悪魔の痕跡
文字数 1,944文字
「まったく、酷 ぇ事をしやがる」
鑑識ドローンが全て引き揚げたのを見届け、兼定は室内に踏み込んだ。
室内を見渡すと、蓋を開けたまま箪笥の上に置かれていたであろう乳液の瓶 が落とされた上に踏みつけられ、中身は黒い靴後と化していた。
それだけでなく、箪笥の上の手鏡も落されて鏡面が砕け、樹脂製の枠だけが残っている。
箪笥の高さと床の硬さから、それが単に落ちて割れた物でも無いだろうと兼定は更に辺りを見回す。
化粧小物が雑然と置かれていた箪笥本体に目を向ければ、乱暴に開閉されたのか、あまり収納されている様子も無いのに、抽斗 の隙間にタオルが挟まったまま放置されている。
「物盗りとは言えんな」
少し奥に目を向けると、貴重品を纏めていたらしい手提げ鞄 が乱暴にひっくり返された上、放り出されていた。
詳しく見るとファスナーが壊されており、その傍らには同じ様にファスナーの壊された財布があった。
兼定は財布を拾い上げ、その中を確かめる。
周囲には硬貨が散乱し、カードが放り出されている上、財布自体はファスナーのみならず蓋まで握り潰されているにも関わらず、札入れ部分には紙幣が確認出来た。
まるで、見せしめの様に壊され、荒らされた室内に、兼定の表情は険しさを増すばかり。
台所の方に踏み込むと、積まれていた段ボール箱のひとつが破れるほど乱暴に開封されていた。そして、其処から引き出された白いブラウスには、黒い靴跡が残されており、袖口を拾い上げれば、鈕 が割られていた。
「盗られた物がねぇか確かめくれ」
兼定に促され、女は恐る恐る室内に入る。
無残に散らばる物を拾い集め、寝台の上に並べる中、鮮やかな《キャンディ》縞模様 の巾着袋を手に、女は不思議そうに呟いた。
「何で……これ、盗らんかったんじゃろう……」
兼定は女の手元に目を向けた。
「何が入ってる」
「携帯電話と、保険証と、免許証と、家の鍵です」
「開けてみろ、抜かれているかもしれない」
女は結わえた紐を解き、その中を確かめる。
「盗られた物はありません……」
「そうか……それじゃあ、免許証を見せてくれ」
女は手帳型の入れ物に入った免許証を取り出し、兼定に手渡す。
兼定は連絡端末の顔面認証を立ち上げ、免許証の写真から登録情報を探す。そして、其処に表示された情報が免許証のそれと一致しない事を確かめた。
「肌身離さず持っておけ」
言って、兼定は免許証を女に返した。
「昨日、桜田さんから受け取った物があれば、見せて頂けますか」
電子錠の解錠記録の吸い出しを試みていた春月も室内に入り、その様子をひと通り確かめる。
女は黒い上着を拾うと、その衣嚢 から一枚のカードを取り出した。
「拝見します」
春月はそれを取り上げ、眉を顰める。
確かに、それはカードキーである。だが、印刷面に細工こそされているが、本来は報道関係者等、庁舎内に入る一般人に貸し出される入館証明であった。入館証明は限られた室内への入室を許可するだけの物であり、宿舎にそれは通用しない。
「桜田さんから渡されたのは、このカードだけですか」
問われ、女は頷く。
「そうですか……」
春月はカードをウェストコートの衣嚢に納める。
兼定は台所から手前に戻り、春月の隣に立った。
「どうする」
「認証端末を手配して下さい。それと、係の無人機を一台こちらに」
「分かった。春さん、あんたは」
「無人機の手配が出来るまでは此処に」
「分かった。端末は俺が持ってくる」
兼定は部屋に背を向ける。
「冷蔵庫までは、探さなかったみたいですね……」
台所に踏み込んだ女の言葉を背に聞きながら、兼定は部屋を後にした。
「申し訳ありませんが、お化粧を落として頂けますか」
女は台所から春月を振り返る。
「脅迫されたとの事ですから、身の安全の為です。貴女を脅迫した人物が特定されるまでは、それに従って下さい」
女の眼差しが怨嗟 を帯びる。
「今の貴女は……犯罪者に準ずる存在と看做 されています。私や、彼がそうである様に」
「え……」
「対応管補佐というのは、基本的に虞犯者 から選ばれるもの……何ら罪を犯していないにもかかわらず、虞犯者は受刑者同等です。それを、特例で外に出すのが非正規捜査員の制度……そんな人間を守る物は、此処に有りません」
