神への導べ

文字数 2,711文字

辺りの景色が変わった。

地と空の区別もない、何もない、ただほんのりと薄明るい空間。


トリィですら、何が起こったのか理解できずに困惑している。







何だ、これは・・・

何が起こった?

この感じは異空間?

でも・・・何か、普通じゃない。


これは、閉塞空間・・・?

―――そうだ。



声はすれど姿は見えず。

だが、声の主は間違いなく先程まで対峙していた天使・ハクマイナーのものである。



バカな、貴様の存在は確かに消え去ったはず―――

私は、もう神の元へは戻れない。

だから存在自体を消し去ることとした。


―――だが、神の敵である貴様達も帰しはしない。

私と共に消え去ってもらう。

―――分かりました!

ここはあの天使の「中」!


霊体密度を復元できないほどにまで広げ、自らの中に私たちを包み込むことによって、一つの小さな「異世界」を作り上げたんです!

異世界だと?


皆で仲良く、ここ暮らそう―――

というわけではなさそうだな。

そう、ここは「私」でできたひとつの世界。

貴様らはここの住人となった。


だが、私の命はもうすぐ尽きる。

すなわちこの世界は滅び、貴様たちも共に果てるのだ。

それはまた、壮大な無理心中技だな・・・
え、別乃世さん!?
何だ、お前も捕まったのか。
・・・何だか失敗しちゃった?
うぉっ、誰!?

え~?

覚えてない?

いや、アレだ、俺が噛み付いた・・・

阿波津・怜子!


なんでここに?

あれ?

名前教えたっけ?


シスターちゃんの後をずっと付けてたんだけどね。

キミたちがあのコをやっつけたあと、今度は天使ちゃんをいただきたいなぁって隠れて見てたら・・・


巻き込まれちゃったみたい♪

みたい♪って・・・

いやまて、シスターと俺たちのやり取りを見てたのか。


・・・シスターはどうした?

みんなで一緒に食べちゃった♪
食っただと・・・?
ん~、それでね、他のみんなも一緒にいたんだけど、ここに来た途端に溶けて消えちゃったみたい。

他の・・・

ああ、あのゾンビどもか。

ここはあの天使の霊体で造られた世界だからな。


存在するアタシ達も、霊体のみの存在だ。

お前や別乃世、消え去ったゾンビ共は、肉体を「あちら」に残して、霊体だけがここに来ているはずだ。

幽体離脱的な?

そしてこの世界の霊体濃度・・・


天使一体の霊体を丸ごと使った世界だ。

この狭さでこの密度・・・


その濃度は、人間や低級の魔物程度の霊体では一瞬で蒸発させられても不思議では・・・ない、はずなんだが・・・?

ふむ?
・・・貴様、何故平気な顔でここにいられる?
正直、ちょっとぴりぴりするけど大丈夫。
わたしもそんな感じかな?

いや、阿波津・怜子、貴様は分かる。

あれだけの数の人間を食って、さらに徳の高いシスターまで食ったんだ。


今のお前は中級悪魔に肉薄する魔力を備えているはずだ。

じゃあ、俺も?
そんなイベント、貴様にいつ起きた!?

・・・この気配。


そう、ずっと引っかかってはいましたが・・・

この正体の捉えきれない奇妙な魔力・・・


―――人間よ。


なんということだ。

貴様、そこの邪神の「力」を取り込んでいるな?

・・・
・・・

・・・

いやいや、ちょっとまて。



何か、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。


切羽詰まった状況ではあるはずだが、トリィはひとまず落ち着いて、冷静に考えることにした。



そこのアホがアーマの力を取り込んでいる?

そんなバカな、どうやって?


アタシはコイツと契約した。

だから分かる。

コイツは紛れもなくただの人間だ。


そんな、ただの人間が、どうやって女神の力を取り込むと言うんだ・・・



心当たりは、ある。

だが考えたくはない。


考えたくはないが―――



尿か!?


貴様、アーマの尿を飲んだのか!?

汗だけです!!!

汗・・・

汗だと・・・?

女神の汗を、この男に舐めさせたのか?


私の死霊術を受け、食らった血肉を己の肉体に取り込むコイツに・・・!?

うむ、実は。

―――いや、ありえない。

そもそも、一体いつ―――


―――初日の買い物に出たときか・・・!

あー・・・

いや、その、なんだ・・・

・・・つくづく阿呆かアタシは!

何度も自分で言っていただろう、「ありえない」と・・・!


何故気付かなかった。


キサマ、あれから毎日アーマの汗を舐めとっていたのか!

黙っていて、すいませんでした・・・

でも、言ったらきっと怒るだろうから・・・

怒る!?

それどころの話じゃあない。


悪魔の術により女神の汗を取り込み、自らの臓腑を女神の汗で構築したコイツは何だ?


考えたくもないが・・・

半神半人、魔人の類じゃあないのか?


半神半人は神殺し。

―――天使どころか、唯一神自ら乗り出してくるぞ!

え・・・?

でも、え・・・?

え、そんなにすごいの俺?

