映画『ノア』(2014年)を観よう

文字数 2,030文字

ダーレン・アロノフスキー監督の映画『ノア』(2014年)を一緒に観よう。
ラッセル・クロウ演じるノアが三人の息子たちに、天地創造からエデン追放、カインとアベル、悪のはびこりまでを語り伝える場面は、「創世記」のおさらいになるね。
ノアの台詞で「創世記」の天地創造を語りながら、映像では宇宙誕生から始まり、地球の進化の過程を描いている。

現代の科学と矛盾しないよう配慮した、面白い演出だと思う。

映画では、カインの子孫たちは文明社会を築き、たがいに奪い、殺し、罪を重ねていた。

貴重な鉱物資源も掘り尽くして、ひどい環境破壊をもたらしている。

でも、カインの子孫が「堕落の道」を歩んでいるとは、「創世記」に書いてないよね。

カインの子孫であるトバル・カインは「青銅や鉄でさまざまの道具を作る者となった」(創6:22)と記されている。

この記述から、カインの子孫が鉱物資源を採掘し、文明社会を築いているという演出になったのではないかな。

「創世記」でトバル・カインの父レメクが妻たちに語る言葉が物騒すぎだから、映画のトバル・カインが暴力で支配する人物として描かれたのかも…?
創世記6章23節

わたしは傷の報いに男を殺し

打ち傷の報いに若者を殺す。

カインのための復讐が七倍なら

レメクのためには七十七倍。

神は、アベルを殺したカインを殺さず、生きて罪を償うことを命じて、復讐の手からも守ったのに…。
映画では、セトの子孫のみが神を信じ、おこないも正しかった。

そのセトの末裔が、主人公ノア

創世記6章9節

その世代の中で、ノアは神に従う無垢な人であった。ノアは神と共に歩んだ。

ノアが誠実に生きていたことは、「創世記」に記されてるとおりだ。
でも、セトの子孫すべてが正直で神を信じていたなら、ノアとその家族だけでなく、ノアの兄弟姉妹やその家族も箱舟に入るよう命じられていたはずだよね。

カインの子孫を悪、セトの子孫を善として描くのは、単純すぎると思う。

映画の中で、「番人」(Watcher)と呼ばれる泥の巨人たちは、ネフィリムから着想したキャラクターだろう。

創世記6章4節

当時もその後も、地上にはネフィリムがいた。これは、神の子らが人の娘たちのところに入って産ませた者であり、大昔の名高い英雄たちであった。

映画に登場する泥の巨人たちは、もともと光の天使だった。

エデンの園から追放された人間を助けるため、神に背いて地上に降りた時、泥の巨人に変わった。

泥の巨人たちが、箱舟を守るために犠牲となり、光の柱となって帰天するシーンはグッときたね。
泥の巨人のリーダーであるシェムハザという名前は、「創世記」には書いてないけど…。

シェムハザという天使は、旧約聖書の偽典と呼ばれる『エノク書』に登場するのだ。

シェムハザをリーダーとする天使たちは、人間の娘たちと結婚し、ネフィリムが生まれた。

堕天使たちは、人間に武器を作ることや身を飾って誘惑することを教え、地上に悪を増した

堕天使たちはギリシャ語で「見張る者」を意味するエグリゴリ(ἐγρήγοροι)と呼ばれる。

映画に登場する「Watcher」の由来は、このエグリゴリだろう。

皆川亮二の漫画『ARMS』にエグリゴリと呼ばれる軍産複合体の秘密組織が登場するけど、『エノク書』が元ネタだったんですね。
聖書の正典では、天使はミカエルとガブリエルしか登場しない。

日本のアニメや漫画、ラノベを好きな人たちの方が、ふつうのクリスチャンより天使の名前に詳しいよね。

この映画では、神を目に見える姿で描かない。
子供でも老人でも、男でも女でも、白人でも黒人でも、どんな姿で描いても批判する観客はいそうだよね。

この映画ではなぜか、God(神)と言わずに、Creator(創造主)と呼んでいた。

My lord(我が主)ではなく、My Creatorと呼びかけている。

ID(intelligent design)論者に配慮したのかな…。

映画では、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』みたいに、環境破壊によって荒廃した大地で人々は暮らしている。

ノアが荒野に一粒の種を植えると、瞬く間に芽吹いて巨木に育つ。

一夜にして、荒野が大森林に変わった。

その荒野から、突然に水が湧き出て、大河となる。

箱舟の完成が近づくと、鳥や動物や生きものたちは自ら箱舟に集まってくる。

自然現象の中に「神の御業」を感じる、という演出はすごく良かった。

カインの子孫が悪であるとか、大雨が降り出すと何千人もの人々が箱舟のまわりに押しよせるといったエピソードは、「創世記」に記されていない。

しかし、『お静かに、父が昼寝しております ―ユダヤの民話』「大洪水」には、ほぼ同じ筋書きが書かれている。

ダーレン・アロノフスキー監督は、保守派のユダヤ教徒の家庭で生まれ育った。

これは、ユダヤの伝統に基づく解釈なのかもしれない。

引用

新共同訳『旧約聖書』


参考

『お静かに、父が昼寝しております ―ユダヤの民話』母袋夏生編訳、岩波少年文庫、2015年

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