創世記29章 ヤコブのひとめぼれ/ヤコブの結婚

文字数 3,423文字

ヤコブのひとめぼれ
ヤコブはメソポタミアへの旅をつづけて、「東方の人々の土地」(創29:1)へ行った。
ここで言う「東方の人々」とは、イスラエルの東に住む民族を指す。
野原に羊の群れが寝そべっていて、大きな石で蓋をしている井戸があった。
まず羊の群れを野原に集め、石を井戸の口から転がして、羊たちに水を飲ませ、また石を元の所に戻しておくことになっていた。
創世記29章4節-6節

ヤコブはそこにいた人たちに尋ねた。「皆さんはどちらの方ですか。」「わたしたちはハランの者です」と答えたので、ヤコブは尋ねた。「では、ナホルの息子のラバンを知っていますか。」「ええ、知っています」と彼らが答えたので、ヤコブは更に尋ねた。「元気でしょうか。」「元気です。もうすぐ、娘のラケルも羊の群れを連れてやってきます」と彼らは答えた。

ヤコブはついにラバン伯父さんの住むハランに到着したんだね!
ヤコブは現地の羊飼いたちに、ラバンを知っているかどうかだけでなく、ラバンがまだ生きているかどうかを尋ねている。
ラバンがすでに亡くなっていたら、ヤコブは行き場を失うからね。
ヤコブが羊飼いたちと話していると、ラケルが羊の群れを連れてやってきた。
創世記29章10節-12節

ヤコブは、伯父ラバンの娘ラケルと伯父ラバンの羊の群れを見るとすぐに、井戸の口へ近寄り石を転がして、伯父ラバンの羊に水を飲ませた。ヤコブはラケルに口づけし、声をあげて泣いた。ヤコブはやがて、ラケルに、自分が彼女の父の甥に当たり、リベカの息子であることを打ち明けた。ラケルは走って行って、父に知らせた。

ヤコブ、ラケルに口づけするの早くない!? 先に自己紹介しようよ!
有名なひとめぼれの場面だね!
『ユダヤ古代誌』では、ヤコブがラケルの美しさに見とれて、「愛のとりこ」になったとはっきり記されている。
その瞬間ヤコブは圧倒されてしまった。それは二人が血縁であるという感動、あるいはそのための特殊の感情に心を打たれたからというよりも、娘にたいして覚えた愛のとりこになったからである。

彼は、そのころにしては稀にしか見ることのできない彼女の美しさに呆然と見とれながら、彼女にこう言った。

「あなたがラバンの娘さんでしたら、わたしはあなたと、またあなたの父上とは血族同士になるのです。」

(フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌1』より)

スコットランドの画家、ウィリアム・ダイスが「ヤコブとラケルの出会い」(1853年)を描いている。
ヤコブの電撃的なひとめぼれ感がよく分かる絵だね。
ラバンは妹の息子ヤコブのことを聞くと、走って迎えに行き、ヤコブを抱き締めて口づけした。
ヤコブが事の次第を話すと、ラバンは「お前は、本当にわたしの骨肉の者だ。」(創29:14)と言った。
ラバンの言う「本当に」という言葉には、ヘブライ語で二つの意味があるのだ。

「確かに、まことに」

「しかし、それでもなお」

「(やらかして逃げて来たけど)それでもなお、お前はわたしの骨肉の者だ」という意味で読み取れば、ラバンはヤコブをあまり歓迎していない感じですね。
「おまえが無一物でもなおここにいなさい」という、消極的好意を示した言葉として解釈できるのだ。
ヤコブの結婚
ヤコブは、ラバンのもとにひと月ほど滞在した。
ある日、ラバンは「お前は身内の者だからといって、ただで働くことはない。どんな報酬が欲しいか言ってみなさい。」(創29:15)とヤコブにたずねた。
創世記29章16節-18節

ところで、ラバンには二人の娘があり、姉の方はレア、妹の方はラケルといった。レアは優しい目をしていたが、ラケルは顔も美しく、容姿も優れていた。ヤコブはラケルを愛していたので、「下の娘のラケルをくださるなら、わたしは七年間あなたの元で働きます」と言った。

ヘブライ語で、レアは「雌牛」を意味する名前で、ラケルは「雌羊」を意味する名前だ。
ヤコブはラケルのために七年間働いたけど、ラケルを愛していたから、ほんの数日のように感じられた。
ヤコブは「約束の年月が満ちましたから、わたしのいいなずけと一緒にならせてください。」(創29:21)とラバンに申し出た。
ラバンは土地の人たちを集めて婚礼の祝宴を開いた。
創世記29章25節-27節

