蘇芳の散華

文字数 473文字

 強い風が吹いている。
 風音は耳の中で共鳴し、轟音を立てている。
 空は明るいのに灰色で、時刻は分からない。
 体ごと吹き飛ばされそうなほどの向かい風の向こうを見ると、鳥になった様な景色が広がっていた。

 景色が変わる。
 肢体が解け、深紅色が霧散していく。
 黒い地瀝青(アスファルト)の地面に、蘇芳色(すおういろ)が散華される。

 春を知らせる風が撫でた緋色に、絹糸の面影はない。
 抱きしめられたかけらは、抱きしめられるほどに滲んでゆく。
 朝を告げようとする光が、償う事を許されなくなった罪を無情に照らし、癒える事の無い傷は呵責(かしゃく)する様に疼く。

 ――誰かが、私の名前を、呼んでいる……。

 けたたましく鳴り響く目覚まし時計の電子音(アラーム)に夢は途切れる。
 誰かに抱きしめられた記憶だけが、やけに鮮明だった。
 しかし、その相手が誰なのか、それが何処だったのか、それは夢でさえ判然としなかった。
 ただ、脳裏に残る夢の残影に、強い既知感(デジャヴ)を覚えて、淡雪の様に消えてゆく夢の記憶にさえ、それは残り続ける。
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