此所とは別の世界を望んだ者
文字数 3,632文字
―――魔界。
天に神界を頂き、地に地獄を擁する異界。
そこに生息する種は多種多様を極め、混沌とした世界となっている。
今日、そこに新たなる種が誕生した。
悪魔の魔力、女神の活力、ついでに天使の霊力を内に秘めたる魔神、別乃世・望である。
すまん、何か色々説明はしてもらったんだが・・・
もう一回説明してくれる?
はい、分かりました。
―――あの日。
あの天使の霊体を平らげた別乃世さんは、霊体が人間の許容できるそれを遥かに超えてしまいまして・・・
結局身体に戻ることができず、身体の方はそのままお亡くなりになってしまいました。
お亡くなりになったのは、あくまでも「肉体」です。
むしろ肉体という殻を脱ぎ捨てて、一つ上の存在になったと言えるでしょう。
魔族・・・
と言いたいところですが、そこは神族・悪魔族共に意見が分かれました。
結局のところ、神界評議会と地獄の最高権力者である魔王神の協議の結果、別乃世さんは神でも悪魔でもましてや天使でもない、新たなカテゴリーの「魔神」であるとされました。
おめでとうございます、オンリー・ワンの存在です。
まぁ、本当のところは別にありまして・・・
同族認定してしまうと、唯一神との戦争の火種になりかねないためですね。
ともあれ、別乃世さんの処遇も無事決まりましたところで、無理矢理寝かし付けていた別乃世さんの魂を叩き起こし、今に至るというわけです。
なるほど、説明ありがとう。
・・・で、これから俺はどうなるの?
今いるここは、魔界の空白地帯です。
時空神アナザ様が他の神族悪魔族に掛け合ってくださいまして・・・
小さくはありますが、別乃世さんの一領土として認定されています。
―――といっても、あるのはこのお屋敷と広い空き地だけですが。
領主と言うか、王様ですね。
人口ゼロの国の王様ですが。
ああ、親からの仕送りはさすがに届かんな。
・・・ところで、アーマは何故ここに?
はい、実は・・・
私、当然ながら今回の一件の責任を問われまして・・・
評議会から下された採決が、別乃世さんの監視兼補佐役として、こちらに滞在するということとなりました。
滞在というか・・・
体よく追放されたんじゃないのか?
まぁ、私も別乃世さんと同レベルの火種というか、爆弾ですからね。
別乃世さんを魔神にした罪、最悪処刑もあり得る状況でした。
いえ、そんな!
元々の原因は私なんですし、それに・・・
そこまでは・・・
ただ、肩の荷が下りたような、ほっとした気分です。
おわぁ!
どっから出てきた!?
勝手に入ってくるな、常識的に考えて!
玄関からだ。
貴様が常識を語るな。
扉を叩いても誰も出て来んから入ったまでだ。
使用人もいないのにムダにでかい屋敷に住むな、迷惑だ。
経緯はどうあれ天使を一体始末した事実に変わりはないからな。
―――昇格だ。
上級悪魔に匹敵する特別な役職を与えられた。
上級悪魔に「匹敵する」っていうのが引っ掛かるが・・・
結局何しに来たんだ?
当然、役職に係る職務のためだ。
魔界に新たに現れた「魔神」の王を監視するために、表向きは外交員として魔神の国に常駐する・・・
ひいては、この国における外交権を全権委任されている。
まぁ仕方あるまい。
結局、貴様にアタシの魔力が残留している以上、地獄にアタシを置いておくと唯一神に攻め入る口実を与えることになるから、ということらしい。
上司の魔王も、地獄に残れるようにと擁護はしてくれたんだが・・・
まぁあの方は逆に、唯一神とやり合う口実が欲しいだけだろうが。
まぁ決まったものは仕方ない。
優秀な部下も付けてもらったし、しばらくゆっくりさせてもらうぞ。
黙れ、貴様よりかは遥かに優秀だ。
阿波津・怜子は中級悪魔クラスの力を持ち、さらには忠実なゾンビ五体のオマケ付きだ。
貴様の孫みたいなもんだろう。
可愛がってやれ。
―――そうだ、ちょうどいい。
この屋敷の使用人として使ってやれ。
良かったな貴様ら、早速就職先が決まったぞ。
厄介払いじゃないの、これ!?
