創世記29章-30章 ヤコブの子供たち

文字数 4,283文字

ひとめぼれしたラケルと結婚するために、ラバンの家で7年間働いたヤコブは、ラバンの計略によって、レアとラケルの両方と結婚することになった。
約束の年限を勤め上げて、愛するラケルを生まれ故郷に連れ帰るつもりでいたヤコブは、レアと無理やり結婚させられ、ラバンの家でさらにもう7年働くはめになった。
創世記29章31節-32節

主は、レアが疎んじられているのを見て彼女の胎を開かれたが、ラケルには子供ができなかった。レアは身ごもって男の子を産み、ルベンと名付けた。それは、彼女が、「主はわたしの苦しみを顧みてくださった。これからは夫もわたしを愛してくれるにちがいない」と言ったからである。

レアは父ラバンの言いつけに従っただけなのに、夫となったヤコブから嫌われて、すごく不憫だ……

ヤコブにとって、いくら望まない結婚だったとは言え、レアを憎むのは筋違いだよね。

そんな、夫から疎んじられているレアの立場を守るため、神はレアに男の子を授けたのだ。
レアは夫ヤコブから愛されなかったけれど、神からは愛されていたんですね!
そう、新約聖書でイエスはこう語っている。

マタイによる福音書6章8節

あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存知なのだ。

ここで言う「父」とは神のことを指している。

主なる神がレアの苦しみを顧みて、レアは長男ルベン、次男シメオン、三男レビ、四男ユダを産んだ。(創29:32-35)
創世記30章1節-2節

ラケルは、ヤコブとの間に子供ができないことがわかると、姉をねたむようになり、ヤコブに向かって「わたしにもぜひ子供を与えてください。与えてくださらなければ、わたしは死にます」と言った。ヤコブは激しく怒って、言った。「わたしが神に代われると言うのか。お前の胎に子供を宿らせないのは神自身なのだ。」

はじめ、夫から愛されている妹ラケルは、夫から嫌われている姉レアよりも優位な立場に立っていて、家庭内で姉妹間格差があったはず。

ところが、レアが4人の息子たちの母親となった一方、ラケルには子供ができなかったことで、ラケルの優位性が揺らぎ、姉妹間の立場が逆転したのだろうね。
ラケルは夫ヤコブからの愛だけが頼りのきわめて不安定な立場になってしまい、その屈辱に耐えれず、このままでは「わたしは死にます」と自死をほのめかしたのかも……
いや、レアだって結婚当初から、妹ラケルだけが愛されて自分はないがしろにされることに、死にたくなるほどの屈辱や嫉妬を感じていたはずだよ。
さきほどと同じく、イエスの言葉が考えるヒントとなる。
マタイによる福音書6章5節-6節

祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らはすでに報いを受けている。だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。

ここで言う「報い」は、ギリシャ語で「報酬」に当たる言葉だ。
家庭内という隠れたことであっても、主なる神は見ておられて、夫から疎んじられていたレアに報いてくださったのですね!
置き換えて考えてみると、はじめから夫ヤコブに深く愛されていたラケルは「すでに報いを受けている」と言えるわけですね。
主なる神からの愛と恵みは常にともにあるものだけど、ぼくたちはついつい調子に乗って恵まれた立場を当然のことだと思いがちだから、神さまからの恵みに気づけていないことの方が多いと思う。
不妊の悩みを訴えた妻ラケルに対して、夫ヤコブの言い方が最悪だと思ったけど、子供を宿らせないのは神自身」という台詞は的外れじゃなかったのか……
いやそもそも、レアに息子が与えられ、ラケルが不妊に悩むことになったのは、夫ヤコブが二人の妻のうちラケルだけを愛したという姉妹間格差が根本的な原因だ。
もしヤコブが二人の妻を平等に愛していたら、姉妹同士でねたみ合って争うこともなかったのでは?
創世記30章3節

ラケルは「わたしの召し使いのビルハがいます。彼女のところに入ってください。彼女が子供を産み、わたしがその子を膝の上に迎えれば、彼女によってわたしも子供を持つことができます」と言った。

ラケルの召し使いビルハはヤコブの五男ダン、六男ナフタリを産んだ。(創30:6-7)
召し使いビルハがナフタリを産んだとき、ラケルは「姉と死に物狂いの争いをして、ついに勝った」と言った。(創30:8)
死にもの狂いの争いって……

姉レアに対する妹ラケルの競争心は、想像を絶するものがあるな。

不妊に悩むラケルの行動は、同じく不妊に悩んでいたサラが、自分の召し使いハガルを夫アブラハムに与えて、イシュマエルを産ませたエピソードと共通しているのだ。(創16:1-2)

ダンとナフタリにとって、産みの母はビルハだけど、法的な母はラケルということですね。
妹ラケルがビルハによって二人の息子の母親となったのに対抗して、レアも自分の召し使いジルパを夫ヤコブに側女(そばめ)として与えた。(創30:9)

レアの召し使いジルパはヤコブの七男ガド、八男アシェルを産んだ。(創30:10-13)

