらには今日の生身でのカーチェイス、それに要した肉体強化の神秘術。

そして、止めに食らったゴム弾による銃撃。


ゴム弾といえど、その衝撃は強力である。

胸部に食らったそれは、骨に、そして内臓に響いている。



さて―――



心身ともに疲弊した彼女が取る戦術は―――







・・・やぁ、お待ちしておりました。



倉庫の中にはまだたくさんの荷物が残されており、多くの死角を生んでいた。


視界に入るのは、ぎりぎり二人並んで通れるかといった幅の通路と、その通路を作り上げる壁となっている、積み上げられた無数の大きな木箱。


そして、通路の半ばで待ち受けている螺理多ただ一人。



随分と遅かったですね。

一体、何を?

準備を少々。

・・・他の方々はどちらに?

いえ、この中にいることは分かっています。

まぁ結局のところ、貴女に対抗できるのは僕だけですからね。

人質にとられないよう、隠れています。

人質?

必要ありませんわ。

まさか、本気で対抗できるとお思いで?

そんな畏れ多い。

ですが、やるしかないでしょう。


このまま見逃して頂けるのならば、話は別ですが・・・

それは有り得ませんね。
そうでしょう。

お互い、やるしかない。

ならばもう・・・

問答をする必要もありませんね。

あとはただ、薙ぎ払うのみ・・・



しゃっ―――



・・・!



初手はシスター。

素早い踏み込みにより一気に間合いを詰め、螺理多の脇腹目掛けて、斜め下方から右手を振り抜く。



くっ・・・



それを、咄嗟の判断で後ろに下がらず前に出て躱す螺理多。


そのままシスターの懐に身体を預けるが、次の瞬間には彼女の身体を支点としてうまく身体を回し、再び距離を取っていた。



あら、うまく躱しましたね。
いやこれは、生きた心地がしませんね・・・



シスターの初撃は空振りに終わったが、その威力は十分に肌で感じ取れた。


今の一撃、食らっていれば臓腑を撒き散らすことになっていただろう。



なるほど、肉体強化ですか。

準備を少々とおっしゃっていましたが、他には何を?

さて?



シスターが事前に行った準備は3つ。


別乃世を逃がさないための倉庫入口への結界の設置。

近接戦闘用に肉体強化の術。

衣服にかけた防御強化の術。


結界はもしものための保険として。

肉体強化術はもはや必須といえる。

防御術については銃撃などの武器に対する備えとして。


別乃世たちが武器を持ち出した様子はなかったが、油断はできない。



ひゅっ―――



今度は螺理多の肩を目掛けて振り下ろしの右。

これを後ろに下がって躱す。



これは厄介な・・・



通常の直線的な突きでは螺理多の合気の的である。


そのため、シスターは腕を鞭のようにしならせて、引っ掻くような変則的な動きで攻撃してきている。


掴みどころがないため、螺理多も思うように反撃に出ることができない。



―――さぁ、どうしました?



シスターの攻撃が、矢継ぎ早に繰り出される。


受けるのはもとより受け流すだけでも肉を削ぎ、骨を砕かれかねないその攻撃を、ぎりぎりの間合いで躱し続ける螺理多。



くっ・・・!



明らかな劣勢―――


神秘術により強化されたシスターの動きは、螺理多の運動能力を遥かに上回っている。

このままでは、引き裂かれるのは時間の問題である。



―――待て!



それを見かねた別乃世が、たまらず姿を現した。



あら、そこにいましたか。

もういいだろう。

螺理多は元々無関係の人間だ。


―――俺が相手になる。

だから、螺理多と豊秩は見逃してやってくれ。

駄目です、別乃世さん・・・!

―――残念ながら、貴方の命にその価値はありません。


入口に結界を張っていますので、貴方がここから逃げ出すことはできませんし、放っておいても貴方が私を倒す手段は万が一にもありません。


身柄の交換をお望みでしたら・・・あの邪神をこちらにお寄越しなさい。

邪神と貴方の命をもって、この場を納めることと致しましょう。

・・・アーマはもういない。

霊体になって壁を抜けて出て行った。


残っていても戦いの役には立たないからな。

今頃は、魔界だか神界だかに帰っているだろう。

嘘ですね。
・・・!



確証はない。


ただカマを掛けただけであったが、別乃世の反応を見るに、それが嘘であることは見て取れた。



ふふふ・・・

嘘が下手ですね、貴方は。

・・・なぁ、俺たちは何も殺し合いがしたいわけじゃあない。

天使に逆らうつもりも、ましてや神を相手にケンカを売るつもりもない。


だから、見逃してはくれないか?

これ以上やるというのなら、俺たちも、生きるために、何が何でも抵抗することになる。

貴方や邪神の存在自体が神への冒涜なのです。

元より、貴方と邪神には逃れる道はありません。

そうか・・・

―――ならば俺は逃げるぞ!


誰が死んでも恨みっこなしだ!

頑張れ螺理多!

―――逃げる?



