創世記16章 悩むサライ/ハガルの逃亡と出産

文字数 2,558文字

主なる神はアブラムに「あなたから生まれる者が跡を継ぐ」(創15:4)とはっきり約束をされた。
だけど、不安を募らせた妻のサライは神の約束を信じられなかった
創世記16章1節-2節

アブラムの妻サライには、子供が生まれなかった。彼女には、ハガルというエジプト人の女奴隷がいた。サライはアブラムに言った。

「主はわたしに子供を授けてくださいません。どうぞ、わたしの女奴隷のところに入ってください。わたしは彼女によって、子供を与えられるかもしれません。」

サライは自分の判断で、ハガルに夫アブラムの子供を生ませようと計画した。
アブラムはサライの願いを聞き入れ、ハガルはアブラムの子供を身ごもった
「主なる神の御心に本当にかなうのだろうか」と考えようともせず、アブラムはサライの言いなりになってしまった。
サライの悩みにもっと寄り添い、「神の約束を信じて、もう少し待とう」と心を落ち着かせてあげるべきだったよね。
ヌジ文書には、子供を生めない妻がまさに同じような代替手段で夫に子供をもたらすよう定めた結婚契約が見つかっている。
当時の社会慣習が念頭にあったから、サライは夫の寝所にハガルを伴ったのか。
産む道具とするために、別の女性の母胎を借りることは、現代の代理母出産ビジネスに通じる発想だと思う…。
しかし、子供のいない妻が夫に女奴隷を与えるというのは、それほど一般的ではなかった。
妻に子供が生まれない場合、夫は新しくもう一人の妻を迎えるのが、より一般的だった。
じゃあ前回、なぜアブラムは家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです」(創15:2)と言ったんですか?
ヌジの法では、子供のいない夫婦が奴隷の子供を長子として養子にすることを認めているのだ。

養子は夫婦の財産を受け継ぐが、あとで夫婦に子供が生まれた場合は相続権を失う。

アブラムが二人目の妻を迎えず、エリエゼルを跡継ぎとしたのは、サライとの間に子供が生まれることをずっと望んでいたからだよね。
女奴隷だったハガルは身ごもってから、女主人であるサライを軽んじるようになった。

ハガルのとった態度に屈辱を感じて、サライはアブラムに文句を言う。

創世記16章5節

サライはアブラムに言った。

「わたしが不当な目に遭ったのは、あなたのせいです。女奴隷をあなたのふところに与えたのはわたしなのに、彼女は自分が身ごもったのを知ると、わたしを軽んじるようになりました。主がわたしとあなたとの間を裁かれますように。」

サライに対して、アブラムは「あなたの奴隷はあなたのものだ。好きなようにするがいい」(創16:6)と答えた。
サライの目論見が外れ、地位逆転の問題が起こってしまった。

サライの姑息な知恵は失敗だったし、アブラムも無責任だと思う。

ハガルにも感情や意志があるんだから、サライの思い通りにいかないのは当たり前だよね…。

サライはハガルにつらく当たり、ハガルはサライのもとから逃げ出した

創世記16章7節-9節

主の御使いが荒れ野の泉のほとり、シェル街道に沿う泉のほとりで彼女と出会って、言った。

「サライの女奴隷ハガルよ。あなたはどこから来て、どこへ行こうとしているのか。」

「女主人サライのもとから逃げているところです」

と答えると、主の御使いは言った。

「女主人のもとに帰り、従順に仕えなさい。」

逃亡したハガルが荒れ野を進んで行くと、神の御使いが彼女を待っていた

御使いは女主人のもとへ帰るようにハガルに命じた。

『ユダヤ古代誌』では、御使いがハガルの傲慢な振る舞いを戒め、サライを思いやるよう教え諭す言葉が記されている。

「おまえが現在このような苦境にあるのは、女主人にたいするおまえの思慮なき振舞いと無縁慮な仕打ちのせいなのだから、おまえがここで自分の気持ちを抑えるならば今よりももっと幸福な生涯を送ることはまちがいない。そして、おまえが神の命令にしたがわず、自分の思ったとおりのことをすれば、おまえは身を滅ぼすだろう。しかし、おまえがここで引き返せば、おまえはその土地を支配する子の母親となるだろう」

フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌1』より

妊婦がたった一人で行く当てもなく荒れ野をさまよえば、おそらく母子ともに死んでしまうだろう。
ハガルとお腹の子の命を守るために、御使いは帰るよう命じたんですね。
御使いは、サライがハガルをいじめるのを認めたわけじゃなかったのか。
創世記16章10節

主の御使いは更に言った。

「わたしは、あなたの子孫を数えきれないほど多く増やす。」

御使いは、ハガルの子孫を数えきれないほど増やすと約束した。

創世記16章11節

主の御使いはまた言った。

「今、あなたは身ごもっている。

やがてあなたは男の子を生む。

その子をイシュマエルと名付けなさい。

主があなたの悩みをお聞きになられたから」

ハガルは自分に語りかけた神の御名を呼んで、「あなたこそエル・ロイ(わたしを顧みられる神)です」(創16:13)と答えた。
ハガルは女主人のもとへ帰り、男の子を産んだ

アブラムは生まれた子供をイシュマエルと名付けた。

יִשְׁמָעֵאל(イシュマエル)は「神が聞く」を意味する名前だ。
サライがハガルにアブラムの子供を生ませようとしたのは、神のご計画にはない想定外の行動だったのでは…?
エジプト人であるハガルは、生まれ故郷で他の神々を拝んでいたはずだ。
たとえハガルが異教徒であっても、主なる神は彼女と生まれてくる子供を見捨てなかった
だからハガルは神の憐みに感謝して、「あなたこそわたしを顧みられる神」と呼んだんですね。

神はハガルの子孫を「数えきれないほど多く増やす」と約束する。

これはアブラムに対して与えられていた約束と重なる。

主なる神は男の子の誕生を予告し、イシュマエルという名前を与えた

イシュマエルも神に祝福された「約束の子」なのだ。

イシュマエルは神に見守られて、後に全てのアラブ人の祖先となる。

引用

新共同訳『旧約聖書』

フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌1』筑摩書房、1999年


参考

『創世記1 ヘブライ語聖書対訳シリーズ』ミルトス・ヘブライ文化研究所編、2007年

一色義子『エバからマリアまで 聖書の歴史を担った女性たち』キリスト新聞社、2010年

ジョン・ドレイン『総説・図説 旧約聖書大全』講談社、2003年

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