散り行く華

文字数 608文字

 薄暗い階段を進んでゆく。
 屋上が近いのだろうか、視界の先にあったのは、重い鉄の扉。
 鍵を覆う樹脂の被せ物を割って、その先へと進む。
 軋む蝶番を押し退ける様にして開いた扉の先に広がるのは、灰色の混凝土。
 息も出来ないほどの強風が吹き付けるその空は、混凝土と同じ灰色だった。

 進む事を阻むほどの向かい風を受けながら、歩いてゆく。
 最早、人の立ち入りを想定していないのか、縁を囲う柵は無い。
 地上を俯瞰するほどに進み、その足は止まる。
 見下ろした世界には、現実感が無い。

 ――さようなら。

 誰が思ったのか分からない。
 この景色を見ているはずの本人の感情ではない。
 それでも、その身体は意に反する様に、強い向かい風を押し切る様に動く。

 凄まじい向かい風に、視界が歪む。
 赤い霧の様な物が、灰色の世界を乱暴に彩りながら、風は最早風と思えないほどに強く吹き付ける。
 そして突然にその身体は軽くなり、より一層凄まじい風を受けながら、赤と灰色の景色に包まれる。

 叩き付けられた様な衝撃に、目を開く。
 白い天井が、白い光を湛えたまま、彼女を見下ろしていた。
 赤と灰色の景色は黒い地瀝青(アスファルト)と溶け合う様に消え、ただ、眼前に広がる白い景色だけを彼女は見つめている。

 今のは何だったのか。
 あの感情は、あの景色は、一体、誰の物だったのか。
 女はただ、白い天井を眺め続けた。
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