話を聞いていたのかこの男は。


「お前だけは絶対に逃げられない」


それを理解せず、逃げを宣言した別乃世に気を取られたが、それも一瞬である。

すぐに螺理多に注意を向ける。


―――そう、今はこの男だ。


螺理多に向き直り、必殺の一撃を繰り出すべく踏み込んだところ―――



今です!



完全に霊体化し、木箱の「中」に潜んでいたアーマが、視界を遮るようにシスターの前に立ちはだかる。



な・・・!



前触れもなく、突如目の前に現れたアーマに、シスターの動きが止まる。


優秀な悪魔祓いであるシスターには、霊体化したアーマも視認することができる。

―――だが、螺理多にはそれがない。


結果として、アーマはシスターの視界のみを遮る壁となった。



好機―――!



アーマの霊体をすり抜け、螺理多がシスターに迫る。


しかし、シスターは半ば本能的な反射をもって後ろに飛びすさり、螺理多の間合いを外れた。



今のは虚を突かれました。

ですが―――

やぁぁぁぁぁぁぁ!



相手の仕掛けた起死回生の罠。

それを躱したことにより生まれた、僅かな心の隙を縫い―――


物陰に隠れていた豊秩が、シスター目掛けて飛び出してきた。



な・・・に!?



もとより戦力に数えてすらいなかった上に殺気も何もない、素人丸出しのその行動に、戦い慣れしたシスターは完全に反応が、そして対処が遅れてしまった。


豊秩はシスターの腰に抱きつき、振り払われないよう必死にしがみついている。



・・・くっ!

離れなさ―――

―――おっと、逃しません。



その動揺を螺理多は逃さなかった。

素早くシスターの背後に回り、頸部に腕を絡めつける。



そんな・・・



抵抗しようと試みるも、完全に虚を突かれた状態である。

螺理多の締めは、抗う隙も与えず完璧に極まっていた。



ば、か、な―――



数秒の後、シスターは意識を失っていた。
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登場人物紹介

【主人公】

 別乃世・望(コトノヨ・ノゾム)


現代社会への不満故に、軽トラに引かれることにより異世界に転生することを決意したポジティブ・ニート。


紆余曲折を経て異世界転生に失敗。

なんやかんやあってゾンビとなる。

【異界転生女神】

 アーマ・シュクレイム


時空神アナザを主神とする女神。

死に至る者の強い願いの力を使い、その者を異世界に転生させる。


別乃世・望の強い思いに呼応して降臨するが、思いの外即死に至らなかった別乃世が苦痛のあまり、異世界転生よりも傷を治して生き返りたいと思う願いを強めてしまい失敗。

機転を効かせてフォローに成功するも、その代償として神界に帰れなくなる。

アーマ・シュクレイム

(実体化)


食事によるエネルギー摂取のために霊体濃度を高め、実体化した姿。

服も霊体であるため、服装は自由自在である。


摂取した食料を消化・吸収・排出しきるまでは霊体には戻れない。

【操霊邪法悪魔】

 トリカラ・マイウー


別乃世・望を蘇生させるためアーマに呼び出された悪魔。

地獄の7大魔王サンダース・トゥモロウアース配下。

死霊を操る邪法を司る。


別乃世とアーマの要望を最大限に叶えるため、別乃世を「人肉を食らうことにより傷が癒えるゾンビ」にする。

トリカラ・マイウー

(実体化)


アーマのご飯を買いに行くために霊体濃度を高め、実体化した姿。

元が霊体であるため、角・羽根・尻尾・顔の傷などの悪魔的アクセントは出し入れ可能である。

【異端断罪天使】

 メンタイ・ハクマイナー


唯一神に仕える天使。


唯一神の縄張りである現世から魂を掠め取る異界転生、神の名を騙る邪女神、魂を弄ぶ糞悪魔、小汚いゾンビなど、神に逆らう有象無象の一切を許さず断罪する。

【エクソシスト】

 シスター・カッドロゥ


唯一神教徒。

メンタイ・ハクマイナーを守護天使とする悪魔祓い。

空手をベースとした体術と神秘術を組み合わせた戦法を得意とする。


街に増殖するゾンビの元を断つため派遣される。

【ゾンビ・クィーン】

 阿波津・怜子(アワヅ・レイコ)


街ですれ違った別乃世に因縁をつけて、連れの男にボコらせた極悪女。


お腹のすいた別乃世にがぶりとやられてゾンビとなるが、ちょっと噛まれた程度であったため屍にはならず。

人肉を食らう欲求とゾンビ感染能力を受け継ぎレッツ・パーリィする。

【探偵】

 螺理多・極(ラリタ・キメル)


螺旋のごとく捻れ絡み合う、幾多の世の理を見極めることを信念としており、その信念はときに利益や倫理をも度外視する。


理屈さえ通れば神も悪魔も許容する柔軟な思考の持ち主。

【探偵事務所アルバイト】

 豊秩・満子(トヨチツ・ミチコ)


螺理多探偵事務所のアルバイト。

年の割に落ち着いており、色々な話題に即座に対応できる感性の持ち主。


螺理多にはちょっとした憧れを抱いている。

通称ちち子。

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