神の威光と悪魔の邪法
文字数 2,396文字
先手を打ったのは、天使ハクマイナー。
剣の切っ先を向けて言葉を発した次の瞬間、トリィの頭上から流星の如き光弾が降り注ぐ。
落ちくる光弾を危なげなく躱すトリィ。
そのまま天使との間合いを一気に詰める。
剣を振り下ろし、それを真っ向から迎え撃つハクマイナー。
だが、トリィはそれをもひらりと躱し、手に持った錫杖でハクマイナーの胴を薙ぐ。
しかしそれは、天使が左手に持った大きな盾により阻まれる。
戦いにつまる、つまらないはないでしょう。
戦いとは、相手を打ち倒すためのもの。
特に邪悪なる悪魔を相手にする場合は、一切の油断なく、一部の隙も見せずに鏖殺せねばならない。
そこに、遊び心が入る余地などあるはずがありません。
トリィが左手をかざすと、その手の中に禍々しい気配を放つ香炉が現れた。
遥か昔、唯一神に虐げられ、魔界に堕とされし土着の神の成れの果てよ!
魔と成ることもならず、滅びることもままならぬ、虚ろなる神々よ!
今再び、この地に足を踏み入れよ!
憎き仇を眼前に、今こそ其の恨みを晴らせ!
トリィの呪文に呼応し、香炉から溢れ出たのは無数の怨霊。
そのおぞましい光景を目の当たりにしながらも、しかしハクマイナーは軽く冷笑を浴びせる。
憎き〇〆£$◎◆の尖兵・・・
忌々しい・・・
返せ・・・
我等の栄光を返せ・・・!
地獄から呼び出された太古の死霊達が、ハクマイナーを敵と認識する。
無数の「ソレ」は口々に神への、そして天使への恨みを吐き出す。
それは、瞬く間に彼女を覆い尽した。
その光を受け、死霊の群れは多少散っては見せたものの浄化されるには至らず、すぐにまた天使を覆い尽くした。
当然のことながら、死霊には実体がない。
それゆえに物理的な被害はないが、触れられることにより神気を徐々に奪われている。
吸い尽くされることはまずあるまいが、このまま消耗が続けば後の戦いに影響が出る。
追って翼を羽ばたかせるトリィ。
ハクマイナーを追う死霊を、さらに追い越すスピードで天使に肉薄したトリィは、手にした錫杖に魔力を込めて突き上げる。
体勢を崩していたハクマイナーは、その突きを盾で受けることができず、まともに腹部に受けてしまう。
いや―――
受けられなかったのではない。
防御に使わなかった盾をトリィに押し付けて、ハクマイナーが急速前進する。
それも、尋常ではない速さで。
数十メートル直進したところで、今度は急停止する。
押された勢いで、トリィはさらに十メートルほど前方へ弾き出された。
振り切った死霊に至っては、はるか後方だ。
ハクマイナーの身体から、眩い光が放たれる。
死霊たちは、トリィの命令も虚しく身を隠すこともできず、浄化の光に当てられ溶け去っていく。
さすがにトリィほどの悪魔を一撃で浄化するだけの力はないが、それでも身が焼かれる程度の痛みはあった。
さらに深刻なのは、肉体ではなく魔力そのものへの損害である。
強力な浄化の光に当てられ、悪魔の活力である魔力そのものを減衰させられてしまった。
ここが瘴気に満ちた魔界であれば、消耗した魔力も徐々には戻る。
だが、こちらの世界では別の方法で回復する必要がある。
それが、本来生け贄等であり、今のトリィにとっては契約者であるアーマの食事によるエネルギー補給である。
だが、それが十分な量に達していないことは感じ取っていた。
死霊を消されて用無しとなった香炉を消し、錫杖を両手で握り締めて。
トリィは、ハクマイナーの懐に飛び込んだ―――