自覚・・・なしかキサマら。

頼む、もう、何かするときはアタシに教えてくれ・・・


怒らないと約束する。

だからアーマ、頼む・・・

―――そんな必要はありません。


これは僥倖。

確かに半神半人は神への反逆。

ですが、我が主の御手を煩わせることもありません。


あなた方は、このまま私の中で消えてゆくのですから・・・

・・・いや、それこそムリだ。

―――何?

認めたくない。

本当に、これこそ本当に認めたくはないんだが・・・


唯一この場を乗り切れるのが、この変態だけだということが・・・

コイツを頼りにするということが、どれだけ苦渋の選択なのか・・・


貴様には分かるまい。

え、俺?

―――そうだ。

お前が決着をつけるんだ。


女神の汗により力を得、悪魔の魔力でその身に取り込んだものを吸収する。

さらに貴様は今、剥き出しの霊体だ。


舐める必要すらない。

全身で、この空間を占める「天使の霊体」を吸い尽くせ。

な――――――!?

・・・できるのか?

そんなことが・・・!

できなければ全員死ぬだけだ。

だが、そんな心配はいらない。


―――そんなことより、色々ともう疲れた。

さっさと終わらせて、帰ってしばらく休みたい。

そ、そうか?

じゃあ、やってみるぞ―――

―――まて、やめさせろ!

女神を食った魔人に、さらに天使である私までも食わせようというのか!?


我が主が、全天使が黙ってはいないぞ・・・

我らと戦争を始めるつもりか!?

知らん。

考えるのも面倒だ。

やりたければ好きにしろ。

私たちが・・・

別乃世さんが助かるにはこの方法しかないというのならば・・・

やむを得ません・・・!


後で、必ず謝りに行きますので・・・

―――いや、お前が謝った程度では収まらないぞ、アーマ。
え、ダメですか?

わたしも食べたいけど・・・

お肉がないならムリだからなぁ。

まぁ何だ、反対する者はここにはいないということで。

あとのことは、何だか壮大すぎるので俺も知らん。

愚かな・・・

貴様ら、後悔するぞ―――

―――行くぞ!
あぁ――――――・・・・・・




こうして、閉じた天使の「世界」は終わり―――


別乃世たちは、元いた世界へと戻った。

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登場人物紹介

【主人公】

 別乃世・望(コトノヨ・ノゾム)


現代社会への不満故に、軽トラに引かれることにより異世界に転生することを決意したポジティブ・ニート。


紆余曲折を経て異世界転生に失敗。

なんやかんやあってゾンビとなる。

【異界転生女神】

 アーマ・シュクレイム


時空神アナザを主神とする女神。

死に至る者の強い願いの力を使い、その者を異世界に転生させる。


別乃世・望の強い思いに呼応して降臨するが、思いの外即死に至らなかった別乃世が苦痛のあまり、異世界転生よりも傷を治して生き返りたいと思う願いを強めてしまい失敗。

機転を効かせてフォローに成功するも、その代償として神界に帰れなくなる。

アーマ・シュクレイム

(実体化)


食事によるエネルギー摂取のために霊体濃度を高め、実体化した姿。

服も霊体であるため、服装は自由自在である。


摂取した食料を消化・吸収・排出しきるまでは霊体には戻れない。

【操霊邪法悪魔】

 トリカラ・マイウー


別乃世・望を蘇生させるためアーマに呼び出された悪魔。

地獄の7大魔王サンダース・トゥモロウアース配下。

死霊を操る邪法を司る。


別乃世とアーマの要望を最大限に叶えるため、別乃世を「人肉を食らうことにより傷が癒えるゾンビ」にする。

トリカラ・マイウー

(実体化)


アーマのご飯を買いに行くために霊体濃度を高め、実体化した姿。

元が霊体であるため、角・羽根・尻尾・顔の傷などの悪魔的アクセントは出し入れ可能である。

【異端断罪天使】

 メンタイ・ハクマイナー


唯一神に仕える天使。


唯一神の縄張りである現世から魂を掠め取る異界転生、神の名を騙る邪女神、魂を弄ぶ糞悪魔、小汚いゾンビなど、神に逆らう有象無象の一切を許さず断罪する。

【エクソシスト】

 シスター・カッドロゥ


唯一神教徒。

メンタイ・ハクマイナーを守護天使とする悪魔祓い。

空手をベースとした体術と神秘術を組み合わせた戦法を得意とする。


街に増殖するゾンビの元を断つため派遣される。

【ゾンビ・クィーン】

 阿波津・怜子(アワヅ・レイコ)


街ですれ違った別乃世に因縁をつけて、連れの男にボコらせた極悪女。


お腹のすいた別乃世にがぶりとやられてゾンビとなるが、ちょっと噛まれた程度であったため屍にはならず。

人肉を食らう欲求とゾンビ感染能力を受け継ぎレッツ・パーリィする。

【探偵】

 螺理多・極(ラリタ・キメル)


螺旋のごとく捻れ絡み合う、幾多の世の理を見極めることを信念としており、その信念はときに利益や倫理をも度外視する。


理屈さえ通れば神も悪魔も許容する柔軟な思考の持ち主。

【探偵事務所アルバイト】

 豊秩・満子(トヨチツ・ミチコ)


螺理多探偵事務所のアルバイト。

年の割に落ち着いており、色々な話題に即座に対応できる感性の持ち主。


螺理多にはちょっとした憧れを抱いている。

通称ちち子。

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