第28話

文字数 1,073文字

――白い光が目の前を包む。
まるで何かに揺られているような、そんな気持ち良いのか気持ち悪いのかわからない心地だ。
気がついた頃には緑の生い茂った大地へと足をおろしていた。恐らく森かどこかだろう。

目の前を見ると――
「!?大丈夫ですか――!?」
血まみれで服も焦げている満身創痍な状態の男性が横たわっていた。
衝撃のあまり大きな声を出してしまった。もしここが森ならば熊などが襲いかかってくる可能性も考えられる。もう少し声を抑えればよかったと後悔したところで目の前の男性は呼びかけた声に反応する。
「……み、水を――」

どうやら火傷した所を水で冷やして欲しいらしい。
周りにどこか川や湖は無いか…と見渡してみる。
するとすぐ先のところに村をみつけることができた。
「あ、あそこに村があります!背負っていくので、ちょっと動けますか……?」
男性は無言で上体を起こす。
男性の脇の下に腕をまわし、所謂おんぶの体制をとる。

しばらく無言が続く。村まであと半分くらいといったところで男性が口を開く。
「……キミ、名前は?」
「千多喜、です。楠千多喜。」
「そう……」
男性は応えをもらって満足したようで、自分は名乗らずまたぐったりとした様子で千多喜に体を預けた。
しかし千多喜もそんなにお人好しではない。
「俺にだけ名乗らせてずるいですよ……あなたはなんて名前なんですか?」
「……さか、れあじ。」
「え?」
「きょうさか、れあじ。」
やっと聞き取れた所で、れあじと名乗った男性はまた電源が切れたかのようにぐったりとした様子に戻った。

着いた村の人達は優しく、れあじと名乗った男の手当を懸命にしてくれた。
酷い火傷で左目がもう見えない状態らしいが、あの火傷で皮膚に後遺症が残らなかったのは不幸中の幸いだろう。

れあじと名乗った男性はそれから数日間その村で療養することになった。そして何故か俺も、その傍に居ることになった。
まあもう、俺にはなにもないし、やることも無い。自殺しようとしたら別世界に転生してしまって怪我人の面倒を見るなんて、転生する前と何ら変わりないじゃないか。
そんなことを思っていると、れあじと名乗った男はベッドから身を乗り出してこちらの様子を伺ってくる。

「……ちたき?大丈夫か?」

思い詰めているように見えたのか。心配した様子で問いかけられる。

――そうだ。俺にはもう何も無い。

でも。この目の前にいる男を――何故か、守らなくてはいけない気がした。
決して妹の影と重なって見えたなどでは無い。
何故かは本当に分からない。
そして、これからの異世界生活、俺はこいつと過ごしていくんだろうな、と何となくおもった。
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