第32話

文字数 1,965文字

「なんで……なんで生贄を捧げなかった!!!!」

俺の住む村には仕来りがあった。
それは――数年に一度、村の長の子を生贄に捧げなければいけないというもの。

俺には兄がいた。
生贄として捧げられるのは兄だった。
生贄に選ばれたと知らされたあの日から、兄の目は日に日に曇っていき、最終的には死んだような目をするようになった。
そりゃあそうもなるだろう。
自分も兄の立場になって考えてみたい。急に生贄に捧げなければいけなくなったと言われ、普通の幸せも手に入れられないような生活を送らなければならなくなるのだ。
俺だったら、耐えられない。
いや、俺だったら、じゃない。
兄も、耐えられなかったんだ。

捧げる前日の夜のこと。
「――母さん!父さん!大変だ!」
俺は必死に叫ぶ。この事実を早く伝えないと大変なことになると分かっているから。
「どうした?玲亜二。」
「兄ちゃんが……兄ちゃんが居ないんだ!」
「 ……なんだって!?」
それからは家族で必死に探した。日がのぼり、空が明るくなっても尚、探し続けた。
ついにその日の夜。生贄を捧げる儀式が始まるまでに、兄を探すことは出来なかった。
俺を生贄にすればいいという意見も出たが、事前の手続きとやらを兄でしてしまっているため俺では駄目らしい。
もはや、俺に出来ることは何も無かった。


(生贄を捧げなかったら……どうなるんだろう)
そんなことを考えながら俺は眠りにつく。生贄を捧げなくても、このまま朝日が昇って、兄が帰ってきて、それからまた普通の生活をして、という想像しか今はできない。「最悪の場合」を考えたくは無い。
不安も少しずつ薄れてきて、やっと眠りにつけるか……と思った矢先の事だった。

ゴオオォォ……という音がする。酷く大きい音だ。すぐに眠気は吹き飛んだ。

俺の部屋は2階。早く1階に行って母さんと父さんに知らせないと……しらせ、ない、と、

「………………かあさん、とうさん、?」

勢いよく走ったからか、この惨状を目の当たりにしたからか、心臓が生まれてこの方無いくらい早く脈打つ。

そう。そこには――炎に包まれた、父親と、母親の姿があった。

それからの記憶は殆ど無い。死に物狂いで家を飛び出し、村を飛び出し、そのまま走り続けた。
腕に木の幹が突き刺さっても、足の裏でガラス片を踏んづけても、必死に走り続けた。そんなことを気にしている余裕はなかった。

気がつくと目の前には土が広がっていた。
(ああ……おれも……もう、ここで終わりかな……)
最悪な終わり方だったな、と目を閉じようとする。しかし――


「大丈夫ですか!?」
閉じようとした目を無理やり開いてくるような大声。
こんな森で大声を出して、熊か何かに襲われても知らないからな。と思う。
でも、せっかく心配してくれてるんだし――

「み、水を……」

水でまずこの火傷を冷やそう。もう手遅れかもしれないが、やらないよりかはましだ。
大声を出した男は当たりを見回したあと、村を見つけたと言う。
そこに連れていくためにおんぶをさせて貰えないかと頼まれる。なんて良い奴、気の利くやつだ。その言葉に甘えさせてもらう。

(そういえば、名前を聞いていなかったな。)
「……キミ、名前は?」
「千多喜です。楠千多喜。」
「そう……」
ちたき、っていうのか。珍しい名前だな。どんな漢字を書くのだろうか。いや、そもそも漢字なのか?カタカナの可能性もあるな……
「俺にだけ名乗らせてずるいですよ……あなたはなんて名前なんですか?」
ああ、忘れてた、と思い自分の名前を名乗る。
「……さか、れあじ。」
「え?」
「きょうさか、れあじ。」
こっちは弱ってるんだ、1度で聞き取ってくれ……など失礼なことは考えないようにして、大人しく千多喜の背中でゆっくりと休ませてもらう。

しばらくして村に着いた。村の人は俺の形相を見てめちゃめちゃ驚いてた。そりゃあこんな血だらけ火傷だらけの男を村に連れてこられたら驚くよな。
でも、村の人は優しかった。俺の治療もしてくれたし、療養のための部屋も貸してくれた。

そしてそこには千多喜もずっと居てくれていた。
正直俺にはそれが一番メンタルの支えになっていたように思う。母親も父親も兄をも一気に失った俺にはもう何も残されていなかった。
世界でこんなに不幸なのは俺だけだと思った。
でもそんなことは無かった。
この目の前にいる男、千多喜も、家族を失ったらしい。
そんなあまり良くない共通点を持ちながらも、俺たちの仲は親密になっていった。
俺は火傷の後遺症で左目が見えくなったし、まだ十分に体を動かすことはできない。けれどそんな俺も見捨てずに千多喜はいつも話をしてくれる。
気づけば俺の生きる理由は千多喜になっていた。
千多喜がいない世界なんて――
千多喜が――
ちたき、が――



パァン!と耳を劈くような銃声が鳴り響く。
千多喜が玲亜二の顔の横スレスレに銃弾を放ったのだ。
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