迷い

文字数 3,244文字

・・・さて、まずは一服しましょう。

豊秩さん、お茶をお願いします。



あの後、念のためにぐるりと回り道をしながら走り回り、一同は無事に事務所に戻ってきた。



どうぞ。



豊秩が人数分のコーヒーと茶菓子を用意する。



ありがとうございます。
ああ、すまない。

俺は飲めないので気持ちだけ。

あ、そうでしたね。
摂取した飲食料で身体のダメージを癒すんでしたか。


コーヒーを飲んだらどうなるかは非常に興味が湧きますが・・・

悪魔と同じ事を言ってるぞ!
まぁ話を進めましょう。

飲める方は、どうぞ召し上がってください。


飲みながら話をしていきましょう。

気軽にね。

考えるべきことがいくつかある、ということでしたか。
そうですね。

現状確認と、それに対する今後の方針といったところです。


まぁ、まずは何が起こったのか。

詳しくお話頂けますか?



別乃世は、守上を尾行している間に起こったことをありのままに説明した。



・・・なるほど。

守上はゾンビになっていて、悪魔祓いを名乗るシスターに始末されたと。


―――悪魔祓いというのは?

・・・あれは、唯一神教の悪魔祓いです。

神秘術と呼ばれる術を操り、悪魔やその魔力を授かった人間を唯一神の敵と見なし、あのように・・・

始末する、か。

映画や何かの悪魔祓いそのまんまだな。

今回の一件では悪魔の呪いを受けている別乃世さんと、その呪いを掛けた悪魔を探している、と?

いいえ、今回の件については別乃世さんではなく、守上さんをゾンビにした悪魔を探しているものと思われます。


あの場所で私たちと出会ったのも、全くの偶然だったようですし・・・

では、無関係であることを証明できれば、争う必要はなくなる・・・?

・・・いえ、そうはなりません。

彼女らは、単純に現世に姿を現した悪魔を処分対象としています。


現に、私をゾンビとは無関係であると認識した上で浄化対象として襲い掛かろうとしていました。

顔を合わせた以上、私も、別乃世さんも、当然狙われ続けます。

すいません、わたしが叫び声をあげてしまったばっかりに・・・
目の前で人が燃やされたんだ、あれは仕方がない。
そのあとも、すぐに逃げ出せていれば・・・

逃げていれば、問答無用で後ろからやられていたかもしれん。


―――現状でうまくいってるんだ。

これがベストだったと考えよう。

まぁそうですね。

「もしも」の話をしていても仕方がありません。


それよりも、今後どうするかを考えましょう。

今後、ですか?

そう。

考えるべきことはいくつかありますが・・・

順番にいきましょう。


ではまず初めに私事ではありますが、事務所としては今後の仕事の方針を考えなければなりません。

たしかに。

依頼対象が一人、ゾンビになった挙げ句に灰にされたからな。

依頼主にどう報告したものか・・・

というのは僕が考えますので良いとして。


もう一人の対象者、杵崎をどうするかですね。

二人一緒に居なくなって、片方がゾンビになってるんだ。

当然、もう一方もゾンビじゃないか?

そうですね、僕もそう思います。

ですが、仕事としては彼の安否を確認しなければなりません。


そして、その場合は結構な確率で―――

あのシスターに出くわすわけか。
・・・
まぁ対処法は簡単ですけどね。

別乃世さんとアーマさんには、この件から外れてもらいましょう。

そうか、普通の人には危害を加えないということなら、わたしと所長が怖がる必要ありませんものね。

そのはずですが・・・


でも気を付けてください。

彼らは悪魔の信奉者―――異教徒に対しても容赦ありません。


私たちを助けたことにより、あのシスターが貴方たちを標的にしていないとも限りません。

私は顔を見られてはいないので大丈夫でしょう。


豊秩さんは・・・

暫らくは、周りに注意しておくべきですね。

そうですよね、どうしましょうか・・・

豊秩さんは、確か一人暮らしでしたよね。

もしよければ、この事務所に寝泊まりしますか?


職業柄、防犯対策も行き届いていますし、警備会社による緊急対応も念入りにお願いしていますので。

考えておきます・・・

では次に、件のシスターへの対応を考えておきましょう。


アーマさん、悪魔祓いのことで、もう少し詳しく分かることはありませんか?

あ、はい。

唯一神教の悪魔祓い、というのはお伝えしたかと思いますが・・・


まず、彼女はあくまでも生身の人間であり、身体能力自体は人間の範疇を超えるものではありません。

たしかに。

守上を殴る蹴るした動きは見事ではあったが、超人的とまではいかなかったな。


だが、そのあとの俺たちの頭上や車を飛び越えた跳躍力は?

そうですね。


あれはおそらく神秘術。

身体能力を強化したものだと思われます。

ああ、さっきも言っていた術か。
その神秘術については、もっと詳しく分かりませんか?

他にどんな術があるかとか、使用に制限はあるのかとか。

すいません・・・

神秘術については唯一神に属する系統の術なので、多くは分かりません。


ですが、先程のシスターが使ったものがどのような術であったかはある程度分かります。

守上を燃やしたり黒いモヤを出したりしてたアレか。

燃やしたのは見たまんまなんだろうが、黒いモヤの方は何なんだ?