ガドとアシェルの場合、産みの母はジルパで、法的な母はレアということになるね。

創世記30章14節-15節

小麦の刈り入れのころ、ルベンは野原で恋なすびを見つけ、母レアのところへ持って来た。ラケルがレアに、「あなたの子供が取って来た恋なすびをわたしに分けてください」と言うと、レアは言った。「あなたは、わたしの夫を取っただけでは気が済まず、わたしの息子の恋なすびまで取ろうとするのですか。」「それでは、あなたの子供の恋なすびの代わりに、今夜あの人があなたと床を共にするようにしましょう」とラケルは答えた。
「恋なすび」とはマンドラゴラのことだと言われており、愛を燃え立たせ、妊娠を促す効能がある薬草だと当時は信じられていたのだ。
ラケルはどうしても妊娠したかったから、夫ヤコブをひと晩譲ってでも、「恋なすびをわたしに分けてください」とレアに頼んだわけですね。
「あなたはわたしの夫を取った」という言葉が、レアの心情を表しているね……
神がレアの願いを聞き入れ、レアは身ごもって、ヤコブの九男イサカル、十男ゼブルン、長女ディナを産んだ。(創30:17-21)
レアはゼブルンを産んだとき、「神がすばらしい贈り物をわたしにくださった。今度こそ、夫はわたしを尊敬してくれるでしょう。夫のために六人も男の子を産んだのだから」と言った。(創30:20)
「今度こそわたしを尊敬してくれるだろう」というレアの言葉は、ヘブライ語を直訳すると、「今度こそ夫はわたしと住むだろう」という意味になるのだ。

ということは、ヤコブは相変わらずラケルだけを特別に愛していて、ふだんはラケルと同居し、レアとは別居していたわけですね。

レアは6人もの息子を産んだにもかかわらず、結局、夫ヤコブはレアを愛することはなかったのだなぁ……
創世記30章22節-23節

しかし、神はラケルも御心に留め、彼女の願いを聞き入れその胎を開かれたので、ラケルは身ごもって男の子を産んだ。そのときラケルは「神がわたしの恥をすすいでくださった」と言った。

ラケルが産んだ男の子は、ヨセフと名付けられた。
ヤコブの十一男ヨセフは、のちにヤコブの次の物語の主人公となるので、名前を覚えておくように!
ヨセフ物語は、全50章もある創世記のフィナーレを飾る物語ですね!
少し先の話になるけど、ヤコブが家族を連れて生まれ故郷へ帰る旅の途中で、ラケルは十二男ベニヤミンを難産の末に産み、命を落とした。(創35:16-19)
創世記35章22節-26節

ヤコブの息子は十二人であった。レアの息子がヤコブの長男ルベン、それからシメオン、レビ、ユダ、イサカル、ゼブルン、ラケルの息子がヨセフとベニヤミン、ラケルの召し使いビルハの息子がダンとナフタリ、レアの召し使いジルパの息子がガドとアシェルである。これらは、パダン・アラムで生まれたヤコブの息子たちである。

レアは夫ヤコブから愛されなかったけど、主なる神から祝福を受けていたから、多産だった!
ヤコブはラケルを愛していたから、ラケルの方が多産であってほしかっただろうけど、神の祝福はヤコブの好みに合わせたものじゃないということだね。
イタリアのルネサンス期を代表する芸術家ミケランジェロが、レアとラケルの像(1545年)を彫っている。
左側がラケルの像、右側がレアの像だ。
このヤコブの12人の息子たちが、のちにイスラエル十二部族の祖となるんだ。
旧約聖書でイスラエルの部族として名前が挙げられているのは、ルベン族、シメオン族、ユダ族、イサカル族、ゼブルン族、エフライム族、マナセ族、ベニヤミン族、ダン族、アシェル族、ガド族、ナフタリ族である。(民数記1:5-15)
あれ、三男レビと十一男ヨセフは十二部族の名前に入らないんですね。
民数記に記された人口調査は、兵役に就くことのできる全ての男子を把握し、戸籍登録することが目的だったため、祭司職であるレビ族は調査や登録の対象ではなかったのだ。
ヨセフの代わりに、ヨセフの息子であるエフライムとマナセが部族の名となっているんだよ。
成長したヨセフが結婚して、ヤコブの孫にあたるエフライムとマナセが生まれるのは、まだまだ先の話だね。
新約聖書では、アブラハムから始まってイエスまでつながる系図に、ヤコブの息子のうちユダの名前だけが記されているのだ。

マタイによる福音書1章2節-17節

アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちを、 ユダはタマルによってペレツとゼラを…(中略)…マリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。

なるほど、法的な父ヨセフがユダの子孫だから、イエス・キリストも戸籍上はユダ族の生まれとして、系図に記されているんですね。
ヤコブからしたら、愛していたラケルの息子ではなく、嫌っていたレアの息子の子孫に「メシア」と呼ばれる存在が名を連ねるとは思ってもみなかっただろうな……
まさに主なる神のご計画は、ぼくたちの想像をはるかに超えたところにあるものだね。

引用

新共同訳『旧約聖書』『新約聖書』


参考

『創世記2 ヘブライ語聖書対訳シリーズ』ミルトス・ヘブライ文化研究所編、2013年

『聖書』フランシスコ会聖書研究所訳注、2021年

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