夾竹桃の香

文字数 2,491文字

 顔の無い等身大の人形が並ぶ、白く無機質な部屋の中、花房は背の高い机に拳銃を出した。
「何ですか、この、ピンクとブルーの銃……」
「鎮圧銃の模型。実物と区別する為に変な色にしてあるんだよ」
 出された拳銃は、一般的な自動拳銃よりも一回り程大きい。
「鎮圧銃?」
「装備品の話、聞いてない?」
 女は無言で頷いた。
「ま、仕方ないか……」
 花房は肩を竦め、非正規捜査員の装備について語る。
「鎮圧銃が持てるのは、警察官の護衛に就く保安官や対応官、場合によっては対応官級の医務官で、現場出動の時に貸し出されるんだ。保安官は警察官が外に出る直前に貸してくれるけど、対応官は出動時にロッカーから持ち出せる。持ち出しの記録は残るけど、必要があればいつでも使えるんだ。その分、特対の監察係なんかはいつでも持ち歩いてるから、監察を見たら警戒した方がいい」
 机の上の銃に手を伸ばし、花房はそれを分解する。
「太い引き金は指紋認証を兼ねてるから、使う時にはまず引き金に指を掛けてね。フロントサイトに顔面認証レンズがあって、相手が確認出来ないと撃てないから、拳銃と扱いが違う事は覚えておくように」
 桃色の本体を指差しながら、花房は続ける。
「基本的に無線通信だけど、能力が邪魔して通信が上手くいかない事も多いから、認証ブレスと有線接続をする方が確実だよ」
 それを聞き、女は首を傾げる。
「でも、その、認証端末も、無線通信ですよね……外すなとは言われていますけど、壊さないか心配なんですけど」
 花房は女を見て、妙に思いながら口を開く。
「認証ブレスは、装着した時の認証が外すまで有効で、無線通信が途絶してもオフラインでも認証は解除されないから大丈夫だよ。それに、君の念力くらいで壊れるほど脆い物じゃないよ」
「そう、ですか……」
「ただ、裏を返せば、外した瞬間に全部の認証が途切れてしまうから、通信出来ないオフライン環境だと、鎮圧銃や軍刀のロック解除が出来なくなっちゃうところには注意が必要だね」
「軍刀のロック?」
「警察官に支給される刃物は軍刀って呼ぶんだ。表向きには警戒刀とか警刀って言ってるけど。まぁ、自分で刀買う人も居るから、軍刀のロック解除が出来ない事は問題ばかりじゃない。それじゃ、話を戻して、有線通信で認証する方法を教えるよ」

 花房は引き金の下の部分を指差した。
「此処に小さな接続口が有るでしょ。此処に通信ケーブルの尖った方を差し込むんだ。ブレスの方は平たい基盤みたいなのを張り付ける様にして接続する。ケーブルは本体に接続された状態で保管している事もあるし、支給のスマホも同じケーブルを使うから、予備は持ち歩くように指示されるよ」
 本体から弾倉(マガジン)を取り出し、花房は続ける。
「これがマガジン。拳銃にしては大きいから、マガジンはグリップを兼ねてるんだ。それと……この中に入っているのが専用の弾」
 水色の弾倉から、女性の親指ほども大きさの有る黄色い弾が転がり出る。
「これは模型だから普通に出し入れが出来るけど、実物は専用の工具で蓋を開けないと開かないし、弾の装填は基本的に保管庫の準備室でしか出来ない」
「随分大きな弾丸ですね……」
「普通の拳銃と違って、中の薬剤を乱暴に皮下注射する為の物だからね」
「薬剤……」
「基本的に、弾の中には緊急鎮静薬の液体が入っていて、特殊能力者の能力を使わせず、そうでない犯人も安全に鎮圧する事が出来るらしい。勿論、致死性麻酔薬が入っている事もあるから、殺さない前提ではないけど」
 女は目を瞠り、花房を見る。しかし、花房は淡々として続ける。
「それともうひとつ、充電されていないと意味は無いけど、超小型の無線テーザー銃……テーザーとか電撃弾とか言われる、突き刺さる小型スタンガンみたいな弾もあるんだ。テーザーモードだと認証さえあれば相手を問わず緊急発砲出来るから、僕達は基本的にテーザーのマガジン、エレキとも呼ばれてるそれを携行してる」
 弾を弾倉に戻しながら、更に彼は続けた。
「それと、薬剤弾、鎮静剤や麻酔の入った弾には、一応解毒剤というか、拮抗薬があって、それも弾になっている。標準装填の物だと、薬剤弾の次に解毒剤の弾が入っていて、身柄を確保出来たら鎮静剤の方を撃つのが決まりだよ。尤も、変異体なんて死んでもいいって思ってる連中は、拮抗薬なんか使わないけど」

 女は再び目を瞠って花房を見る。だが、花房はさも当然の様に続けた。
「一応、拮抗薬が撃てなかった時に備えて、解毒剤の緊急注射は持たされてる。神経毒性の有るガスを浴びた時の応急処置にも使えるからね。それと、銃が壊れた時に備えて、緊急出動の時には鎮静剤の注射も持たせてくれる。こっちは鎮静剤しか入ってない……とはなっているけど、実際は致死性の麻酔かもしれない」
「あの、さっきから、なんだか規則違反が当然みたいな事仰いますけど」
「勿論、表向き、一般人相手には、その規則の大部分が適用される。ただ……注射薬に関しては僕達非正規捜査員こそ注意しなきゃいけない。あれは接近戦で緊急に使う物だけど、一般人相手の接近戦はまずあり得ない。だから、あれは僕達を殺す為の道具だと思った方がいい。それが僕達の共通認識だよ」
 花房は冷淡な黄金色の瞳を女に向ける。
「僕達は虞犯者なんだから、当然なんだけどね……さ、ずっと説明聞いてるのも退屈だろうし、実際に撃ってみよっか。練習用は紺色に塗ってある物で、弾はスタンプになってるんだ」
 女に背を向け、花房は棚から訓練用の鎮圧銃を二丁取り出す。
「認証のプロセスは実物と同じだよ。撃てるのは白いマネキンと練習用の的に設定されてる所だけだから、人に当たる心配はないよ。ただ、的以外を認識したら警告音がなかなか止まってくれないから注意してね」
 彼は銃把を兼ねた弾倉の赤い方を女に手渡す。
「インクは専用の洗剤で全部落ちるから、的に当たらなくても慌てなくていいよ。扱い方の手順だけ覚えてね。こんな風に」
 言って、花房は手本を見せた。
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