創世記1章 天地の創造/なぜ唯一神は複数形なの?

文字数 1,725文字

天地の創造
いよいよ「創世記」を1ページ目から読んでいこう!
創世記 1章1節-4節

初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇は深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。

「光あれ。」

こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。

創造物語は、天地万物の創造からはじまる。

天地万物の創造を整理すると…

:光と闇

時間:朝と夕、昼と夜


空間・場所:天、海、大地


:空の鳥、海の魚、地の獣、家畜、地を這うもの、人

最後に人間が創造されて、第7日が祝福され、聖別される。

創世記1章4節、10節、12節、18節、21節、25節

神はこれを見て、良しとされた。
この台詞、創造物語で6回も繰り返し出てくるな。
主なる神は、ご自身がお造りになったものすべてを祝福しているんだ!

神は三度にわたって被造世界を祝福された(創1:22、創1:27、創2:3)。

この「祝福した」という動詞の時制は三つとも未完了体で、今でも祝福し続けているというニュアンスがある。

創世記 1章31節

神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。

パーフェクトな世界ってことだね!
ラファエロ、ティントレット、ミケランジェロなど「天地の創造」を描いた名画は数多くある。
これはイタリアの画家、ティントレットの「動物の創造」(1551年)だ。
主なる神が「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ」(創1:20)と言われて、水生動物、魚類や両生類、翼ある鳥を創造された場面だ。
地上には動物たちも描かれているから、「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ」(創1:24)という場面も同時に描かれているね。
こちらはイタリアの画家、ラファエロの「動物の創造」(1518年-1519年)。

バチカン宮殿内にあるフレスコ画だ。

わぁ、こっちはライオンやゾウ、クジャクなど多彩な動物や鳥が描かれているね。

手前の馬やチーターは、首から下がまだ土に埋まっている。

動物が土からもこもこと生まれてくるように描かれているのは、「地は、それぞれの生き物を産み出せ」(創1:20)という言葉を表現したのだろうね。

神の姿を白髪白髭で描くのは、特にルネサンス期から多く見られる表現なのだ。

「創世記」はヘブライ語で「ベレシート」と呼ばれる。


בְּרֵאשִׁית בָּרָא אֱלֹהִים(ベレシート・バラー・エロヒーム「初めに、神は創造された」)

1章1節がこのように始まるからだ。

ヘブライ文字は、アレフ、ベート、ギメルの順ですよね。
なぜ最初のアレフではなく、ベートから「創世記」が始まるのか?

長い歴史の中で、ユダヤ人たちは疑問にしてきたんだ。

א(アレフ)は「牛」が起源の文字で、ב(ベート)は「家」が起源の文字ですよね。
ב(ベート)を図形として見ると、歯止めのように見えるだろう。

どんなに被造世界が揺さぶられても、ぎりぎり壊れずにとどまることができる。

そんな象徴として、ベートからはじまるのかもしれない。

なぜ唯一神は複数形なの?
אֱלֹהִים(エロヒーム)という言葉は、なぜ唯一神なのに複数形なんですか?

本当は「神々」と訳すべきなんじゃ…?

エロヒーム、尊厳を表す複数形なのだ。

その証拠に、動詞 בָּרָא(バラー)は単数形を取っている

だから「神々」と訳すのは間違いだ。

動詞 バラー(創造する)の主語は必ず「神」を取っていますね。

創世記1章26節

神は言われた。

我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。

じゃあ、なぜこの人称代名詞は複数形なんですか?
ここは、一人称複数代名詞なので諸説ある。

①神の尊厳を表す複数形

②神が何かに呼びかけた(天使へ、大地へ、自分へ)

③神と人の共同作業

尊厳を表す複数形は、のちのヨーロッパ言語に受け継がれていますね。

かつて、王や皇帝は自らを一人称複数で話していました。

今でも二人称複数は、二人称単数の敬称として使われていますね。
ヘブライ語の意味に立ち返ることで、聖書理解がより豊かになる。

引用

新共同訳『旧約聖書』


参考

『創世記1 ヘブライ語聖書対訳シリーズ』ミルトス・ヘブライ文化研究所編、2007年

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