ていうか、勝手に決めるな!
あ、えっと・・・
私もここに住むつもりだったんですけど・・・
いけなかったでしょうか?
―――それはいかんだろう。
あくまでも監視役という立場を忘れるな。
魔神と一緒に暮らしているなどと、唯一神に知れたら神界が滅ぼされるぞ。
え?
でも、アナザ様は一緒に住んで世話をしろと・・・
ネットの書き込みでニートに煽られて涙目になってた主神の言うことなど知ったことか。
アタシは許さん!
ただの私情じゃない、それ!?
そもそもお前ら、さっきから唯一神唯一神って随分警戒してるが、話がそこまで伝わる可能性ってあるのか!?
いや・・・
さすがにアタシも知らんぞ。
どういうことだ?
あ、行くところがなくて困ってたみたいだから・・・
わたしが連れて来てあげたの。
・・・恥を忍んで申し上げます。
どうか、その身に宿りし我が霊力をお返し頂けないでしょうか。
それが戻れば、私は再び現世に戻ることができます。
話を聞くに、あなた方としてもその方が都合が良いのでは?
―――ああ、なるほど。
別乃世に食われた天使と、ゾンビに食われたシスター・・・
当然、魔物として魔界に堕ちるわな。
できるの?
持っていけるものなら是非持って行っていただきたい。
はい。
―――では宜しいですね?
その身に宿りし・・・
―――おっと、忠告しておこう。
迂闊に「約束」するなよ別乃世・望。
お前は以前の人間ではない、霊体だ。
ヘタに約束すると「契約」になるぞ。
そうなれば、強制力が働く事になる。
そもそも霊力を返すなんて、できるものか。
簡単にできるものなら神魔か悪魔の誰かがとっくにやっている。
混ざり合って魂と一体化しているからこその珍獣、貴重なサンプル「魔神・別乃世望」なんだ。
その混ざり合った魂から天使の霊力だけを抜くとなると・・・
やめておけ、ミンチよりヒドい状態にされるぞ。
―――ですが、諦めません。
いつか、必ず機会は来ることでしょう。
そのときまで、私もこちらに留まらせていただきます。
ダメだよみんな、仲間なんだから。
―――ねぇ、おねぇさん?
は、はい―――
一緒に住まわせていただきます、もう食べないで下さい・・・!
ははは、良かったじゃないか。
天使にシスターにゾンビ、選り取りみどりのハーレムだ。
そういえば・・・
結局、お前との契約はどうなったんだ、トリィ。
たしか、途中で辞めたらエラいことになるとか言ってなかったか?
何を言っている。
もうとっくに契約は履行されているだろう?
別乃世・望―――
「死なないように傷を治したい」。
ここに来る間際、そこの天使の霊力を食った時点で貴様の傷は完治している。
ただ、その後に肉体が死んだだけだ。
続けてアーマ・シュクレイム―――
「この人間を死の淵から救い、異界に送り届けたい」。
死の淵から救ったのは前述のとおりだ。
その後すぐに、勝手に死んだことまでは知ったことじゃあない。
そして、この男は無事「魔神に転生し」「異界」であるところの魔界に送り届けられた。
・・・非の打ち所もあるまい?
・・・そして、お前の願いも叶ったというわけか。
はじめから、この結末を狙っていたのか?
―――さて、何のことだ?
だが・・・
予想外にもほどがある、とだけ答えておこう。
―――これは、現世とは異なる別の世界を望んだ男の物語。
念願叶い、男は異世界へと転生した。
だが―――
これは、現世とは異なる別の世界を望んだ男の物語。
そして・・・
この後は、魔神となった男と女神、そして悪魔の物語・・・
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