女は少しだけ恨めしげに春月を眺めて、台所の流しに向かう。
「何でこんな事になっちゃったんでしょうかね……私、ただ……親孝行、したかっただけなのに」
水音が、その言葉の先を問う事を許さなかった。
鑑識ドローンが全て引き揚げたのを見届け、兼定は室内に踏み込んだ。
室内を見渡すと、蓋を開けたまま箪笥の上に置かれていたであろう乳液の
それだけでなく、箪笥の上の手鏡も落されて鏡面が砕け、樹脂製の枠だけが残っている。
箪笥の高さと床の硬さから、それが単に落ちて割れた物でも無いだろうと兼定は更に辺りを見回す。
化粧小物が雑然と置かれていた箪笥本体に目を向ければ、乱暴に開閉されたのか、あまり収納されている様子も無いのに、
「物盗りとは言えんな」
少し奥に目を向けると、貴重品を纏めていたらしい
詳しく見るとファスナーが壊されており、その傍らには同じ様にファスナーの壊された財布があった。
兼定は財布を拾い上げ、その中を確かめる。
周囲には硬貨が散乱し、カードが放り出されている上、財布自体はファスナーのみならず蓋まで握り潰されているにも関わらず、札入れ部分には紙幣が確認出来た。
まるで、見せしめの様に壊され、荒らされた室内に、兼定の表情は険しさを増すばかり。
台所の方に踏み込むと、積まれていた段ボール箱のひとつが破れるほど乱暴に開封されていた。そして、其処から引き出された白いブラウスには、黒い靴跡が残されており、袖口を拾い上げれば、
「盗られた物がねぇか確かめくれ」
兼定に促され、女は恐る恐る室内に入る。
無残に散らばる物を拾い集め、寝台の上に並べる中、鮮やかな《キャンディ》
「何で……これ、盗らんかったんじゃろう……」
兼定は女の手元に目を向けた。
「何が入ってる」
「携帯電話と、保険証と、免許証と、家の鍵です」
「開けてみろ、抜かれているかもしれない」
女は結わえた紐を解き、その中を確かめる。
「盗られた物はありません……」
「そうか……それじゃあ、免許証を見せてくれ」
女は手帳型の入れ物に入った免許証を取り出し、兼定に手渡す。
兼定は連絡端末の顔面認証を立ち上げ、免許証の写真から登録情報を探す。そして、其処に表示された情報が免許証のそれと一致しない事を確かめた。
「肌身離さず持っておけ」
言って、兼定は免許証を女に返した。
「昨日、桜田さんから受け取った物があれば、見せて頂けますか」
電子錠の解錠記録の吸い出しを試みていた春月も室内に入り、その様子をひと通り確かめる。
女は黒い上着を拾うと、その
「拝見します」
春月はそれを取り上げ、眉を顰める。
確かに、それはカードキーである。だが、印刷面に細工こそされているが、本来は報道関係者等、庁舎内に入る一般人に貸し出される入館証明であった。入館証明は限られた室内への入室を許可するだけの物であり、宿舎にそれは通用しない。
「桜田さんから渡されたのは、このカードだけですか」
問われ、女は頷く。
「そうですか……」
春月はカードをウェストコートの衣嚢に納める。
兼定は台所から手前に戻り、春月の隣に立った。
「どうする」
「認証端末を手配して下さい。それと、係の無人機を一台こちらに」
「分かった。春さん、あんたは」
「無人機の手配が出来るまでは此処に」
「分かった。端末は俺が持ってくる」
兼定は部屋に背を向ける。
「冷蔵庫までは、探さなかったみたいですね……」
台所に踏み込んだ女の言葉を背に聞きながら、兼定は部屋を後にした。
「申し訳ありませんが、お化粧を落として頂けますか」
女は台所から春月を振り返る。
「脅迫されたとの事ですから、身の安全の為です。貴女を脅迫した人物が特定されるまでは、それに従って下さい」
女の眼差しが
「今の貴女は……犯罪者に準ずる存在と
「え……」
「対応管補佐というのは、基本的に
女は少しだけ恨めしげに春月を眺めて、台所の流しに向かう。
「何でこんな事になっちゃったんでしょうかね……私、ただ……親孝行、したかっただけなのに」
水音が、その言葉の先を問う事を許さなかった。