創世記11章-12章 テラの系図/アブラムの旅立ち
文字数 2,206文字
プロローグである全人類の歴史が、短いのに内容はすごい濃かったね。
「創世記」の編集者は、アダムからアブラハムの前までをできるだけ圧縮して書いている。
自分たちの先祖アブラハムを一刻も早く登場させたかったのかも…。
創世記11章31節
テラは、息子アブラムと、ハランの息子で自分の孫であるロト、および息子アブラムの妻で自分の嫁であるサライを連れて、カルデアのウルを出発し、カナン地方に向かった。彼らはハランまで来ると、そこにとどまった。
ノアの長男セムの末裔であるテラは、なんらかの理由で、家族を連れて故郷ウルからハランに移住した。
テラの長男が、主人公アブラム(のちにアブラハムと改名)。
אַבְרָם (アブラム)は
「高貴な父」を意味する名前だ。
שָׂרַי (サライ)は「私の王女」を意味する。
アブラムの妻サライは「不妊の女で、子供ができなかった」(創11:30)と記されている。
アブラムの兄弟ハランには、息子ロトと二人の娘「ミルカとイスカ」(創11:29)がいる。
יִסְכָּה (イスカ)は「見る」を意味する。
ユダヤの伝承では、イスカとサライは同一人物である。サライは先見をすることができたため、イスカ(見る)という別名で呼ばれたのではないか、と考えられている。
テラが家族を連れて移り住んだハランの町は古代シリア地方の北部、現在のトルコ南東部シャンルウルファ県にあたりますね。
ペルシャ湾に近い
バビロニアのウル(現在のイラク南部)から
ハランへ移住するとなると、
約900キロもの長旅!!
東京から福岡まで、羊の群れを連れて徒歩で行くようなもの…。
「カルデアのウル」は、バビロニアのウルとは別の場所を指していたのでは?
ハランから約44キロの位置にウルファ(現在のトルコのシャンルウルファ県)という町がある。
トルコのイスラム教徒たちは「カルデアのウル」は「ウルファ」であったと伝承していて、記念のモスクも建てられている。
紀元前625年に
カルデア人が建国した
新バビロニアがカルデア王国とも呼ばれる。
しかし、アブラムが生きていた紀元前2000年代にはカルデア人の国はまだ存在していなかった。
うーん、ウルファからハランまでは短い旅で移住できるから、ウルファ説の方が現実的かも…?
創世記12章1節
主はアブラムに言われた。
あなたは生まれ故郷
父の家を離れて
わたしが示す地へ行きなさい
アブラムは「主の言葉に従って」(創12:4)旅立った。
これが有名なアブラムの旅立ちの場面だ!
「わたしが示す地へ行きなさい」って、すごく曖昧な表現だよね。
アブラムはどっちの方向へ歩き出すべきか悩んだのでは…。
創世記12章5節
アブラムは妻のサライ、甥のロトを連れ、蓄えた財産をすべて携え、ハランで加わった人々と共にカナン地方へ向かって出発し、カナン地方に入った。
「蓄えた財産をすべて携え」という言葉は、二度と再び帰らないという意志の表れだ。
アブラムの父テラは「205年の生涯を終えて、ハランで死んだ」(創12:32)と記されている。
え、アブラムの旅立ちは、父の死後じゃなかったんだ。
長男だから、家長として家族を養う責任とか、老父のお世話とかあっただろうに…。
テラが70歳の時にアブラムが生まれた(創11:26)。
アブラムが75歳でハランを出発した時、父テラは145歳で存命中。
息子が旅立ってから、テラは60年も生きたことになるね。
神はアブラムに、地縁(生まれ故郷)と血縁(父の家)に基づく共同体から離れて、信仰によって結ばれた新しい共同体へ旅立つことを命じたのだ。
18世紀後半から19世紀初頭の哲学者ヘーゲルは、アブラムが故郷と家族を捨てた理由には異教徒との対立があったはずだ、と考えた。
ヘーゲルの考えによれば、アブラハムの旅立ちは「共同生活と愛の紐帯を、彼がこれまで人間および自然と結んで生きてきた関係の全体を破砕してしまう分離断絶」である。アブラハムは「こういう関係そのものから自由であろう」とした。
アブラハムは「異国民と生涯にわたって衝突を重ね」、「対立する無限の世界」にあって、「神」だけが「唯一の関係」であった。彼は「神を通して初めて世界との間接の関係」、世界との「結びつき」を持つに至った。
(『ヘーゲル初期神学論集 Ⅱ』以文社、114頁-117頁参照)
神の「わたしが示す地へ行きなさい」という言葉に従って旅立ったアブラムは、たしかに地縁や血縁からの「自由」を求めた人と言えるかも…。
アブラムの生まれ故郷「カルデアのウル」(バビロニアのウル)にも、父テラと共に移り住んだハランにも、月の神シンを礼拝する神殿があった。
ヨシュア記24章2節
イスラエルの神、主は言われた。
あなたたちの先祖は、アブラハムとナホルの父テラを含めて、昔ユーフラテス川の向こうに住み、他の神々を拝んでいた。しかし、わたしはあなたたちの先祖アブラハムを川向うから連れ出してカナン全土を歩かせ、その子孫を増し加えた。
アブラムがハランの町から飛び出そうと決意したのには、異教徒たちの町に暮らす生きづらさがあったのかもしれない。
引用
新共同訳『旧約聖書』
参考
『創世記1 ヘブライ語聖書対訳シリーズ』ミルトス・ヘブライ文化研究所編、2007年
ジョン・ドレイン『総説・図説 旧約聖書大全』講談社、2003年
『ヘーゲル初期神学論集 Ⅱ』以文社、1981年
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