悪鬼の足跡

文字数 1,683文字

 兼定は電算課の執務室を訪ね、伊坂を探す。しかし、不在らしく、この状況を何と説明しようかと考え居ていたところで、その伊坂が執務室に戻ってきた。
「あぁ、よかった」
「兼定さん、どうかしましたか?」
「ひとつ頼みがある。手違いで認証ブレスが届いていない新入りが居てな」
「はぁ……」
 伊坂は怪訝に言いながら、認証端末の設定を行う端末を稼働させているパソコンを立ち上げる。
「登録番号が分かれば設定は出来るよな」
「はい」
 伊坂は机の抽斗から予備の認証端末を取り出し、設定機器から伸びた平たい接続端子をつなぐ。
「それで、登録番号は」
 兼定の述べるとおり、伊坂は登録番号を打ち込んだ。
「あれ? 情報はあるのに、指紋登録が無い……」
「不備だらけだな……その指紋登録、ブレス自体で出来るか?」
「あ、はい……」
「それじゃあ、悪いが指紋登録が出来る状態にまでは設定してくれるか?」
「はぁ……」
 困惑気味にも、伊坂は指定された状態へと認証端末を設定し、設定機器から外す。
「面倒を掛けてすまない、こっちが落ち着いたら、また飯でも」
「あまり無茶はしないで下さいよ」
 認証端末を受け取った兼定は、足早に執務室を出る。すると、連絡端末が着信を知らせる。相手は面会を申し込んでいた松平の代理人だった。
「こちら兼定」
 ――こちら特対課長松平の代理、水戸。十三係兼定対応官、係長との面会はすぐに可能だ、今すぐ特対課長室に来なさい。
「申し訳ないが、少しだけ猶予を頂きたい。地下に届け物がある」
 ――出来る限り急いで下さい。お待ちしております。以上。
 通話しながら、兼定は昇降機を待っていた。
 こんな時に限って、なかなか降りてこないものだと苛立ちながら。

 用意した認証端末を地下の宿舎に届け、兼定は地上へと向かう。
 目指すのは、十四階の係長室。
 入室を許された兼定は敬礼した。
「見当は付いている、あの新入りについてだね」
「ご承知でしたか」
「悪いが、あの新入りについては」
「扱いに関しては、課長の指示に従います。しかし、経緯と脅迫の件については、納得が出来ません」
 脅迫の文言に動じない様子から、兼定は其処までは織り込み済みだったのだと理解する。
「加えて、居室の私物が損壊されています」
 松平は溜息を吐いた。
「それは事実かね」
「はい」
「なら、補償はこちらで行う」
「調査、ではないと」
「調べる必要は無い、こちらで処理する。損壊された品とその対価の見積もりを今日中に私宛に送りなさい。保証金は後ほど支払う。以上だ。あの新入りについて、これ以上何も考えてはならない。デルフォイはあの新入りを十三係に置く事が最善の判断とした、それ以上は私も分からない」
「最善の判断、ですか」
「あぁ」
「しかし、あんな腰抜けを抱えられるほど、我々に余裕はありませんよ」
「今は腰抜けかもしれないが、強すぎる能力を持った特別な人間だ。無理を言うが、どうか鍛え上げてくれ」
 松平は立ち上がる。
「次の予定があるのでな」
 松平が部屋を出た事で、外に控えていた水戸が入れ替わって入室する。
「君も忙しいんだろう?」
 兼定は苦々しく息を履き、水戸を一瞥する。
「……失礼します」
 形式的な敬礼の後、彼は部屋を出た。

 階段で一階層を下り、一班の執務室の扉を開ける。
「あぁ、副長」
 端末機で報告書の類を確認していた黒金は立ち上がる。
「花房は」
「稽古を付けに行くと」
「まったく……それはそうと、無人警備機を一台持ち出すんで、書類を作っておいてくれないか」
「どうかされましたか?」
「ちょっと厄介事があってな、地下の宿舎、あの新入りの……」
「浅葱ですか」
「そう、その浅葱の監視に用が出たんでな」
 黒金は分かりましたと言って、端末機の画面を申請書類の入力(フォーム)に切り替える。
「期限はいつまで」
「ひとまず、向こう三日で頼む」
「分かりました」
「後は頼んだ」
 兼定は足早に物置きを兼ねたロッカー室に向かい、無人警備機の埃を払った。
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