あれはおそらく、魔力を霧散させる術です。

死体を「生かしていた」魔力を消し去ることにより、ただの死体に戻したものと思われます。

なるほど、それで守上が崩れ落ちたのか。
その後の炎については、おそらく対象のみを焼き付くす魔法の炎ですね。

具体的な原理や効果は分かりませんが・・・

それにしても、一瞬で人体を灰にするってヤバくない?
単純に火力で焼き付くしているとなると、通常の炎とは比べ物にならないほどの高熱ですが・・・


アスファルトが溶けるなど、周りに影響が出ていなかったのであれば、ただ高温であるというわけではないのかもしれませんね。

何にせよ、食らったら一発でアウトだな。
ですが、術の使用には呪文の詠唱と集中を要しますので、どちらの術も面と向かって当てられるものではないと思います。
たしかに、あのシスターも相手の動きを止めてから使ってましたね。

なるほど。

術については十分に注意しておけば何とかなるかもしれませんね。

他にどのような術があるのか、それが分かれば対策も立てやすいのですが・・・

すいません、私ではちょっと・・・

―――あ、でもトリィなら、もっと詳しく知っているかも?

トリィ?

ああ、俺に呪いを掛けた悪魔だ。

確かにあいつなら知っているかもしれんな。

ああ、例の悪魔ですか。

連絡は取れるのですか?

というか、現在同居している。

帰ったら聞いてみるか・・・

・・・もしよろしければ、僕も同席してよろしいでしょうか。

是非、直に会って話をしてみたい。

あぁ・・・どうかな?

いきなり連れて行ってもムリな気がする。


一度、俺の方から確認を取ってからでもいいか?

はい、お願いします。
でもムリじゃないかなぁ・・・

と思っておいてほしい。

分かりました。

さて、シスターについて分かっているのはこんなところでしょうか。

あとは、ケンカの腕前も大したもんだと思う。

少なくとも、俺じゃ相手にならん。

悪魔と戦うことを生業とした悪魔祓いですからね。


単純な身体能力も非常に高いです。

あくまでも人間の範疇ではありますが。

そうなると、やはり直接ぶつかり合うのは得策ではありませんね。

やはり、基本的には逃げることにしましょう。

できればもう会いたくないです・・・

あとは―――いや、これぐらいですかね。

それでは、以上を踏まえた上で今後の方針を考えていきます。


・・・とはいえ、今日はもうすぐ日も暮れます。

今晩中に考えておきますので、今日のところは解散としましょう。

分かった、よろしくたのむ。

では、車で家まで送りましょう。


念のため、豊秩さんもついて来てください。

独りになると危ないかもしれません。

分かりました。

わたしは・・・やっぱりこちらに泊まらせて頂こうと思います。

それが良いでしょうね。

さて、では明るいうちに行きましょう。



螺理多の車で家に戻った別乃世とアーマ。





―――その夜、悪魔トリカラ・マイウーは戻って来なかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【主人公】

 別乃世・望(コトノヨ・ノゾム)


現代社会への不満故に、軽トラに引かれることにより異世界に転生することを決意したポジティブ・ニート。


紆余曲折を経て異世界転生に失敗。

なんやかんやあってゾンビとなる。

【異界転生女神】

 アーマ・シュクレイム


時空神アナザを主神とする女神。

死に至る者の強い願いの力を使い、その者を異世界に転生させる。


別乃世・望の強い思いに呼応して降臨するが、思いの外即死に至らなかった別乃世が苦痛のあまり、異世界転生よりも傷を治して生き返りたいと思う願いを強めてしまい失敗。

機転を効かせてフォローに成功するも、その代償として神界に帰れなくなる。

アーマ・シュクレイム

(実体化)


食事によるエネルギー摂取のために霊体濃度を高め、実体化した姿。

服も霊体であるため、服装は自由自在である。


摂取した食料を消化・吸収・排出しきるまでは霊体には戻れない。

【操霊邪法悪魔】

 トリカラ・マイウー


別乃世・望を蘇生させるためアーマに呼び出された悪魔。

地獄の7大魔王サンダース・トゥモロウアース配下。

死霊を操る邪法を司る。


別乃世とアーマの要望を最大限に叶えるため、別乃世を「人肉を食らうことにより傷が癒えるゾンビ」にする。

トリカラ・マイウー

(実体化)


アーマのご飯を買いに行くために霊体濃度を高め、実体化した姿。

元が霊体であるため、角・羽根・尻尾・顔の傷などの悪魔的アクセントは出し入れ可能である。

【異端断罪天使】

 メンタイ・ハクマイナー


唯一神に仕える天使。


唯一神の縄張りである現世から魂を掠め取る異界転生、神の名を騙る邪女神、魂を弄ぶ糞悪魔、小汚いゾンビなど、神に逆らう有象無象の一切を許さず断罪する。

【エクソシスト】

 シスター・カッドロゥ


唯一神教徒。

メンタイ・ハクマイナーを守護天使とする悪魔祓い。

空手をベースとした体術と神秘術を組み合わせた戦法を得意とする。


街に増殖するゾンビの元を断つため派遣される。

【ゾンビ・クィーン】

 阿波津・怜子(アワヅ・レイコ)


街ですれ違った別乃世に因縁をつけて、連れの男にボコらせた極悪女。


お腹のすいた別乃世にがぶりとやられてゾンビとなるが、ちょっと噛まれた程度であったため屍にはならず。

人肉を食らう欲求とゾンビ感染能力を受け継ぎレッツ・パーリィする。

【探偵】

 螺理多・極(ラリタ・キメル)


螺旋のごとく捻れ絡み合う、幾多の世の理を見極めることを信念としており、その信念はときに利益や倫理をも度外視する。


理屈さえ通れば神も悪魔も許容する柔軟な思考の持ち主。

【探偵事務所アルバイト】

 豊秩・満子(トヨチツ・ミチコ)


螺理多探偵事務所のアルバイト。

年の割に落ち着いており、色々な話題に即座に対応できる感性の持ち主。


螺理多にはちょっとした憧れを抱いている。

通称ちち子。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色