ところが、朝になってみると、それはレアであった。ヤコブがラバンに、「どうしてこんなことをなさったのですか。わたしがあなたのもとで働いたのは、ラケルのためではありませんか。なぜ、わたしをだましたのですか」と言うと、ラバンは答えた。「我々の所では、妹を姉より先に嫁がせることはしないのだ。とにかく、この一週間の婚礼の祝いを済ませなさい。そうすれば、妹の方もお前に嫁がせよう。だがもう七年間、うちで働いてもらわねばならない。」

祝宴の夜に、ラバンはラケルではなく、レアをヤコブのもとに連れて行った
ラバンはレアの召し使いとして、女奴隷ジルバをつけて送り出した。
ヤコブは、途中で花嫁が入れ替わっていたことに気づかず、初夜を迎えてしまったのか…
ラバンはとんだ結婚詐欺じゃないですか!?
ヤコブがラケルとの婚約を願い出たとき、ラバンは「あの娘をほかの人に嫁がせるより、お前に嫁がせる方が良い。」(創29:19)と答えている。
ここでラバンは、ヘブライ語で「彼女を」と言っており、「ラケル」と言うことを巧妙に避けていたのだ。
ラバンは最初からレアを嫁がせるつもりだったんですね。
父イサクをだまして、兄エサウから長子の祝福を奪いとったヤコブは、今度は自分がだまされる立場になったわけですね。
創世記29章28節-30節

ヤコブが、言われたとおり一週間の婚礼の祝いを済ませると、ラバンは下の娘のラケルも妻として与えた。ラバンはまた、女奴隷ビルハを娘ラケルの召し使いとして付けてやった。こうして、ヤコブはラケルをめとった。ヤコブはレアよりもラケルを愛した。そして、更にもう七年ラバンのもとで働いた。

リベカはイサクのもとへ自ら望んで嫁いだが、レアとラケルがヤコブとの結婚を望んでいたかどうかは、聖書に記されていない。

ラバンの計略によって、ヤコブは14年間もただ働きさせられた…
どうしてヤコブは、こんなにラバンの言いなりなんですか?
リベカがイサクのもとに嫁いだときの場面を読み返してみよう!
アブラハムは、息子の花嫁を迎える使者を高価な贈り物を多く携えた十頭のラクダの隊列で行かせました。(創24:9)
アブラハムの使いの者は、リベカに金銀の装身具や衣装を贈り、リベカの母と兄にも高価な品物を贈りました。(創24:53)
花婿の親族が花嫁の親族に金銀や家畜などの財を支払う風習を「婚資」と呼ぶ。
伝統的な社会において、女性の仕事は家族にとって不可欠である。

婚資は、花嫁を送り出すことで失われる労働に対する補償なのだ。

日本で言う「結納金」と似ていますね。
追放されたも同然で、何も持たずにラバンのもとへ来たヤコブは、婚資を支払うことができない
花婿が婚資のかわりに花嫁の親族に対して労働奉仕をする風習を「労役婚」と呼ぶ。
婚資の風習をもつ民族の多くで、労役婚と一夫多妻の風習がみられるのだ。
婚資支払い能力のある男性が、複数の女性を妻にできるからですね。
ヤコブは婚資支払い能力が無いのに、二人の女性をめとらされ、14年間も労働奉仕することになった!

日本にも古くから「年季婿」と呼ばれる労役婚の風習があった。

一定の年限を定めて、花婿が花嫁側の家に住み込みで働き、約束の年限を勤めあげてはじめて、花嫁を花婿側の家に連れて帰ることができた。

その年限を表す「三年婿」「五年婿」などと呼ばれていたのだ。

ヤコブは「年季婿」と同じですね!
長子の祝福をだましとった自分の行いのせいで、ヤコブは何も持たずにラバンのもとへ逃げるはめになり、これほど弱い立場で結婚せざるをえなかったのだなぁ。
このあと、ヤコブの年季が明けたら、独り立ちして妻たちを生まれ故郷へ連れ帰るのを、ラバンは素直に認めるのだろうか…?

引用

新共同訳『旧約聖書』


参考

『創世記2 ヘブライ語聖書対訳シリーズ』ミルトス・ヘブライ文化研究所編、2013年

フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌1』筑摩書房、1999年

須藤健一「比較文化論 : 大項目別報告 : 結婚 3200」国立民族学博物館研究報告別冊、1990年

江守五夫「家族慣習からみた日本基層文化」比較家族史研究、1993年-1995年

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