創世記12章 アブラム、エジプトへ行く

文字数 2,422文字

アブラム「わたしが示す地へ行きなさい」(創12:1)という神の言葉を信じて、未知の世界へ旅立った。

創世記12章2節-4節

わたしはあなたを大いなる国民にし

あなたを祝福し、あなたの名を高める

祝福の源となるように。

あなたを祝福する人をわたしは祝福し

あなたを呪う者をわたしは呪う。

地上の氏族はすべて

あなたによって祝福に入る。

神は「祝福」という言葉を4回も繰り返して用いている。

ヘブライ語では「あなたを祝福する人」は複数形で、「あなたを呪う者」は単数形で書かれている。

アブラムとサライたちは、ハランを出発して南に進み、カナン地方(現在のパレスチナ)へ入った。
北シリアのエブラで発見された古文書には、紀元前2300年頃にカナン地方にはすでに多くの町があったことが記されている。

アブラムたちはカナンの中心的な町の一つ、シケムに到着し、モレの樫の木まで来た。

創世記12章7節

主はアブラムに現れて、言われた。

「あなたの子孫にこの土地を与える。」

アブラムは、彼に現れた主のために、そこに祭壇を築いた。

アブラムと妻のサライ、甥のロトの旅には「ハランで加わった人々」(創12:5)が同行していた。

この人たちは家族や親戚ではないのに、なぜアブラムたちと一緒に旅立ったんですか?

「ハランで加わった人々」は、ヘブライ語では「ハランで彼らが造った魂」と書かれている。

アブラムとサライが唯一神信仰を宣べ伝えた結果、その新しい価値観に惹かれて、アブラムたちと共に生きる道を選んだ人々を指しているのだ。

アブラムたちはシケムの町から先へ進み、ベテルの東の山に天幕を張ると、そこでも「主のために祭壇を築き、主の御名を呼んだ」(創12:8)。
少し進むたびに祭壇を築いて礼拝していて、アブラムとサライたちの神を敬う気持ちの深さがよく分かるね。
アブラムたちはさらに旅を続け、ネゲブ地方(現在のイスラエル南部)へ移住した。
ネゲブ地方に飢饉がひどかった時に、アブラムたちはエジプトへ避難することにした。

カナン地方は11月から翌年3月までが雨期、夏は乾季。雨期にも雨が降らない年は、飢饉となった。

現在のネゲブ地方は乾燥した砂漠地帯だ。

創世記12章11節-13節

エジプトに入ろうとしたとき、妻サライに言った。

「エジプト人があなたを見たら、『この女はあの男の妻だ』と言って、わたしを殺し、あなたを生かしておくにちがいない。どうか、わたしの妹だ、と言ってください。そうすれば、わたしはあなたのゆえに幸いになり、あなたのお陰で命も助かるだろう。」

アブラムは自分の身の安全のために、妻サライに「わたしの妹だ、と言ってください」と提案する。
エジプト人はサライを見て、大変美しいと思ったため、サライはファラオの宮廷に召し入れられてしまう。
アブラムは代価として、羊の群れや牛の群れ、ろば、男女の奴隷、らくだなどの贈り物をもらう。
宮廷をだまして、苦楽を共にしてきた大切な妻を売るなんて!!

いくら女性の地位が低い時代であっても、ひどい話だ。

サライは、夫に「いや」とは言えなかったんだろう。

創世記12章17節

ところが主は、アブラムの妻サライのことで、ファラオと宮廷の人々を恐ろしい病気にかからせた。

夫に売られ、エジプト人たちの中に放り出されたサライを、神は見捨てなかった

主なる神が宮廷の人々を「恐ろしい病気」にかからせたことで、サライがアブラムの妻であることが分かり、あわやというところでサライは助けられる

創世記12章20節

ファラオは家来たちに命じて、アブラムを、その妻とすべての持ち物と共に送り出させた。

アブラムは、妻のせいでエジプト人に殺されるかもしれないという不安から、妻を「妹」だと言った。

神の言葉を信じて旅立ったアブラムはたしかに「信仰の人」だ。

しかし、自分の妻を「妹」だと言って宮廷に送ったのは、神の命令や忠告によるものではなく、アブラム自身の判断である。

殺されるかもしれない恐怖に襲われた時に、アブラムは姑息な知恵に頼ってしまったんですね。

ハランを出立してから、ひたすら神の言葉に従って旅してきたのに、なぜアブラムは神の助けを信じられなかったのだろう…。

不安になると、人間的な弱さが表に出てくるものだ。

どんな時でも神の言葉を聞いて、それを一筋に信じきるのは、「信仰の人」アブラムであっても難しかったのだろう。

神は、たった一人で不安のただ中にいたサライを助けた

主なる神は、虐げられた者たちの守り手なんだ。

サライ救出のエピソードは、アブラムだけが神に愛された特別な人間ではないことを教えてくれる。

イエス・キリストはこう言われた。「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である」(ルカ11:28)

「言葉を聞く」とは、その思想や価値観を受け入れることを意味している。

アッシリアのヌジ(現在のイラクのキルクーク県)から発見されたアッカド語の古文書には、紀元前1500年頃から紀元前1400年頃のホリ人の法律や習慣が記されていた。
アブラムが父と共に「カルデアのウル」から移り住んだハランの町は、ホリ人が暮らしていたんですよね。
ヌジ文書の中から、結婚と同時に兄妹としての縁組をすることを記した契約文書が見つかっている。

アブラムたちが生きていた時代は紀元前2000年頃だが、社会慣習は書き記されるずっと以前から存在していたと考えられている。

ハランで暮らしていたアブラムは、ホリ人たちの社会慣習をよく知っていたはず。

未知の世界であるエジプトへ入る前に、自分と妻を守るために兄妹関係を結ぶ可能性は、歴史的にあり得るかも…?

引用

新共同訳『旧約聖書』


参考

『創世記1 ヘブライ語聖書対訳シリーズ』ミルトス・ヘブライ文化研究所編、2007年

一色義子『エバからマリアまで 聖書の歴史を担った女性たち』キリスト新聞社、2010年

野本真也「アブラハム伝説の成立と展開 : 「族長夫妻の危機」物語の場合」基督教研究、1974年

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